2-11 盗難事件
沈黙したままの
「く、くく蔵に、ど──どどど、ドドドド」
「優杞さん、落ち着いて」
明らかに狼狽している優杞と楠俊を見て、永は冷静に言った。
「泥棒、だと思うんですか?」
「当たり前やん!」
代わりに答えた梢賢も瞳孔を開いて焦っている。永はその様子に飲まれないようにして更に聞いた。
「ご両親が僕らに見せないように書物を隠したとは?」
「そんなことする訳ないやろ!それはしっかり家族会議済みや!」
バタバタと大きな手振りで言う梢賢の言葉に嘘はないように思えて、永は溜息を吐いた。
「わかった。じゃあ、泥棒に盗まれたんだね」
「こんなん欲しいヤツいんのか?」
蕾生の当然の疑問を置いておいて、鈴心はもう一つの現実的な可能性を探る。
「蔵に金目のものは入れてないんですよね?」
「ああ、そんなん村の全員が知っとる。うちが村で一番貧乏なんはな!」
悔しそうに語る梢賢に永が手を挙げて聞いた。
「でも、寺って寄進とかあるよね?」
「うちは雇われ住職やねん。寺への寄進は全部
「ふうん……」
永が形式上だが納得していると、蕾生が珍しく鋭いことを言った。
「でも犯人ってなると村人以外には考えられねえよな」
「そ、それは──」
梢賢が言葉に詰まっていると、楠俊と優杞がそれを引き継いだ。
「うちは寺だからね。門戸はいつも開けてあるし、里人なら誰でも出入りできるし、歩き回っても不審には思わない」
「そして外部からの人間はあんた達しか入っていない……」
全員が沈黙したのを破ったのは鈴心だった。
「矛盾してますね」
「うん。村の誰もがここにお金がないことを知ってる。でもここに出入りするのは村人でなければ不可能だ」
「つまり──」
蕾生が永を見て確認するように聞いた。
永は頷いて答える。
「泥棒の目的は蔵にある資料だった。
梢賢はその結論に衝撃を受けていた。
「そんなのあり得ない……」
優杞は否定するけれど、状況が物語る可能性に困惑していた。
「最後に蔵を開けたのはいつだい?」
すると楠俊が冷静に状況整理を試みる。
「ええ?そんなん覚えてへんわあ」
梢賢が投げやりに答えると、優杞の鉄拳が飛んでくる。
「私達とお母さんは蔵に近寄らないし、こそこそ蔵を出入りしてたのはお前とお父さんだけだろ!」
「ええー……いつだったかなあー、うーんと、うーんと」
「思い出さなかったら、どうなるのかな?梢賢?」
にっこりと拳を鳴らす優杞に梢賢は泣きそうになって抗議した。
「いや、もう一発殴られとるんですけど!?」
「優杞さん、どうどう。梢賢くんは三ヶ月ぶりに帰ってきたところでしょ!帰ってきてから蔵に入ったのは見てないよ?」
「それや!さすがナンちゃん!」
援護射撃に喜んだ梢賢は楠俊の後ろに隠れた。そして優杞はそれを聞くなり体の向きを変える。
「──と言うことは、残るはお父さんだね。ちょっと行ってくる!」
そう言いながら優杞は寺の門を飛び出していった。
「どこへ行くんでしょう?」
「会合場所でしょう。盗難の報告もその場でするはずです。そっちは優杞に任せて、僕らは現場を確認しよう」
鈴心の疑問に答えながら楠俊は蔵の方を見やる。
「ナンちゃん!探偵みたいやね!」
「茶化さないの。この場で蔵の蔵書を知ってるのは君だけだよ。確認して」
「せやな、わかった」
梢賢が再び蔵に入ろうとするので、永もそれに続く。
「僕らも入っていい?」
「おう」
そうして改めて四人は蔵に入る。灯りはないが、真夏の日中なので中はそれなりに明るかった。
「ええーっと」
「元々蔵書はどれくらいあったんですか?」
内部をキョロキョロしながら歩く梢賢に鈴心が聞いた。
「蔵書なんて言うほどのもんやないよ。ライオンくんの言った通り、見かけに反して中身は元からスッカスカや。一つにまとめたら段ボール一箱で済むやろうね」
「すると、棚に一冊ずつ、まるで資料館みたいに陳列してた感じかな?」
その話を受けて、蔵内部に設置された多数の棚を見て永が分析する。
「そうやね。婆ちゃんや母ちゃんの目盗んで読むんや。短時間でパッと探せるような置き方をしとった。父ちゃんがな」
「それはとても盗みやすい環境で……」
気持ちはわかるが、ずさんな管理の仕方に永は苦笑した。そして棚を隈なく見て周りながら梢賢が悲嘆に暮れる。
「ああー、うわー!あれもないー!」
「見た感じ、ほとんどやられてねえか?」
近寄って見るまでもなく、入口付近にいる蕾生にすらそれはわかっていた事だった。
「そうだねえ。根こそぎって感じ?」
「あかんわ、昔のやつは全部やられとる。秘伝書も、日記も──」
「秘伝書!?」
梢賢の言葉に鈴心と蕾生が目を光らせた。
「おい、なんだそのワクワクワードは」
「
永が興味を持ったのは別の単語だった。
「日記って言うのは?」
「全員やないけど、何人かの先祖が書いた個人的な日記や。中には鵺のことが書いてあるやつもある。それも全部ない」
「じゃあ、何も残って──」
鈴心ががっくりと肩を落とすと、梢賢は一番隅の棚を指差して言った。そこは一際暗がりだった。
「いや、最近のは残ってる。里に来た時の記録と、
「檀さんの、ですか」
「恨み言ばっか書いてある根暗日記や。まてよ、すると──ああ!ない!クッソォ!」
何かを思いたった梢賢はもう一度暗がりに戻って確認すると殊更に悔しがった。
「何だよ?」
「
「楓サンの?」
永はドキリとして梢賢の方を見た。
「死ぬまでの七年間でつけとったもんや。あれこそ──」
梢賢は歯噛みして立ち尽くす。
「楓が何か残してくれていたかもしれない……」
「くそっ!」
鈴心も永も憤りを隠せなくなった。蕾生にも残念な気持ちはあるものの、二人のような感情をまだ共有することができない。別の悔しさを感じて一歩後ずさると、足に何かが触れた。
「うん?なんか落ちてる」
拾い上げたそれは、とても古い書物のようだった。
「ああっ!それ!」
それを見た梢賢が歓喜の声を上げる。
蕾生は表紙のタイトルが平仮名だったので読むことができた。
「うつろがたり……?」
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