第38話:順調
◇
レイヴンとルーガスの提案を受けたその足で冒険者ギルドに来た。
時刻は、冒険者ギルドが開く一時間前の午前八時。建物の周りは閑散としているが、中からは灯りが見える。職員は準備をしているのだろう。
丸二日まともに休めていない上に、昨夜は徹也だったため少し身体が重い。相談を済ませたら、ゆっくりと休むとしよう。
冒険者ギルドの中に入ると、ちょうどいつもの受付嬢が掲示板に依頼書を貼り付けているところだった。
俺たちが入ってきたことに気づいた受付嬢が後ろを振り返る。
「あ、レインさん。すみません、まだ受付できない時間でして……」
「いや、今日は別件でな。グレイヴさんに相談したいことがあってきたんだ」
「な、なるほど……! では、ご案内いたしますね!」
「悪いな」
仕事の途中で手を止めさせて悪いなとは思いつつも、どうしても早めに耳に入れておきたかった。
受付嬢に連れられたのは、前回の部屋よりも奥にあるギルドマスター室。
普段はここで書類仕事をこなしているのだという。
「マスター、レイン様方がおいでです」
受付嬢がノックをすると、グレイヴさんが出てきた。
「わざわざ来てもらって悪いな。入ってくれ」
『黒霧の刃』の件だと理解したグレイヴさんは、俺たちを部屋に迎えてくれた。
部屋の中は、金持ちのセンスある書斎といった雰囲気だった。高級そうな机と椅子の他には、本がぎっしりと詰まった本棚が並んでいる。さすがは王都ギルドの長が過ごす部屋だな。
ゲームでは一般の冒険者が入れないエリアだったため、当然ながら初めて見る景色である。
俺たちが部屋に入ってくるなり、いきなりギルドマスター、グレイヴさんは頭を下げてきた。
「すまない……昨日『黒霧の刃』が仕掛けてくるという話は確かな筋からだったのだが、直前になって作戦を中止したようなんだ」
どうやら、グレイヴさんは経緯はどうあれ俺たちに無駄に一晩の見張りをさせてしまったことを申し訳なく思っているらしい。
「その件については実はもう知っているんだ。まったく気にしてないから頭を上げてくれ」
「そ、そうなのか……⁉︎」
「それより、今朝クラン幹部から俺たちに接触があった。その件で相談したいことがある」
俺は、ついさっきレイヴンとルーガスから聞いた情報と、彼らとの作戦をグレイヴさんに伝えたのだった。
「なるほど……クラン内部で内紛が」
「レイヴンたちの『説得』は上手くいくはずだ。俺たちとしては、ギルドや王国側とも連携してこの作戦に乗っかりたいと思ってる」
「確かに、上手く事が運べば被害を最小限に抑えられる。もしかすると、『黒霧の刃』の組織自体も残せるかもしれないな」
上手く意図が伝わったようでなによりだ。
それはそうと、グレイヴさんの最後の言葉が気になるな。
「ギルドとしては『黒霧の刃』はできれば残したいと思っているのか?」
「ああ、それはもちろんだ。ギルドからも民間のクランには大量の依頼を受けてもらっているからな。フリーの冒険者だけでは大量の依頼を捌くのがなかなか大変なんだ。どこのギルドもそうだと思うが、地場のクランには世話になっている」
なるほどな。細々とした仕事をフリーランスに割り振るよりも、法人にまとめてお願いした方がギルドとしては楽
……みたいな感じか。
「それはそうと、この件は騎士団にも伝えておかないとな。説明しやすい材料まで用意してくれて助かるよ。明日には騎士団の者を交えてまた話を聞かせてもらうかもしれない」
「分かった。協力させてもらうよ」
こうして、相談は無事成功。
後は、レイヴンたちの『説得』結果を信じて待つだけだ。
とりあえず一旦宿に戻って休もうと、冒険者ギルドを出た時だった。
「どうかしましたか?」
俺が無言で立ち止まったのを訝しむミリア。
「レイヴンたちだ。早いな」
「え? どこにもいないわよ?」
キョロキョロと辺りを見回した後、リーシャが『大丈夫?』とでも言いたげな目を向けてきた。
そう言えば、まだ二人には説明していなかったな。というか、俺も実際にレイヴンたちが近くに来るまではすっかり忘れていた。
「あの二人を奴隷化した関係で分かるんだ」
「そ、そんなことができるの⁉︎」
「さ、さすがはレインですね……!」
本来は、探知での魔力識別はプレイヤーレベルが上がるごとに研ぎ澄まされていくもの。俺の成長度では、まだ精密には判別できない。実際、今朝遭遇した時には街に大人数の人がいたせいで彼らの接近を感じ取れなかった。
だが、奴隷化した影響で彼らは一部俺の魔力を纏っているため、探知で自然に感じ取れる。一番長く接していた自分自身の魔力は間違えようがない。
と、それはともかく。
キョロキョロとした動きを感じる。俺たちを探しているのだろう。
「行こう」
探知により感じ取れる魔力をレーダーのように使い、近づいたところですぐにレイヴンたちの姿を見つけた。
ボロボロの男に肩を貸し、二人がかりで補助している。『説得』に成功し、治療のため俺のもとへ連れて来ようとしているのだろう。
すぐに合流したいところだが……さすがに機密情報を無関係な第三者に聞かれるとまずいな。
俺は、レイヴンたちに見えるように『こっちだ』と手でサインを送った。
そして、人通りのない路地裏へ誘導。
「上手く行ったんだな?」
「ああ。こいつはブラウンという男なんだが——」
「分かった。じゃあ、とりあえず怪我を治すぞ」
「話を聞いてからじゃなくていいのか?」
「説得に成功したならそれで十分だ。経緯については治しながら聞くよ」
ゲームで……だが、俺はブラウンの能力を知っている。どうせ、不意打ちを狙って踊ってこようとも実力差のある俺たちには傷一つすら付けることはできないだろう。それなら、時間を有効に使った方がいい。今の俺は早くぐっすりしたいのだ。
『神の癒し』を使用。
経緯については、ブラウンを癒しながら耳に入れたのだった。
「なるほどな。確かに、ブラウンを先に説得すればやりやすい」
「ブラウンに人望がある件、リーシャから聞いたのか?」
「え? ああ……まあ、そうだ!」
俺の反応に、リーシャは苦笑いを浮かべていた。
そう言えば、俺に前世の知識があることを二人は知らないんだったな。言っても信じるかどうかは別として、今のところはミリアとリーシャ以外には秘密にしておきたい。気をつけるよしよう。
「あと数日時間をもらえれば上手くいく」
「分かった。こっちも明日には王国側に話を伝えられそうだ。まだ話はギルドマスターで止まっているけど、感触は良かったよ」
「もうそこまで話が進んだのか……!」
「まあな」
そう言えば、まだレイヴンたちと今朝別れてから数時間しか経っていないのか。確かに、言われてみればグレイヴさんとスムーズにやりとりできなければもっと時間がかかっていた。
無実の罪で囚われたあの事件はまだややトラウマだが、少しは意味があったのだと思っておくこととしよう。
レイヴンとの話が途切れたところで、ブラウンが話しかけてきた。
「レインだな? さっきの怪我を一瞬で治しちまうとは、とんでもねえヒールだ……ありがとよ。レイヴンとルーガスから話は聞いた。他の幹部の『説得』は俺に任せてくれ。すぐにまとめる」
「……頼りになるよ。よろしく」
ざっくりとではあったが、ブラウンについても俺はシナリオの中で知っている。
他の幹部については、ブラウンに任せておけば問題ないだろう。
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