第37話:訓練所

 ◇


 レインたちと別れたレイヴンとルーガスは、あえて王都を巡回する騎士団へ足につけた首輪——奴隷化魔道具をさりげなく見せつけると、街を出発した。


 目指す場所は、『黒霧の刃』が王都の近くに建設した訓練所。


 この訓練所は、王都の中に十分な用地が確保できなかったため敢えて街の外に建設された。実際の依頼に近い環境でのパーティの連係調整や、広大な土地を活かして大規模魔法訓練、魔道具開発において危険を伴う実験など使われ方は多岐に渡る。


 王都を出て十五分ほどの移動で到着し、高い塀に囲まれた訓練所の中へ。外から見た訓練所の外観は、まるで小さな城塞都市だ。


 訓練所の中は、食料保管庫や武器庫、資料庫などの建屋がポツンと建っている他は外とほぼ変わらない自然が広がっている。


 どうやら、今の時間は先日加入したばかりの新人冒険者や、更なる高みを目指す若手の冒険者たちが訓練をしているようだ。


「ふん。久しく来てなかったが、懐かしいな」


「高ランクは訓練の時間があまりないからな。他の仕事も抱えてちゃあ、王都から近くてもなかなか……って、今は昔を懐かしんでる余裕はねえよ」


「いやあ……気が重くてな」


「それは俺も同じだよ。さっさと行くぞ」


 レイヴンは嘆息すると、目当ての人物を探した。


 二人がわざわざここを訪れたのは、『黒霧の刃』の教育責任者であり、クランマスターのジルドを除いた最古参冒険者であるブラウン・オルクスを『説得』するため。


 『黒霧の刃』の幹部は、基本的にクランの中枢業務の責任者を兼任している。レイヴンが新人のスカウトを担当するように、ブラウンは加入した冒険者の教育を担当しているのだ。


