2-10 蔵の中

 雨都うと家で話がまとまると、梢賢の父と母は会合があると言って忙しなく出ていった。

 残されたはるか達は途方に暮れかけたが、優杞ゆうこが昼時なので素麺を振る舞ってくれた。後は勝手にやってもよいということなのだろう。

 

「ご馳走様でした」

 

「お粗末さまでした。すみませんねえ、母も父もバタバタと忙しくて」

 

「いえ、そんなことは」

 

 恐縮してばかりの永の肩を乱暴に叩いて梢賢しょうけんが笑った。

 

「ええやん。父ちゃんも母ちゃんもいない方がのびのびやれるわあ」

 

 だがそんな弟を姉が視線で刺す。

「……」

 

「ピッ!」

 

 それで梢賢は黙ってしまったが、鈴心すずねがそれとなく優杞に聞いてみた。

 

麓紫村ろくしむらは今お忙しいんですか?」

 

「そうね……ちょっと村興し?みたいな動きがあって。上の人達は毎日のように集まってるわ」

 

「村興しですか?」

 

 意外な答えに鈴心が目を丸くしていると、永も驚きながら口を挟む。

 

「隠れて住んでる村なんですよね?そんなことして大丈夫なんですか?」

 

「どうなのかな……?ただ、もうそんな古いこと考えなくてもいいんじゃないか、みたいな動きがね……私もよくわからないんだけど」

 

 優杞は明らかにはぐらかそうとしていた。そんな姉の様子を無視して梢賢は少し憎たらしげに付け足す。

 

「里の長老どもが額突き合わせて悪巧みしとるんや。俺らみたいな若い世代はそっちのけでな」

 

「お前は村興しに反対なのか?」

 

 蕾生らいおが聞けば、梢賢はどうでもいい事のように投げやりな態度で答えた。

 

「せやなあ。けんど、里に限界が来てるのは確かや」

 

「限界……」

 永は何かを考えながらその言葉を反芻していた。

 

「まあ、ええやん!俺らの重要事項はぬえの方や。蔵にいこか?」

 

「うん……」

 

「まあ、こちらの事情は私達がとやかく言えることではありませんね」

 

 鈴心が割り切って言うと、蕾生は早々に立ち上がった。

 

「だな。よし、行こうぜ」

 

「おっ、ライオンくん、威勢がええな」

 

「まあな。俺は二人に比べて知識が全然ないからな。早くいろいろ知りたい」

 

「いいねえ!勤勉な若者は眩しいっ」

 

 上機嫌になって立ち上がった梢賢に、優杞は古い鍵を手渡した。

 

「はい、梢賢。蔵の鍵」

 

「サンキュー。じゃあ、行くで!」

 

 元気良く先導する梢賢に、蕾生と鈴心も続く。永は少し遅れてまだ何かを考えながらついて行った。


 

 母屋を出ると梢賢は裏口に周る。日陰の多い場所に大きな蔵が建っていた。

 

「立派なものですね」

 

 鈴心が関心して言うが、梢賢は少し悔しそうにしていた。

 

「まあなあ。これで小判でも入っとったらよかったのに、中が紙切ればっかりっちゅー……」

 

 愚痴をこぼしながら梢賢は蔵の扉を開ける。重い金属音とともに入口が開かれた。その中は閑散としていた。

 

「んん?」

 

「なんだ。蔵の見かけよりも入ってねえな」

 

 蕾生の感想通り、蔵の中には棚が置いてあるが、そこには何も置かれていなかった。床に数枚の紙切れが散らばっているだけだ。

 

「……」

 鈴心は即座に顔を強張らせ、蔵の入口辺りを注視している。

 

「ちょっと失礼」

 

 異変を感じた永は梢賢に続いて蔵の中に入る。棚をよく見て、埃が四角い跡を作っているのを指差した。

 

「この辺、何かが置いてあったようだけど──」

 

「えらいこっちゃ……」

 

 梢賢の顔は真っ青だった。

 蕾生もそれでようやく異変を感じとる。

 

「どうした?」

 

「うちの文献がほとんど無くなっとる!」

 

 その言葉に鈴心は驚愕し、永は深刻な顔で空になった棚を見つめていた。

 

「ええ?」

 

 蕾生が訳もわからず声を上げると、梢賢は慌てて三人に言い含める。

 

「ちょ、ちょっと待っててな。君らはここを動かんといて!姉ちゃーん!ナンちゃーん!!」

 

 言い終わらない内に梢賢は母屋に走って行った。

 残された蕾生は永に聞いた。

 

「どういうことだ、永?」

 

「……蔵にあったはずの文献が無くなってるってことだろうね」

 

「梢賢の両親が隠したんでしょうか?」

 

 当初永達に否定的だったのを鑑みて鈴心が言うと、永は首を振った。

 

「いや……蔵を解放するって言ってくれてたから、それは考えにくい」

 

「じゃあ、盗まれたとかか?」

 

「誰が?何のために?」

 

 物が無くなれば盗られたと蕾生が思ったのは当然だが、蔵にあったものは他人にとっては価値がないに等しい物だ。永の疑問に蕾生も続ける言葉が出なかった。








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