3-11 健気

 四人がゆっくり走って十分もすると小さな公園についた。象を形どった遊具の中にあいあおいは身を寄せ合って座り込んでいた。

 

「……」

 

「お姉ちゃん、だいじょうぶ?」

 

 涙目でうずくまる藍に、葵はその頭を撫でて気遣った。藍は目元を手で拭きながら強がっている。

 

「うん。ごめんね、あたしがしっかりしないといけないのに」

 

 ふるふると頭を振っている葵に、藍は精一杯の笑顔で答える。

 

「葵、あたしが絶対守ってあげるからね」

 

「うん、お姉ちゃん」

 

 そんな二人の会話に割り込んだのは梢賢しょうけんの首だった。

 

「おお、おったおった。良かったわあ」

 

「!」

 

 遊具を無遠慮に覗き込んだ梢賢はその顔にグーパンチをくらう。

 

「イテ!うーん、藍ちゃん、ナイスパンチやで」

 

「そんなこと一ミリも思ってないくせに!キモいんだよ!!」

 

「ガーン!」

 

 少し遅れたはるか達がそこに近づくと、梢賢がよろめいていた。

 

「どしたの、梢賢くん?」

 

「うう……心が、心に穴があいてん……」

 

 わざとらしい演技の真似を放っておいて、鈴心すずねがしゃがんで藍と葵に声をかけた。

 

「あんな親で災難ですね。少しお話ししません?」

 

「あんた達、お母さんの手下じゃないの?」

 

 藍が葵を守りながら言うと、鈴心はにっこり笑って答える。

 

「まさか。油断させて情報を聞こうとしていただけです。こちらの周防すおうはるか様はきっと貴女の力になってくれますよ」

 

 突然紹介されたので咄嗟にうまい言葉が出ず、永は少し屈んで挨拶した。

 

「はは、どうもー」

 

「……笑顔が胡散臭い」

 

「ガーン!」

 

 今度は永がオーバーリアクションをする番になり、蕾生らいおがつっこんだ。

 

「どうした永?」

 

「うう……純真な子どもに言われると堪える……」

 

「うふふ、お兄ちゃん達面白い」

 

 梢賢と永のコミカルな動きが功を奏して、葵はクスクス笑っていた。その反応に藍が態度を軟化させて答えた。

 

「まあ、少しなら話してもいいけど」

 

「良かった。じゃあ、ベンチに移動しましょう。木陰があります。ライ、何かジュース買ってきてください」

 

「おう」

 

 言われた蕾生はすぐ近くの自動販売機に駆けていった。その間に鈴心は二人をベンチに誘導する。一緒に腰掛け、梢賢と永はその脇で立つことにした。

 

 間もなく蕾生が両手にジュースを持って帰ってきた。

 

「コーラとオレンジジュース、どっちがいい」

 

「葵は炭酸飲めないから、あたしがコーラ飲む」

 

「ん」

 

 二人にジュースを渡すとすぐに蓋を開けてゴクゴクと飲み始める。真夏の炎天下を走ってきたのだから当然のことだが、葵は殊更感動するように飲んでいた。

 

「お、おいひい……」

 

「なんだよ、大袈裟だな」

 

「大袈裟じゃない。うちにこんな甘い飲み物ない。こんなに冷たいのも」

 

 藍の言葉に改めて永はすみれの異常性を感じている。二人が落ち着くのを待って、鈴心が話しかけた。

 

「藍ちゃん、お母さんがああなってしまったのはいつからですか?」

 

「そんなのわかんない。お母さんはずっとああだから」

 

「相当だな」

 

 蕾生の吐き捨てた感想を鈴心はひと睨みで制して、また藍に向き直る。

 

「それでは、今日みたいにうっとりするような感じになるのは?」

 

「時々。伊藤のおじさんが来た時とか」

 

「この梢賢が来た時は、お母さんはどんな感じですか?」

 

「えっ」

 