 実際の指導は各担当が行うが、ブラウンは指導担当者を統括する立場にある。


 ブラウンは、実力もさることながら厚い人望も備えている。『説得』を成功させ、味方に引き込むことで一気に攻略を楽にしようというのが二人の狙いだった。


「ブラウン、折り入って話がある」


 腕を組みながら訓練の様子を見守っていたブラウンに、後ろからレイヴンが声を掛けた。


「む? お前らか。ここに顔を出すとは珍しいな」


 振り返り様に返事をするブラウンの声音は穏やかなものだった。というのも、レイヴンとルーガスの二人もブラウンの指導を受けた身。言わば師弟関係なのである。


「それで、俺に話だと?」


「ああ」


「ふむ……。場所を変えよう」


 二人の表情を見たブラウンは、二人を連れて訓練中の冒険者から離れた近くの小屋へ移動。


 落ち着いたところで、レイヴンは本題を切り出した。


「実は……」


 順を追って、ジルドへの不信感、レインとの関係、裏切りの計画を話したのだった。


 ブラウンは怒ることも動揺することもなく、時に相槌を打ちながら二人の話を聞いたのだった。


「……なるほどな。それで、俺にも一枚噛めと」


「そういうことになる。あんたなら分かるだろ? こんなの上手くいくわけがない。泥舟に乗り続ける必要はないんだ。手を貸してくれれば全部上手くいく」


 レイヴンの話を全て聞き終えたブラウンは、フッと笑った。


「ガキだったお前らが、自分の頭で考えてこの俺を説得しにくるとはな」


 目を細め、感慨深そうに呟くブラウン。


 そして、二人を見つめてブラウンは結論を伝えた。


「だが答えは——ノーだ」


「……っ⁉︎」


「……マジかよ」


 感触が良いと感じていただけに、二人は驚かざるをえない。


「俺は、ジルド様に忠誠を誓った身だからな。ジルド様のお言葉はすなわちクランの意志。裏切るようなことは決してできない」


「ここまで説明してわかんねえのか⁉︎」


 ルーガスが壁をドンッ! と叩く。


「馬鹿にするな。しっかり理解している。確かにお前らの意見は正しい。だが、正しいからといって、俺がジルド様を裏切る理由にはならないのだ」


「それをわかってねえって言ってんだ! レイヴン、どうする⁉︎」


 問われたレイヴンは、迷うことなく答えた。


「俺たちは意見を聞きにきたわけじゃない。素直に首を縦に振ってくれないなら、相手がたとえ師匠であろうとも——」


 レイヴンは、瞬時に弓に矢をセットし、レイヴンに向けた。


「力尽くで従わせるまでだ」


「……だよな!」


 レイヴンの対応の変化に合わせて、ルーガスも剣を構えた。


「できれば傷つけたくない。俺たちは本気だ。気が変わったら、早めに教えてくれ」


「……」


 ルーガスの再度の確認にも、ブラウンは頷かない。


 次の瞬間、レイヴンは容赦無く至近距離からブラウンの右肩を狙った矢を放ったのだった。


 風属性の魔力が篭った矢は緑色の残像を残しながら、一直線に飛んでいく。


 ドッガアアアアアアアアアンンッ‼︎


 衝撃により、建物全体がビリビリと振動する。


 しかし——


「その程度の攻撃で、『鉄壁のブラウン』に傷の一つでも付けられるとでも思ったか?」


 至近距離から放たれた矢が衝突したブラウンの右肩には、風穴どころか傷一つついていなかった。


 ブラウンの職業は、『騎士』。防御力に優れ、魔物との戦いでは主にタンク役としてパーティのダメージを一手に引き受けている。


 地属性の防御スキルを扱うブラウンの身体は、ぼんやりと黄色の光を放っている。


「まさか。今のは、ただのウォーミングアップさ」


「ほざけ」


 ただの強がりだと判断するブラウンだったが、実際レイヴンたちは無策というわけではなかった。


 ブラウンが持つ超防御スキル『鉄壁アイアン・シールド』の前では、レイヴンやルーガスの攻撃など通用しないことは最初から分かっていた。対策は用意してある。


 敢えて初手で無策の一撃を放ったのは、この後の説明を効果的にするためである。


「それが、本当なんだぜ」


 言いながら、レイヴンが作った時間で腕に銀色の腕輪を付けたルーガスがブラウンの肩を目掛けて剣で切りつけた。


 己の防御力に絶対の自信を持つブラウンは敢えて避けなかったのだが——


「ふん、その程度の攻撃——ぐああああああああああっ⁉︎」


 ルーガスの剣はブラウンの『鉄壁』を突き破り、肩に強烈なダメージを与えたのだった。


 あまりの痛みにその場に崩れ落ちるブラウン。


 その額には、脂汗が滲んでいる。


「なっ……ど、どういうことだ……⁉︎ 俺の『鉄壁』が破られた……だと?」


「種明かしをしよう。これだ」


 レイヴンが見せたのは、ルーガスが攻撃の直前に身につけたものと同じ銀色の腕輪。


「これは、最近クランが開発した魔道具なんだ」


「うぐ……そ、そんなことは分かっている。命中率が上げる作用があると聞いているが……攻撃力が極端に下がるはず……。な、なぜそんなもので……」


「俺は長年あんたの『鉄壁』を見てきたから、気づいたんだ。『鉄壁』の超防御の肝は、魔力による微細な振動。魔力によるエネルギーを反射することで無力化する。ただし、逆に言えば針の穴を通すような超高精度の攻撃は反射をすり抜けることもあるということだ」


 通常、魔物との戦いにおいては無視できる弱点。ただし、この魔道具を使った敵にのみブラウンの強みは完全に消え去ってしまう。


「……そうか! まさか、クランが開発した魔道具に足元を掬われるとはな……」


「これ、偶然だと思うか?」


「……っ⁉︎」


「偶然にしては、ブラウンに効きすぎてる。まるで『鉄壁』を狙い撃ちにしたような魔道具だ。というか、命中率が上がるのは結構だが、肝心の攻撃力が下がるんじゃ意味がない」


「……!」


 レイヴンはため息を吐き、銀髪の少女の姿を脳裏に描く。


「リーシャ・グレイシア。俺たちは、ジルドの命令に背いた彼女を殺すよう命令された。もしあんたがあの時従う姿勢を見せなかったら、この魔道具を使って……ってのは俺の考えすぎか?」


 ハッと、何かに気づいたように目を見開くブラウン。


 だが、ブラウンはぶんぶんと首を横に振った。


「……ジ、ジルド様がそのようなことを考えるはずはない。ジルド様は遠い昔……俺が新人の頃、命を救ってくださった。俺は、ご恩に報いるために働いて……人生を懸けてクランに尽くしたんだ。誰よりも分かってくださっているはず……」


 自分に言い聞かせるように言葉をこぼすブラウン。


 レイヴンは、膝をついてブラウンに目線を合わせた。


「今、ここでだけ規則を破って敬語を使います。師匠は、もう気づかれているはずです。俺たちも、師匠も大事にされていないんですよ。昔がどうだったかはわかりませんが、今は違う」


「……っ!」


「師匠がどんな想いで仕事をされてきたにせよ、俺たち弟子は皆あなたを尊敬しています。選んでください。ジルドと俺たち、どちらを選びますか?」


 隣で見守っていたルーガスも、レイヴンの隣で膝をついた。


「このまま従えばクランは壊滅します。俺は当時のことはわかんねえけど……師匠が知ってるその時のかっけえマスターなら、多分間違ったことをしろとは言わないんじゃないっすか⁉︎」


「……確かに、そうかもしれないな」


 ブラウンは痛む右肩を押さえながら、壁に寄りかかった。


 そして、二人を真っ直ぐ見て改めて結論を伝えた。


「分かった。正しき道を選ぼう」

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