第8話:リーシャ

「まずはルーガスよ、この前、お前に頼んだ王国騎士団の調査資料……大変良かったぞ」


「きょ、恐縮です……!」


 ジルドに褒められたルーガスは、大袈裟にも見えるほど深々と頭を下げた。


 『黒霧の刃』では、クランメンバー同士で敬語は使わないルールがあるが、クランマスターのジルドに対しては例外だった。


「うむ。それでだな、王国騎士団の動向を見る限り、一週間後が仕掛け時だと思ってな」


 幹部たちの間に疑問符が浮かぶ。


「マスター、仕掛け時……というのは?」


 幹部たちのうちの一人から声が上がる。


「まあ、待て。そう焦るな。順を追って話す。ワシらは、冒険者クランとしては王国最強にまで成り上がった。王国内のあらゆる困難を一手に引き受けてきた。しかし、それにしては報いがなさすぎる」


 ジルドの言葉に、『確かに』という声がチラホラ上がった。


「王宮はワシらを王国騎士団の便利な下請け……いや、駒使いくらいに思っておる。これがワシは気に入らんのじゃ。普通、特権の一つでも認めるものじゃろう。そこでじゃ——」


 ジルドは幹部たちの注目が集まる中、ついに本題を言い放つ。


「くれぬなら、奪ってやればいいじゃろう。そう、クーデターを起こすのじゃ。騎士団は、隣のエアリス帝国の攻撃に警戒して配置を国境に集中させておる。王宮は、言わば手薄の状態じゃ。ここで仕掛ければ、この国をワシらのものにできる」


 ジルドの発言を受けて、部屋の中がざわめいた。


「王国を乗っ取る……ですと?」


「そんなことができるのか……? いや、ジルド様の命とあれば……」


「た、確かに騎士団の奴らはムカつく。俺たちが上になれば、アゴで使えるように……」


 困惑半分、期待半分といったムード。


「し、しかし……部下が従ってくれるでしょうか?」


 幹部の中から、懸念の声が上がった。


「できるか、じゃなくてやるのじゃ。ワシらは昔からそうしてきたじゃろう。デタラメを言えとはワシの口からは言えんが……騎士団が王国を裏切ろうとしているなどと誤魔化せばいいじゃろう」


 デタラメを言えと言っているようなものである。


「必ず上手くいくはずじゃ。成功した暁には、皆には王族の地位を約束しよう。富も名声も思いのまま。家族も喜ぶじゃろう。じゃがもし……ここに居ぬとは思うが、一世一代のチャンスを捨てる小心者……いや、大馬鹿者が居るのなら今すぐクランを去るのじゃ。無理強いはせん」


 部屋の中は、シンと静まり返る。


 クーデターが成功すれば、冒険者の枠を越えた高みを目指せる。


 逆に、従わなければ、ここまで積み上げてきたキャリアを棒に振ることになる。


 そして、全員が自分の力に自信を持っている。仕掛ければ、確かに成功する確率は高い。


 だが、万が一にでも失敗すれば一転して全てを失い、反逆者になってしまう。


 様々な感情が渦巻くこの空間で、初めに結論を出したのは二人だった。


「もちろん、俺はやります!」


「俺もです。必ず成功させます」


 ルーガスとレイヴンである。


 若手が参加を表明したことで勢い付き——


「お、俺もだ」


「やるっきゃねえだろ!」


「最初聞いた時からやるつもりだったんだ!」


「マスター、俺はどこまでもついていきます!」


「ここで逃げちゃ男じゃねえよな!」


 十一人中、十人がマスターに従う意志を表明したのだった。


 残るは、銀髪の少女、リーシャただ一人。


 リーシャは呆れたようにため息をついて立ち上がった。


「ばっかじゃないの? 話にならない。私は、お金とか地位のために冒険者やってるわけじゃない。そんなのどうでもいいわ。それじゃあ、さよなら」


 あっさりと地位を捨て、部屋を去ったのだった。


「うわ……マジかよ」


「……勿体ないな」


 自分の選択を肯定したい幹部たちは、リーシャの後ろ姿に冷ややかな視線を向けたのだった。


「ふむ。あの小娘……面白いな。名前はなんじゃ?」


 ジルドは、怒りを滲ませた声で幹部の一人に尋ねた。


「リーシャ・グレイシアです」


「リーシャじゃな。裏切り者を放っておくことはできん。始末するのじゃ」


 幹部たちの間に、衝撃が走る。


 確かに、特級の秘密を持つリーシャを放っておけば、王国側に伝わってしまう可能性がある。頭では分かっていても、仲間を殺せという命令は重く感じる。


 同時に、『選択を間違えなくて良かった』と、一同は安堵したのだった。


 ◇


「末路……ですか?」


 ミリアの疑問に、ゲームのシナリオを思い出しながら俺は答える。


「王国に不満を持つ『黒霧の刃』はクーデターを起こすんだけど、作戦は当然成功なんてするわけがなく、犠牲者を大量に出して返り討ちに遭うんだ。余計なことに巻き込まれなくて良かったよ」

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