それいけ! 闇医者!

廿楽 亜久

闇魔法医者は自転車に乗ってくる

 母は、俗にいう”自然派”というものだった。

 化学物質は体に悪いと、保育園でもらったお菓子は没収され、小学校でクラスメイトの女子からもらったバレンタインチョコは捨てられた。

 風邪を引いても、近くのクリニックではなく、よくわからない祈祷師のところに連れてかれ、熱でうなされる中、変な匂いのする部屋で太鼓と奇声を聞かされ続けた。


 極めつけは、母が病気になった時だ。

 自分と同じように、毎日のように祈祷師のところに通っていたが、日に日に痩せていくのに、喉と目は腫れあがってきて、その苛立ちを隠す様子もなく、自分たちが祈らないからと、俺と妹のことを殴りつけてきた。

 そんな最悪な記憶を残して、母は死んだ。


 父とは連絡がつかず、母の妹に当たる叔母の元へ、妹と共に預かられることになった。

 しかし、元々良好ではなかったらしい仲が、子供だからといって良くなるわけもなく、本当に家に置いてもらっているだけだった。


「風邪?」

「はい」


 妹が熱を出して寝込んで、二日が経った。

 病院に連れて行ってほしいと頼んだが、叔母は嫌そうな顔をした。


「お好きな祈祷師のところにでも行けば?」


 言葉と共に、叩きつけられたタウンページ。


「じゃあ、私は仕事だから」


 叔母はそう言い残すと、玄関のカギを閉めて出て行った。

 残ったのは、床に落ちたタウンページとうなされている妹。


 親が変わって、何か変わると思っていたが、間違いだ。

 前から何も変わっていない。頼れるのは、自分だけ。


『さくら駅前こどもクリニックです』


 電話先から聞こえた声に、妹のことを伝えれば、予約を取ると答えてくれた。


『お母さんか、お父さんはいますか?』

「仕事に行っちゃって……今日、僕、学校休みだから」

『…………わかりました。では、保険証はありますか?』

「保険証?」


 聞いたこともない。

 そもそも、病院に行くこと自体が初めてだから、何を持っていけばいいかもわからない。

 お金は絶対として、”保険証”っていうのは何だろう。


『もし見つからないようなら――』

「探してみます!」


 一度電話を切って、”保険証”というものを探してみる。

 叔母の家に来た時に、渡されたものは、全てダンボールに収められているはずだ。


 中を漁ってみるが、それらしいものは見つからない。

 叔父のパソコンを使って、保険証について調べてみれば、カードのような物らしく、それが無いと、病院でお金がすごくかかるらしい。


「足りない……」


 サイトに書かれている数字と財布の中を確認して、頭を抱えてしまう。


「お兄ちゃん……?」

「咲那? どうした? 気持ち悪いか?」

「ううん。大丈夫」


 汗ばんだ顔で微笑む咲那は、やはり辛そうだ。


「昨日よりラクになったし、わたしは寝てれば平気だよ?」

「でも……」


 平気なわけがない。

 平気なわけがないんだ。心配かけないように振舞っているだけで、こんなに熱くなってる体で、平気なわけがないんだ。


「い、今、医者を呼んだんだ! だから、もうちょっとの辛抱だからな!」


 咲那を守れるのは、自分しかいないんだ。


 部屋を出て、タウンページを開いて、ある項目を見つける。


< 全国どこでも出張可。魔法医 ペストリッチ >


 ”魔法医” というのは、昔、母に連れていかれた場所で、聞いた覚えがある。

 祈祷師に近い何かだ。

 つまり、胡散臭い医者のひとつだが、かつて自分たちが連れていかれていた場所に近いのなら、保険証は必要ないはずだ。


 このまま、何もできないよりは、少しはマシのはずだ。

 霞んだ視界で、書かれた電話番号をひとつひとつ押した。


『はい。魔法医 ペストリッチです』

「あの、妹が熱で、助けてほしくて……」

『……場所を言える?』


 場所を伝えれば、三十分ほどで行けると返事をした後、切れた。


 そわそわと時計が半周するのを待ち、マンションの階段へ出れば、黒い何かが自転車を漕いでやってきた。

 かつて、連れていかれた先にいた祈祷師にも通じる、妙な格好。きっとあいつだ。


「初めまして。魔法医ペストリッチです」

「先ほど電話した、皆方です」

