第31話:原作改変

 言うと、リーシャは『火焔爆星メテオ・エクスプロージョン』を五発同時に放った。


 昨日ゴーレムを相手にしたときに見せてくれたものよりも一撃の威力は抑えめ。あれは過剰な攻撃力だったこともあり、ハッキリ分かる違いがある。


 ドッガアアアアアアアアアアアアアアァァァァ——ンッッ‼︎

 ドッガアアアアアアアアアアアアアアァァァァ——ンッッ‼︎

 ドッガアアアアアアアアアアアアアアァァァァ——ンッッ‼︎

 ドッガアアアアアアアアアアアアアアァァァァ——ンッッ‼︎

 ドッガアアアアアアアアアアアアアアァァァァ——ンッッ‼︎


 魔物を殺さないようお願いした関係で、全ての攻撃は重ならないよう調整されている。


 そのため、少しの撃ち漏らしも生じている。


 だが、百体ほどいた魔物の軍勢の八割程度は瀕死になったようだった。


「さて、ここからは俺の出番だな」


 昨日、ゴーレムを倒して獲得した経験値により僅かにレベルが上がり、新しい回復魔法を使えるようになった。


 ミリアとリーシャはEランク依頼の討伐対象になっている魔物程度でもはやまともな経験値は得られないが、レベルが低い俺にとってはあの程度の魔物でも十分な経験値だった。


 早速、レベル15で覚えた新魔法——『連鎖治癒チェイン・ヒール』。を使ってみる。


 この回復魔法は、鎖の中心から複数の生命力を持つ個体に広がる性質がある。


 『神聖再生ヴィーナス・ヒール』、『神の癒やしディヴァイン・ヒール』とは違い、肉体の再生まではできず、あくまでも生命力の回復促進効果しかない。


 全属性魔法の有用性を消し去ったような効果だが、その代わりに魔力消費がかなり抑えられ、上手く使えばコスパが良い回復魔法である。


 いくらコスパが良いとは言っても、人に使う場合は怪我の度合いなどによって使い分けが必要。だが、魔物相手なら気を使ってやる必要もない。


「よし、成功だ」


 中心にいる魔物を対象に白い光の筋が広がっていき、あっと言う間に全体の治癒が完了した。


 地面に横たわっていた魔物たちが起き上がり、一斉に俺たちを睨んできた。


「す、すごいです……。あの状態からこの一瞬で!」


「悠長なこと言ってる場合じゃないわよ! 魔物が来る前に次の攻撃行くわよ!」


 生息地はモンスターハウスと呼ばれるエリア周辺に境界線が引かれているとはいえ、一度魔物の怒りを買えば、倒すまでひたすら追いかけ回してくる。


 魔物が広範囲に分散すると処理が面倒になることをよく分かっているリーシャは、復活した魔物たちに間髪入れずに次の魔法を打ち込んだ。


 ここからは、同じことの繰り返しだ。


 リーシャがひたすら魔物たちを削り、俺がすぐさま回復。手早く繰り返すこと数十回。


「よし、この辺で終わろう」


「えっ、まだ全然いけるわよ?」


 ずっと魔法を放ち続けているというのに、ケロッとした顔をしているリーシャ。


 この様子を見るに、リーシャはかなり魔力が多いようだ。


 まあ、それはともかく。


「これ以上繰り返しても経験値効率が悪くなるだけだ。もっと強い魔物を相手していった方がいい」


「なるほどね。じゃあ、片付けちゃいましょうか」


 そう言って、トドメの一撃を打ち込むリーシャ。


 ドッガアアアアアアアアアアアアアアァァァァ——ンッッ‼︎


 手加減なしの魔法を受けた魔物たちは、一瞬にしてほぼ壊滅したのだった。


 一気に経験値が流れ込んできたのが分かる。基礎的な能力値が一気に上がったような気がした。1レベルごとの上昇幅は大きくないのだが、こうしてまとまると明らかな違いを感じる。