 梢賢は肩を震わせて何かを期待している。そんな姿に冷ややかな視線を送った後、藍は淡々と言った。

 

「別に。今日こそしょうけんをかんらくするわって意気込んでる」

 

「──」

 

 放心してしまった梢賢の肩を永が叩いて慰めた。

 

「オツカレ」

 

 だが、心の中は爆笑している。

 

「葵くんはいつからお札を飲んでるんですか?」

 

「え、えっと……」

 

 鈴心が今度は葵に尋ねると、葵はうまく言葉が出ず、代わりに藍がスラスラと説明する。

 

「二年前。そいつがうちに来るようになって、そしたら伊藤のおじさんが新しい修行だよって持ってきた」

 

「二年間、毎日?」

 

「うん」

 

「藍ちゃん、君は飲んでるの?」

 

 永が聞くと、藍は少し俯いて首を振った。

 

「あたしは──飲んでない。お母さんには無視されてるから」

 

 その反応を見て、鈴心は少し躊躇いながら言葉を選びながら尋ねてみた。

 

「あの、違ってたらすみません。今日着ている服、一昨日も着てましたよね?一日あれば洗濯して乾くとは思うんですが……」

 

「お洋服はこれしか持ってない」

 

「──」

 

 藍の回答に、さすがの鈴心も言葉を失っていた。

 

「おい、永……」

 

「うん。これはかなり深刻だ」

 

 重度の育児放棄を連想した蕾生と永を他所に、梢賢が会話に割って入る。

 

「藍ちゃんよ。君の状況はわかった。けんど、今の所君らは菫さんと暮らすしかない。わかるな?」

 

「ちょ、梢賢!」

 

 戸惑う鈴心を制して梢賢は藍に顔を近づけ瞳を見据えて言う。

 

「もうちょっとだけ我慢してくれるか?菫さんはオレ達が必ずなんとかする」

 

「そんなの信じない」

 

「できるだけ早く菫さんが正気に戻るように、オレ達が頑張るから」

 

「……」

 

 疑惑の眼差しを続ける藍に、梢賢も少し力を抜いて本音で接した。

 

「まあ、そら何ともならんかもしれん。そん時は、君らはオレの家に来たらええ」

 

「お母さんは、どうなるの?」

 

 葵が純真な顔で聞くのに梢賢は少し心を痛めた。本当に最悪の場合は言える訳がない。優しい嘘が正しいかなんてわからない。けれど梢賢は今はそうするしかなかった。

 

「そうやな、菫さんも一緒に来たらええよ。優しい普通のお母さんになってな」

 

「お前を父親とは認めないぞ」

 

「ええっ!?やだ!そういう意味じゃないのにっ」

 

 藍に言われた言葉に梢賢は努めてコミカルに照れた。その気持ちが伝わったのか、藍も渋々と頷いた。

 

「まあ、考えてやってもいい」

 

「そうか、あんがと。絶対に助けるからな」

 

 藍と葵の頭に手をおいて笑ってみせる梢賢の姿は健気だった。永達は改めて梢賢の胸の内を思いやる。

 

「よし、じゃあ送ったるから帰ろ。一緒に謝ったる」

 

「あたしは悪いことなんかしてない」

 

「わかったわかった。オレが謝ったるから」

 

 藍と梢賢のやり取りの中、永の携帯電話が軽快な呼び音を立てた。

 

「うん?」

 

「どうした永?」

 

皓矢こうやからメッセージだ。調べがついたから電話して欲しいって」

 

「おう、ちょうどええわ。オレは二人を送って、ルミ御所望のタルト買ってくるわ。その間に電話したらええ」

 

 梢賢は既に藍と葵と手を繋いでいた。

 

「いいの?」

 

「里では出来んやろ。オレもいない方がよさそうやしな」

 

「わかった。じゃあ、後で」

 

「おう、後でな」

 

 そうして梢賢は二人の手を引いて公園から出て行った。








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