第2話:違約金

 ……⁉︎


 内定取り消しだと⁉︎


 俺の頭は、真っ白になった。


 クランへの内定は、正式採用に等しいというのが常識だ。


 『黒霧の刃』からの内定が出た後は、他のクランからの誘いは全て断ってしまったし、属性がないことが判明した今では、もうどこのクランも俺を受け入れてくれることはないだろう。


 そもそも、冒険者になることを前提に過ごしてきたので、すぐに他の仕事に就けるようなスキルなど何も見つけられていない。


 今持っているわずかばかりの貯金など、すぐに底をつく。


「そ、そんなのあんまりだ! 雑用でも何でもする! だから……!」


「必要ない。とっととここから去れ」


 冷たく突き放す口調。


 俺が知る、優しくかっこいいレイヴンさんではなかった。


 ……そうか、そういうことか。


 やっとわかった。


 『黒霧の刃』は、属性検査すら終わっていない若者を青田買いし、使えなければ最初から切り捨てるつもりだったということか。


 組織というものに夢を見ていた俺が馬鹿だった。


 でも、そっちがそのつもりなら、こっちだって——


 俺は、レイヴンさんを睨んで言った。


「……じゃあ、せめて金を寄越せよ」


「金だと……?」


 俺の反応が意外だったのか、ギョッとした顔をするレイヴンさん。


「当たり前だろ⁉︎ こっちは、そっちの都合が振り回されてんだよ! 勝手に内定出して、そっちの都合で捨てる? 都合良すぎだろ! 大手クランならそれなりの補償くらいしろよ!」


 必死だった。


 生まれから今まで、ここまで喉から大声を出したのは初めてかもしれない。


「内定書類を俺は受け取ってる。金を出さないようなら、この件言いふらすぞ? 世間体を気にする大手クラン様は困るんじゃないのか?」


「……っ!」


 先ほどまで強気だったレイヴンさんだが、少し怯んだらしい。


 レイヴンさんは舌打ちし、ため息をついた。


「いくらだ? いくら欲しいか言ってみろ」


 俺は即答した。


「百万ジュエルだ。三ヶ月分の給金と、迷惑料って考えたらそのくらいだろ」


「……わかった。だが、言いふらしたら分かってんだろうな?」


「ああ。金さえくれたら、忘れてやるよ」


 これは、口止め料も兼ねているのは当然理解している。


 復讐のため金を受け取らずに悪評を流す手もあったが、そんなことをしても俺にとっては何の利益もない。気持ちよりも実益だ。


「ほらよ」


「え?」


 レイヴンさんは麻袋にジュエルを詰め込み、投げてきた。


 まさか、即金で支払われるとは思っていなかった。


 さすがは大手クランの重要ポジション……と言ったところか。


 俺は受け取った麻袋の中身をその場で確認し、ジュエルを数える。


「八十五……九十……九十五……百。確かに」


 こうして、金を受け取った俺はこの場を後にしたのだった。


 ◇


 俺は、冒険者になるのが夢だった。


 ついさっき、属性なし……つまり、冒険者という職に就く最低限の才能すらないことが判明したわけだが、これでキッパリと諦めるつもりはない。


 いや、諦められるわけがない。


 たとえ自分に能力がなくても、パーティの指揮を取り、仲間の力を引き出すことはできる。


 そんなスタイルの冒険者を聞いたことはないが、特殊な冒険者がこの世界に一人くらいいてもいいんじゃないか? と俺は思う。


 だが、属性がなく、クランでの活動経験がない俺の指示に従ってくれる冒険者など普通に探してもいるはずがない。


 そこで勝ち取ったこの百万ジュエル……有効に使うべきだ。


 正直、あまり気は進まないが、背に腹は変えられない。


 奴隷を買いに行くとしよう。


 ◇


 十三年前。


 俺がまだ五歳の時、故郷のゲール村に魔物の大群が押し寄せてきた。


 人口五百人ほどの小さなに魔物の大群と戦える十分な戦力があるはずもない。


 民家はぐちゃぐちゃ。至るところから血の臭いが漂ってくる。


 魔物が侵入してから、一瞬で平和な村は壊滅してしまった。


 俺の自宅では、庭に出てきた狼の魔物と戦った父さんが魔物に殺され、その魔物は俺と母さんの方へ近づいてきた。


 ザクッ!


 俺を抱き抱えながら、母さんは背中を鋭い爪で刺された。


 呻き声を上げた直後に脱力し、その場に倒れてしまう。


「ママ……?」


 声をかけても、身体に触れても反応はなかった。


 子供ながらにこのまま俺も殺されるのだろうと悟った時。


「おい! そこに誰かいるのか⁉︎」


「子供が一人、生きてる!」


「助けに来たぞ! もう安心だ!」


 聞いたことのない人たちの声が聞こえてきた。


 その声を聞いた魔物が逃げようとするが、あれよあれよという間に魔物は退治された。


「こりゃひでえ……」


 動かなくなった父さんと母さんを見ながら、手を合わせる大人たち。


 そのうちの一人が俺の近くに来て、目線を合わせるように屈んだ。


「ボウズ、親御さんのことは気の毒だった。もう少し早く着いていればな……」


「あなたたちは……? どうして助けてくれたの?」


「俺たちは冒険者だ。……って言ってもわからないよな。魔物を倒す仕事をしている。魔物の大群がゲール村に近づいているのを見て駆けつけたんだ」


「冒険者……」


 家族を失い、村をぐちゃぐちゃにされた幼い俺は混乱していたが、今でも冒険者がかっこいいという記憶だけは残っている。


 同時に、魔物たちを根絶やしにしなければならないという強烈な使命感に襲われた。


 冒険者になれば、それができる。


 それから、俺は冒険者を目指して修業に励んだ。


 幸い、俺には対魔物との戦闘における才能があったらしく、名門と名高いウェールス冒険者学院に合格。首席で卒業することができた。


 ここまでやってきて、今更夢を捨てるなんてできるわけがないのだ。


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