「では、最後のお片付けはしておきますね!」


「ああ、頼む」


 ここまでの仕事は俺とリーシャだけで完結してしまっていたので、ミリアには退屈させてしまっていたかもしれないな。


 ミリアは有り余る体力で次々に魔物を薙ぎ倒していき、一瞬にして全てを片付けたのだった。


 これで、依頼は全て完了。冒険者ギルドに戻って達成報告をするだけだ。


「じゃあ、帰ろうか」


 ◇


 王都への帰還の途中。


 俺は、二人に大切な話を切り出した。


「ミリア、リーシャ。この後依頼の報告を終えたら、すぐに王都を出ようと思う」


「ええっ⁉︎」


「……唐突ね。どうしたの? 急に」


「昨日の夜、俺の記憶について話しただろ?」


「あー、夢で未来がわかるってやつ?」


「そう、それ」


 ミリアには既に説明していたが、リーシャにはまだ話していなかったため、どうして俺に皆が知らない知識があるのかこのタイミングで説明しておいたのだ。


「俺の知識が正しければ、『黒霧の刃』は今日の夜にクーデターを起こすはずだ。争いに巻き込まれる前に街を出たい」


「な、なるほどです……」


「……今日っ⁉︎」


 やっぱり、驚くよな。


 混乱させる必要もないと思い、これまで伝えてこなかった。


 特に、リーシャには知らせたくなかった。


「ああ。ということだから——」


「でも、私たちが出ていった後、街は大変なことになるのよね⁉︎」


「王国側はもう十分に警戒を強めてる。俺が知る限りでは……だが。実際、昨日俺たちが疑われたのもそのせいだ。守る側だってバカじゃない。迎え撃つ戦力も準備してる」


 『Sieg』では、リーシャは正義感と責任感に駆られて『黒霧の刃』と正面から戦った。結果として王都は守られたが、リーシャは犠牲になってしまった。


 だが、関わってしまった以上は俺はリーシャを失いたくない。


「時間とかが分かるなら、伝えてから出ていっても良いのではないですか?」


「前世の知識でこの世界の未来が分かるなんて話、信じてもらえると思うか? どうせ、昨日みたいにまた疑われることになる。今更真偽不明の情報を伝えても混乱させるだけだよ」


「それは……確かにです」


 正直、俺も冒険者でありながら、自分たちだけ難を逃れてぬくぬくと逃げることに罪悪感がないわけではない。だが、罪悪感を差し引いても実利を求めた方が今回は利口だと判断した。


「結果はどうなるの?」


「両者拮抗した戦いにはなるが、最終的に王国側が勝つことになる。安心してくれ」


「そう。でも、信じられないわ。末端の冒険者はともかく、『黒霧の刃』の幹部はみんなとんでもなく強い。いくら対策を立てたとしても、薄くなっている王都の防衛力でどうにかしたなんて……」


