第34話:裏切り
◇
クランマスター、ジルドへの報告を終えた数時間後。『黒霧の刃』所属の回復術師によるレイヴンの右肩の治療に時間がかかったため、時刻は午前四時。
なお、深いダメージを負っていたため、完全には治りきっていない。通常の単属性回復魔法はあくまでも治癒を手助けするもの。腕の良い回復術師による治癒を受けても、治るには時間がかかる。
レイヴンとルーガスは『黒霧の刃』の本拠地を出て、人のいない裏路地に来ていた。
レイヴンは念の為誰もいないことを確認した後、叫んだ。
「無理だ……! 上手く行くわけがない!」
「……っ!」
レイヴンは、怪我をしていない方の左手でルーガスの肩を掴む。
「ルーガス、お前も分かるだろ⁉︎ 最初から計画に無理があったんだ!」
「め、滅多なこと言うんじゃねえ! だからこそジルド様は一時中止をご決断されたんだろう……」
「いや、ここ数日の街の様子を見れば、どこからか情報が漏れているのは分かる。俺たちが王国の情報を得られるのに、逆がないと考える方がおかしい。クランの計画は筒抜けだ。いくら騎士団の戦力が薄い時を狙ったとしても、完全な不意打ちは無理な上に
あいつら——レイン、ミリア、リーシャの三人のことである。
「リーシャたちが敵になるとは限らないんじゃないか……? いくら王国つっても、無理やり冒険者に動員かけられるわけじゃない」
「なる可能性もあるだろ⁉︎ さっきのことを根に持ってたらどうする⁉︎ 都合良くいけば上手く行くかもしれない程度の確度で人生かけられっかよ!」
興奮したレイヴンは右腕を壁に打ち付けたのだった。
「痛っ……」
「ちょ、おいおい……落ち着けって」
「この状況で落ち着いてられるか! なあ、ルーガス。考え直そうぜ? まだ間に合う。老いぼれジジイのために命捨てることねえよ。お前……もうちょいで子供産まれるんだろ? もし失敗したら……こんな死に方で胸張れるか?」
「……っ!」
レイヴンは、ルーガスの肩に腕を回し、無理やり笑顔を作る。
「なあ、ルーガス。どうせ覚悟を決めるなら、名誉ある方にしようぜ」
「悪ぃ……」
ルーガスは、どこか寂しげな表情になり、レイヴンの腕を引き剥がした。
「レイヴン、お前が言うことが正しいことは分かる。だが、それでも今更引き返せねえんだ。クランには残してきた仲間がいっぱいいる。俺だけ逃げる訳にはいかねえよ。意地ってやつだ」
「……っ」
良い説得方法を探すレイヴンだが、なかなか適当な言葉が出てこない。
ほんの少しの沈黙の後、ようやくフッと頭に浮かんだ言葉は——
「つまり、仲間も一緒に助かればいいんだな?」
「は?」
「ルーガス、少し後ろを向いてくれるか?」
「ああ。何をするつも——ぐあっ‼︎」
レーヴンの言葉を受けてルーガスが後ろを向いた瞬間。レイヴンはルーガスの右肩を狙って矢を放ったのだった。
ルーガスは痛みに悶え、地面を転がる。
「な、何をするんだ⁉︎ お、俺とお前は学生時代からの親友だろ⁉︎」
「親友だから……だよ」
レイブンは目が笑っていない中、不気味に口角を上げる。
そして、ルーガスに追加の矢を放ち、左肩も破壊。その後、足を思い切り踏みつけ、骨を折る。そして、腹を殴って気絶させた満身創痍のルーガスを抱え、グレイヴは夜闇に消えたのだった。
◇
チュンチュン。
結局、予想されていた夜には何も起こらず、日の出を迎えた。
「結局仕掛けてこなかったわね」
「……だな」
『黒霧の刃』の襲撃に備えて警備に力を入れていた王国直属の騎士団や王都を守る衛兵たちも、困惑している姿があちらこちらで目に入る。
「仕方ない。行こう」
いつまでも待ちぼうけする訳にはいかない。俺たちは、ひとまず冒険者ギルドへ行くことに。
その道中でのことだった。
「……レイン・シャドウ」
聞き覚えのある声。
声を掛けてきた相手を見て、俺は驚いた。
「レイヴンさん⁉︎」
昨日、ノーヴル山からの帰りにリーシャを狙って襲われた記憶が鮮明に甦る。
今度は街中で仕掛けようということか⁉︎
徹夜で待機していた疲れは一瞬で消し飛び、俺たちは戦闘態勢になる。
しかし、どうもレイヴンの様子がおかしいことに気が付いた。
俺の魔法により負傷した右肩は治癒されていたものの、完全には治っていない。その上、左肩には気を失ったルーガスの姿があった。
どうも、この状態で俺たちを襲おうとしているようには思えない。
もちろんブラフの可能性も捨てきれない。油断させておいて、急に攻撃を仕掛けてくる……ということも考えられなくはなかった。だが、そうだとしたら一度力の差を知った相手に取るやり方としては賢くないように感じる。
「少し、話を聞いてほしい」
レイヴンさんはそう言うと、その場にルーガスを下ろした。
ルーガスをよく見ると、手足合計四カ所を怪我している。腕利きの冒険者がどこでこれほどの怪我を……? と不思議に思っていたところ。
「昨日は本当にすまなかった」
レイヴンが頭を下げて謝罪を口にしたのだった。
まさかの反応に、俺たちは固まってしまう。
「謝っても許されないことは分かっている。本気で命を奪おうとしたんだ。君たちには俺たちを殺す権利があるし、俺たちには受け入れる義務がある」
「……っ⁉︎」
どういう風の吹き回しだ? 狙いが分からない。
「……ここは人目についてしまうな。場所が悪いなら、場所を移そう。もう覚悟は決まっている。ただ、その前に一つ、頼みがあるんだ」
「頼み……?」
レイヴンは頷いた。
「『黒霧の刃』のクランマスター、ジルドを殺して俺たちを救って欲しいんだ」
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