「それで、妹さんが熱を出しているんだったね」


 変な仮面に黒づくめのペストリッチを部屋に案内すれば、妹にも同じように挨拶をすると、熱を測り、喉を確認すると、こちらを見た。


「風邪だよ。これ。魔法医じゃなくて、普通の病院に連絡した方がいいよ」

「あ、えっと……その、保険証がないから……そのお金とか……」

「日本国民は皆保険だが? って、薄々電話でも思ったけど、ご両親は? いないならいないでいいけど」

「仕事に…………」

「なるほどなるほど……とりあえず、私がついて行ってあげるから、病院に行こう。この辺の小児科ってどこだっけ……? 咲那ちゃん。しんどいだろうけど、お医者さん行くからお着替えしよっか。できる?」

「うん」

「よぉーし。じゃあ、私はお医者さん調べてるから、その間に着替えておいてね」


 スマホを取り出し、病院を調べ始めたらしいペストリッチに慌てて声をかける。

 保険証が無ければ、高額な治療費を払わないといけない。

 自分には、そんなお金はない。


「そんなの十割親に払わせればいいんだよ。自業自得。ま、とにかく、お金のことは気にしなくていいよ」


 そして、ペストリッチは、着替え終わった咲那を自転車の後ろに乗せ、病院へ向かった。

 俺は、ゆっくり歩いておいでと、置いて行かれた。


 とにもかくにも、早足で先程電話を掛けたさくら駅前こどもクリニックへ着くと、すぐに受付にいた女の人が驚いた顔で立ち上がった。


「よかった! さっきの電話切られちゃったから、心配してたんだよ!」

「え?」

「ペストリッチさんに連絡してくれててよかったぁ……咲那ちゃん、今、奥で診察してるから、こっちから入ってくれる?」


 案内された部屋には、ペストリッチも座っていた。


「ちゃんと来られたね。よかった」

「あの、妹は」

「診察中」


 ここに座ってなと硬いベッドを叩かれ、言われた通りに座った。

 お互い会話はなく、気まずい空気に出てきた話題といえば、先程の疑問だった。


「あの、”魔法医”って」

「名の通り、魔法を使った医者だよ。って、知らずにかけたの?」

「あ、いや、うちの母……えっと、死んじゃってるんですけど、母は、昔から風邪を引いたら、祈祷師のところに連れていくって人で……そこで、聞いたことがあって……」


 祈祷のおかげでラクになったことはなく、どうしていつも普通の病院へ連れて行ってくれないないのだろうかと、病院の前を通り過ぎる度に思っていた。


「自分の病気の時も、祈祷師にお願いして……死んだんです」


 少なくとも、母は本気でそれを死んでいたのだと、イヤというほど理解させられてしまった。


 だが、結局、自分だって、祈祷師のような医者にかけることしかできなかった。

 妹を守ると意気込んでおきながら、結局同じことしかできない自分が不甲斐なくて、泣きたくなる。


「…………ワタシ、キトウシ、チガウ」

「え゛」

「まぁ、そういった類が多くいることは知ってるんだけどね。一応、本当に、魔法医って国家資格だから! ドマイナーだけど!」


 黒い外套をはためかせる様子は、マスクで顔は見えないが、怒っているように見えた。

 ただ、すぐに落ち着いたように、ため息をついた。


「ただまぁ、魔法で治せる病気なんて少ないからね。現代医療の方が、治せる病気は多い。だからね、こういう時はちゃんと頼らないと」


 わかった? と、問いかけるペストリッチに、おもむろに頷いた。


 あのあと、虐待の可能性ありとして、僕たちふたりは、施設に預けられることになった。


「お邪魔します」


 その報告を兼ねて、僕はペストリッチ診療所に訪れていた。

 本当にあったんだ……とか、少しだけ思ったけど、さすがに口にはしない。


「そっか」


 良かったとも、残念だとも言わず、ペストリッチは頷くだけ。

 それが、僕には心地よかった。


「あの、先生」

「ん?」

「僕、将来の夢ができたんです」

「うん」

「医者になろうと思います。魔法医じゃなくて、現代医療の方ですけど……」

「それはいい夢だね」


 応援している。と、見た目はちょっと変だけど、優しい言葉をもらった。

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