 ……鋭いな。実際、『黒霧の刃』も協力クランを巻き込み、王国側の想定以上の戦力でクーデターを起こした。


 それでも難を乗り切ったのは、リーシャがいたからに他ならない。


「まあ、細かいことは覚えていないが、戦いにおいて基本的に守る側より攻める側の方が負担が大きいからな」


「ねえ、レイン。何か私に隠してない?」


「いや? どうしてそう思うんだ?」


 リーシャは顔を近づけ、じっと俺の目を見つめてくる。


 圧がすごい……。だが、目を逸らせば疑われてしまう。俺は、リーシャから目を逸らさないように努めた。だが——


「やっぱり、目が泳いでるわ」


「……」


「それに、さっきからレインおかしいわ。レインが言う未来、すごくよく覚えてるのに確信に迫ると急にそこだけ忘れるなんて。絶対おかしいわ。ねえ、本当のことを教えて」


 やれやれ……なんて胸中で呟いている場合じゃない。


 俺は、チラッと助け舟を求めてミリアを見る。


 しかし——


「レイン、何か隠しているのですか? 正直に話せないことがあるのですか?」


 ……ダメか。


 できれば、リーシャには知らせたくなかった。


 知らせれば、必ず自分も戦おうとするからだ。リーシャはそういう人間だから。


 でも、理由を知らせなければ意地でも動こうとしないだろう。


 こうなっては仕方がない。


「分かった。正直に話すよ。落ち着いて聞いてくれ」


 リーシャの固唾を飲む音が聞こえた。


「俺の記憶の中ではだが……この戦いでキーになるのは、リーシャだった」


「私⁉︎」


「リーシャが強いのと、リーシャにとって敵は元同胞ってこともあって、特徴を把握していたおかげで不利を補えたんだ。結末に嘘はないけど——」


 俺は一度大きく息を吐き、続けた。


「この戦いで、王都の平和と引き換えにリーシャは殺されてしまうんだ」


「……っ⁉︎」


「俺は、リーシャを失いたくない。だから、日が暮れる前に王都を離れたいんだ」


 一気にこの場の空気が重くなった気がする。


「レイン、そこで死ぬはずだった私がいなかったら、私は助かる。でも、戦いの結果はどうなるの?」


「さあ……それはわからない。奇跡が起きて王都は助かるかもしれないし、『黒霧の刃』が勝つ結果になる……かもしれない」


 ここに関して、俺は何もわからないというのが正直なところだ。


 一つ確実なことが言えるとすれば……被害はより大きくなる結果になるということくらい。


「リーシャ、頼む。分かってくれ。せっかく出会えたのに、こんな別れ方はしたくないんだ」


「……レイン」


 いざとなったら、後でどう思われようと強引に連れ出そう。


 そんなことを考えていたその時。


「あの……レイン」


 ミリアが恐る恐るといった様子で声を掛けてきた。


「レインの記憶の中では、私やレインもいたのですか?」


「いや、俺はいないし、ミリアは『魔呪症』でその頃には……」


「だったら、私たちもリーシャと一緒に戦えばどうなるでしょうか? レインが私を救ってくださったように、リーシャも助かる未来があるのではないかと……!」


 ……確かに、そこまで考えていなかった。


 いや、どちらかと言えば、正確には考えようとしていなかった。面倒ごとを避けて、より確実に助かる方向だけを考えていた。


「……そうかもしれないな」


「だったら、私たちも一緒に戦いましょう! きっと大丈夫ですよ!」


 言いながら、俺の手を握ってくるミリア。


 正直、王国の政治主体がどうなろうと俺には関係ないというスタンスは変わらない。だが、よく考えれば死ぬはずだったミリアと、出会うはずがなかったリーシャを仲間に加えただけでこれだけのシナリオの変化が起こった。


 ある意味、王都が崩壊し一国が滅ぶような結果になれば、連鎖的に様々な部分に綻びが出てくるかもしれない。


 前世の知識を活かして効率よく魔王を倒したい……と思っていたが、それは前提となる知識が正しいことが条件だ。俺の行動によって大きくシナリオを変えないように努めるのは、俺の目標を達成する上でも無駄にはならないかもしれない。


「分かった。一緒に戦おう。王都もリーシャもみんな助かる。そんな未来もあるはずだ。ミリアのおかえで、そう思えたよ」


「……っ! さすがはレインです!」


 ニコニコ顔のミリア。


 それに対してリーシャは——


「レイン、ミリア……いいの? 私のために……」


「勘違いしないでくれ。リーシャを死なせたくないのは、俺のエゴだからな。俺のためであって、リーシャのためじゃない」


「それ、リーシャのためって言ってるようなものですよ?」


 上手く言い訳したつもりだったのだが、ミリアからツッコミを入れられてしまった。


「……まあ、そういう解釈もあるな」


 やれやれ。また面倒なことになってしまった。


 さっさと解決するとしよう。

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