3-12 荒ぶる星弥
「ああ、早かったね。大丈夫なのかい?」
画面の向こうの皓矢は本棚を背に映っていた。薄暗いのでおそらく研究所の書庫だろう。
「うん。今公園なんだけど、周りは誰もいないし、念のため
「そうか。それなら話しやすい」
「そう言えば、ホテルのことはいろいろ、あ、ありがとな」
永は珍しく小声で呟いた。
皓矢の方もそれを充分察しているので苦笑しながら頷く。
「どういたしまして。不自由はないかい?」
「大丈夫です、お兄様」
「やあ、鈴心。元気そうだね」
「はい。おかげさまで」
その声を聞きつけたのか、最初からいたのかはわからないが突然
「すずちゃーん!!」
その弩級の大声は永と蕾生の鼓膜をつんざいた。
「せ、星弥……」
「すずちゃん、そっちはどうなの!?暑いんじゃないの!?熱中症は大丈夫なの!?」
鈴心に関する星弥に洞察の鋭さに永も蕾生も少し怖くなった。鈴心はその剣幕に押されて少し口篭っている。
「ええっと、昨日少しアレでしたが、今日はもう慣れました」
「ええ!?気をつけてよ、もう!蕾生くんっ!わたし言ったよねっ!?」
「も、申し訳ない」
とばっちりだったが、星弥の雰囲気に逆らえず蕾生は思わず謝った。
「すずちゃんもすずちゃんだよ!毎日電話してって言ったのに、兄さんにばっかり電話してずるいったらない!」
「ハル様、あれは気にせずお兄様と会話してください」
ついに鈴心は永の後ろに引っ込んだ。しかし星弥の方は更に画面に近づいてどアップで迫る。
「あ、ちょっと、すずちゃん?すずちゃーん!」
その変態性が更に増しているので蕾生もつい一歩後ずさる。画面の奥から皓矢の溜息と呟きが聞こえた。
「ルリカ」
するとその声に反応して青い大きな鳥が甲高い声とともに現れた。鳥は星弥の首根っこを嘴で掴んで部屋の奥へ引きずっていった。
「あっ、ちょっと、ルリちゃん、待って!もう少しだけえぇぇ……」
「その鳥──」
何度か見たことはあったけれど、皓矢が何かを攻撃したり守ったりする以外にも出てくるのかと蕾生は驚いた。
「ああ、そういえば色々忙しくてきちんと紹介してなかったね。あの子は
「そうか。まあ元気そうで良かった」
蕾生にはその形容しか穏便に言えることがなかった。
「星弥も修行がだいぶキツくてね。ストレスが溜まってあんなことに」
「いやあ、元からだよねえ」
遠慮しない永は星弥のあれがストレスからではないことをはっきり言う。星弥は陰陽師の修行をするためについてこなかったので、蕾生は一応その進捗を気にした。
「皓矢……サンが、修行をつけてるンスか?」
「最初はそのつもりだったけど、僕は妹を甘やかしてしまうようでね。僕の師匠にそれがばれて、今は師匠に指導してもらっているよ。師匠は厳しいから、ストレスが溜まって……」
困ったように笑いながら言う皓矢に永はもう一度言い切った。
「だから、元からだって」
「まあ、その辺は帰ったら教えてあげよう。本題に入るけどいいかな?」
「もちろん。何かわかった?」
堂々巡りになりそうな雑談から脱して、皓矢は少し真面目な顔に戻して話し始める。
「そうだね、お尋ねの
「へえ!」
「銀騎はどこにでも出てくるな」
予想はついていたが、自分達の周りに必ずいる銀騎の存在に永も蕾生も改めて驚いていた。
「ははは、申し訳ない。あったと言っても、かなり昔の話だ。ざっと二百五十年前の記録に少しだけね」
「そんな前かよ」
「当時は陰陽師という稼業そのものが衰退していてね、それを打破するべく
「銀騎朝詮って、おたくの開祖でしょ?」
永が確認すると、皓矢も大きく頷いた。
「そう。お祖父様が尊敬してやまない偉大な先祖だ。尤も、銀騎という字に改めてからのことだけどね」
「改名したってことか?」
「そうだね。それ以前は違う漢字を充てていたんだけど、
「へえ……」
永がそれを初めて聞くような感じで聞いているので皓矢は首を傾げながら尋ねる。
「永くんは覚えていないかい?」
「そんな昔のことは鮮明にはわかんないな。もっと前から陰陽師には狙われてたけど、そいつの名前なんて興味なかったし。銀騎って言う名前も知ったのは最近な気がしてる」
永の記憶力のセーブについては梢賢から言われていたので、蕾生はそんなものだろうと思っていた。
「そうか。確かに君達から見ればうちはいつも胡散臭い奴らだったろうからね。
で、師羅鬼幽保は身内と有力な術者をまとめて陰陽師集団・銀騎を作った。それが今でも続いている我が家という訳だ」
「それはちょっと知ってる。親戚筋を分家において、外部からの人達を部下としてこき使ってるんでしょ。親藩と外様みたいな」
容赦ない永の例えに皓矢は苦笑しながら頷いた。
「まあ、そうだね。今から二百五十年前、銀騎の黎明期において、眞瀬木家はその外様候補だった」
「集めるというと、どのようにしたんですか?」
星弥がこれ以上出てこないと見定めた鈴心が永の後ろからひょっこり顔を出して聞いた。
「公募もしたし、こちらからスカウトに行ったりもしたようだ。眞瀬木家はこちらから幽保本人が当時の
「ええ?だって隠れて住んでたのに?なんか不思議な結界が張ってあったけど?」
「そうです。私達も目の当たりにしましたが、とても奇妙なものでした。銀騎に見つかるとは思えませんでしたよ」
永と鈴心が口々に言うと、皓矢は少し考えてたら見解を述べる。
「恐らくだけど、君達が見たその奇妙な結界は
「と言うと?」
「麓紫村の結界は幽保本人が出向かなければ破れないものだった可能性もある。天才の幽保には普通の結界に見えただけかもしれないね。
総じて考えると、村に張ってある結界は今も昔も強力なものであることは間違いない」
「つまり、開祖の力をもってしかコンタクトがとれなかったほど、眞瀬木の力は強いということですか?」
「そう。スカウトしたくなる気持ちもわかるだろう?」
鈴心の確認に皓矢は満足そうに頷いていた。
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