第33話:予定外

「き、君たちが……?」


「ああ。実力に関しては認めてもらっているわけだし、足を引っ張ることはないと思う」


「そ、そりゃ君たちならこれ以上ない援軍だが……本当に良いのか? こんな王国内部のいざこざに勇者様方の手を煩わせるのもと思うのだが……」


 恐縮しまくっているグレイヴに対して、ミリアが代表して返答する。


「勇者だから、ですよ」


「……⁉︎」


「私たちの活動は、魔王を倒し、平和を取り戻すことが大目標です。しかし逆に言えば、魔王を倒しても平和な世界にならないなら何の意味もありません。『黒霧の刃』には何ら大義がありませんし、そうであるなら私たちの仕事の範疇なのです」


「だな」


「そうね」


 当然ながら今の俺たちは勇者とは全く関係ないので、今の話は全部嘘なのだが……まあ、このほうが都合が良いからな。嘘も要は使いようだ。


 どうせ『黒霧の刃』と戦うなら、勝手に動き回るよりも、話を通して正式に協力するという形を取った方が色々と動きやすい。


「さ、さすがは勇者様方だ。そこまで考えているとは……。ぜひ、協力を願いたい。今持っている全情報を共有しよう」


 よし、上手くいったな。


 この流れになれば、こっちのものだ。


「俺たちもリーシャが『黒霧の刃』幹部の情報は持ってるんだ。共有させてもらいたい」


 当然王国側、ギルド側もある程度敵の情報を持ってはいるだろうが、元クラン幹部であるリーシャしか持っていない情報も多数あるかもしれない。


 俺たちは持っている情報を提供しつつ、逆に情報を引き出したのだった。


 グレイヴさんからもらった情報は細かなことを除けばほぼ全部『Sieg』のシナリオで知っていたことだったが、おかげで今俺たちが『知っているとおかしい情報』はなくなった。


 これで、ここからは嘘をつく必要がなくなる。少し肩の力が抜けた気がした。


「それで、あとは君たちのパーティに割り振る人員なのだが——」


「ああ、それに関しては必要ない」


「……っ⁉︎」


 『黒霧の刃』との戦いに当たり、臨時の味方を派遣しようとしたグレイヴさん。俺たちが断ったのは意外だったようだ。


「即席のパーティじゃ俺たちの動きについて来られない。自由に動かせてほしい」


「わ、わかった……! なるほどな……。では、君たちの容貌に関しては誤爆しないようにとだけ皆に伝えておこう。よろしく頼む」


「ああ」


 こうして、俺たちは正式にギルドを通じて王国の王都防衛に協力することに。


 あとは、時を待つだけだ。


 ギルドの建物を出てから、リーシャが尋ねてきた。


「レイン、奴らが来る時間はわかるの?」


「九時頃だったはずだ。夜闇に紛れて、まずは王都の周囲にある壁を爆破。騒ぎにして混乱させつつ、王宮を目指す

『黒霧の刃』と警備の戦いが始まる流れだな」


「なるほど……」


「とりあえず、時間が来るまでにしっかり作戦を立てておこう」


 まったくの無策で闇雲に戦っていては時間がかかる。


 俺は、俺が持つ知識を総動員して最高効率の作戦を組み上げたのだった。


 それから、見晴らしの良い壁の上で待つこと数時間。あっという間に予定の時間に。


 ——しかし、どういうわけか、何も起こらなかった。


 若干の時間の誤差があるかもしれないと思い、そのまま待ったのだが——待てど暮らせど、何も起こることはなく、平和な夜が過ぎていく。


「もう午後十一時……いったいどういうことなのでしょうか……?」


「……わからない」


 予想していたよりも大幅に遅いだけか? それとも、今日は何も起こらないのか? この状況でのシナリオと異なる展開に俺たちは困惑するしかなかった。


 ◇



 数時間前、王都某所の『黒霧の刃』本拠地。


 指揮を取るクランマスターのジルドが、レイヴンとルーガスを除いた七名の幹部たちに最終的な作戦の内容を伝えていた。


「——というわけで、ワシの計画は最強で完璧。誰も文句のつけようがない完璧なものじゃ」


 おおっという声と同時に、パチパチとお世辞ではない拍手が起こった。


 まずは意図的に関係のない壁を破壊し、外からの攻撃を装う。王都が混乱したところを一般の冒険者に装った『黒霧の刃』のクランメンバーが徹底的に暴れ、王宮を目指す。


 最終的に全ての警備を突破し、王座を支配すれば成功というシンプルなもの。


 幹部たちからの評価が高いのは、大枠の作戦というよりも細部。時間をかけて集めた王国の内部情報をもとに、弱点となる部分を徹底的に突く具体的な動きは、画期的に感じられた。


 これなら本当にいけるのではないか? いや、やるんだ——という期待感と自信が幹部たちの間に自然に湧いてきていた。


 と、その時。


 クランマスター、ジルドの命を受けてリーシャ暗殺に出ていたレイヴンとルーガスが本拠地に戻ってきたのだった。


「レイヴン、ルーガスよ。ご苦労じゃった。……って、何じゃ……⁉︎ その姿は⁉︎ リーシャにやられたのか⁉︎」


 いくらリーシャが強いと言えども、幹部が二人がかりで不意打ちをすれば首尾よく暗殺を終えられると思っていたジルドは驚くしかなかった。


「ジルド様……申し訳ございません。暗殺に失敗してしまいました。想定外の事態になりまして」


 肩で息をしながら、ルーガスが謝罪。同時に、レイヴンも頭を下げた。


「何があったのじゃ? 詳しく話せ」


「実はですね……」


 レイヴンとルーガスは、自分たちの身に起こったことを隠すことなく伝えた。


 リーシャの実力自体は想定通り。しかし、パーティを組んでいたレインという少年、ミリアという少女が想定外の戦力を持っていたこと。


 二人の戦力はリーシャ以上かもしれないため、彼らが敵となれば計画が崩れる可能性があること。


「なるほどの。……ふむ、ご苦労じゃったな」


 レイヴンとルーガスの話を聞き終えたジルドはため息を吐き、宣言した。


「計画は中止じゃ」


 最高潮に士気が高まっていた状況でのこの宣言。


 幹部たちの間に、ざわざわとした感情が支配する。


「彼らが手負いでは勝てるものも勝てぬ。それに、リーシャの仲間も気になる。……しかし、安心するのじゃ。完全に諦めたわけではない。計画を練り直し、改めて仕掛けるのじゃ」


 『Sieg』のシナリオ通りに『黒霧の刃』が仕掛けなかった理由。


 それは、レインたちの行動によりクランマスター、ジルドの冷静さを取り戻してしまった故のことだった。

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