第29話:白状

「……っ⁉︎」


 先の二人——リーシャとレイン——と同様に何も語ることはないだろうと考えていたグレイヴにとって、ミリアの反応は予想外だった。


「ほう。聞かせてもらおう」


 グレイヴは前屈みになり、ミリアを睨む。


「私、実は勇者ミリアなんです」


 ミリアの白状——それは、『黒霧の刃』に関することではなく、ミリア自信の素性に関すること。


 孤独な牢の中でどうにかこの状況を解決するために決断したことだった。


 しかし、ミリアの葛藤などグレイヴは知る由もない。


「……は?」


 虚を突かれたグレイヴは、思わず動揺の声を漏らした。


「ですから、私は剣の勇者ミリアなんです。少し事情があり身分を偽って登録していたのです」


「い、いや……そんな嘘に私は惑わされないぞ。勇者ミリアは冒険の途中で亡くなったはずだ」


「違います。勇者ミリアは『魔呪症』に罹って、仲間に捨てられたのです。そして、瀕死の私を救ってくださったのがレインです。証拠もあります」


 言いながら、ミリアは本名のギルドカードをグレイヴに見せた。


「そ、そんな馬鹿げた話が……」


 ミリアからギルドカードを受け取ったグレイヴの手は、プルプルと震えていた。


 そして、恐る恐る虫眼鏡をかざして真贋鑑定を行う。


「……な、なんだと? 間違いなく本物だ……と、いうことはつまり……?」


「ですから、私は勇者ミリアなのです。私は、国王に誓って裏切るようなことはしませんし、そういった考えの者を仲間に引き入れることは決してありません。これで疑いは晴れましたか?」


 グレイヴは、突然のミリアの告白に混乱していた。


 だが、そうだとすれば確かに様々な不審点の辻褄が合うのも事実だった。


 新人ながら、エリアボスをたった二人で倒してしまうほどの戦闘力。仲間のレインが経歴に合わない程の活躍をしていること。高位冒険者であるリーシャをパーティに加えたこと。


 敢えて身分を隠していたのは、何らかの極秘任務を担っていたのかもしれない。だとすれば勝手にミリアたちを拘束している現状は非常にマズイのでは?


 グレイヴの頬に冷や汗が垂れたのだった。


 ◇


 起きていても仕方がないので一眠りしていたところ、衛兵に起こされた。


 しかしどういうわけか、衛兵の様子がおかしい。


 ついさっきまでは罪人同様の扱いだったのに、急にめちゃくちゃ対応が丁寧になったのだ。


 魔力を縛る魔道具も取り外され、今は自由の身。地下から地上の建物へ移動するのだという。


 疑いが晴れたってことでいいのか……?


「レイン様、どうぞこちらへ。足元お気をつけて。あっ、そこ段差あります!」


「お、おう……」


 いや、だとしてもこの対応はさすがに何か裏があるのでは? と勘繰ってしまう。


「いったいどういう風の吹き回しなんだ?」


「……先ほどは大変失礼いたしました。グレイヴから詳しい説明がありますので」


「はあ」


 聞いても答えてくれなさそうなので、俺は衛兵に導かれるまま地上を目指したのだった。


 地上のギルド建物内には、既にミリアとリーシャが到着していた。


 二人とも俺と同様に銀の枷は外され、自由の身になっている。


 ちなみに、まだ日が上る時間ではないらしい。窓の外はまだ真っ暗だった。


「レイン!」


「良かった。元気そうね」


「ああ、二人も無事で良かった」


 閉じ込められている間は、二人のことが気がかりだった。


 二人とも出会ってからそれほど長い期間を共にしたわけではないのだが、それでも仲間というのは俺にとって特別な存在なのである。


「それで、これはいったいどういうことなんだ?」


 俺は、気になっていたことをギルドマスター、グレイヴに尋ねてみる。


 すると、なぜか青い顔になっているグレイヴは、その場に膝を着き、額を地にこすりつけた。——土下座の格好である。


「えっ⁉︎ ちょ、急にどうした——」


「も、申し訳なかった‼︎ し、知らなかったんだ! まさか、勇者ミリア様とそのお連れの方々だとは……! 勘弁してほしい……!」


 ……んん?


 勇者ミリア様……?


 俺は、チラッとミリアの顔を見てみる。


「話しちゃいました……!」


 なるほど。


 要するに、ミリアは自らの本名を明かすことで怪しい者ではないことを証明したということか。


「言って良かったのか?」


「はい。もう私は大丈夫です」


「そうか。それならいいんだが」


 ミリアは、自分を捨てた勇者パーティと顔を合わせるのが怖いと言っていた。


 俺にもその気持ちは共感できるから偽りの身分を名乗ることを提案したわけなのだが——まあ、ミリアの表情を見る限り心配する必要はなさそうだ。


 俺が思っていたよりも、ミリアは強かったらしい。


「マスター、顔を上げてくれ。俺たちも素性を隠していたわけだし、分からなかったのは仕方がない。ミリアももう気にしてないよ」


「レインの言う通りです! もういいですから!」


 俺とミリアが宥めることで、どうにかグレイヴの土下座を辞めさせることができた。


「まさか、極秘任務だとは思わなくてな……世の中色々あるんだな……」


 ん? 極秘任務……?


 あー……もしかして、ミリアが何らかの仕事で素性を隠していたと誤解しているのか?


 まあ、説明するのも面倒だし、誤解してくれているなら、そのほうが都合がいいか。


「ま、まあ……黙っていてくれるならそれでいいよ」


「で、ですね……!」


「うん、そうね……」


 ミリアとリーシャも空気を読んで話を合わせてくれている。


 ひとまず、この場はこれで乗り切るとしよう。


「ミリア様たちは本当にお優しいな……。まったく、酷い扱いをしちまったというのに……。私は、勇者様たちを尊敬しているんだ。ミリア様は本当にお話通りのお方だ……」


 いったいどんな想像をしているのだろうか……?


 まあ、この世界では魔王軍になるべく情報を握られないよう、勇者の顔を知る者は最小限に抑えるよう工夫されている。知らないからこそ想像の中で実態以上に神格化されているのかもしれない。


「何か、私にできるお詫びがあればさせてもらいたい。どうだろうか?」


 お詫び……か。


 俺は、ミリアとシーシャの二人と顔を見合わせた。


「だったら……なるべく早くAランクの冒険者になれるように、依頼を優先して回してもらえると助かる……かもです!」


 ミリアはよく分かっているな。


 今俺たちが一番欲しいのは、ランクだ。


 強い魔物と戦ってレベルアップにより能力値を上げたいのだが、低ランクではミリアとリーシャにとってはほとんど経験値を得られないし、俺にとっても物足りないからな。


 Aランクまで最速でランクアップできれば、ようやく理想的なルートで強くなれる。


「なるほど、そのくらいならお安い御用だよ。何なら、ミリア様たちの能力を見込んでだが……私の権限で特別依頼を発注することもできる」


「特別依頼というと……冒険者資格を取得するときのような特例ですか?」


「その通りだ。一つ依頼をこなしてくれれば、今のランクから一気にAランクまで引き上げることを約束しよう」

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