2-12 鵺の亡霊
「うわあ、これが残っとったのは正に
「床に落ちてたぞ」
「だから運良く免れたのかもね」
「で、これはなんだ?」
蕾生と
「そいつはうちの最古の文献や。初代が
「鵺の亡霊だって?」
突然、永の視線が鋭くなった。
「おう。もしかして覚えてんのんか?」
「当然だ。長い転生の中であっても絶対に忘れない──忘れてはならない出来事だよ」
「へええ。オレはその本でしか知らんけど、当時におった人から生の声が聞けるんか!ヤバッ、興奮するッ!」
はしゃぎ続ける梢賢に気をとられていると、後方でガタ、と棚を揺らす音がした。見ると
「リン?」
「あ……すみません」
その声は弱々しかった。蕾生が近寄ると、息も上がっていた。
「大丈夫か?顔色が悪いぞ」
「あ、ちょっと暑くて……」
いくら日陰の多い場所でも今は真夏の正午過ぎ。日照がちょうど厳しくなっている時間だ。梢賢は慌てて蔵を出ようとした。
「あかん、熱中症かもしれん。家に戻ろか」
「これ、持ち出してもいい?」
件の書物を片手に永が聞くと、梢賢は大きく頷いた。
「当然や。涼しい部屋でいっちょ鵺談義と洒落込もうや」
「盗難事件の方はどうするんだ?」
蕾生が聞くと、梢賢は少し白けた雰囲気で言う。
「ああ……どうせ警察には言えないんや。里の大人達が考えるやろ。オレ達が何かできるとしたら大人の話が済んでからや」
「そんなんでいいのか?」
「ライくん、ここは特殊な場所なんだよ。仕方ない。それよりも早くリンを休ませたい」
蕾生は消化不良な気分だったが、永は鈴心を心配して少し焦っていた。それで蕾生も従うことにする。
「そうだな。鈴心、平気か?おぶってやろうか」
「……おんぶよりもお姫様抱っこがいいです」
「ああん!?」
「冗談です。大丈夫、家までなら歩けます」
せっかく心配してやったのにふざける元気はあったのか。蕾生は先にスタスタ歩く鈴心に文句を投げた。
「クソガキがっ!」
怒りながら後に続いて蔵を出た蕾生の後ろで、永はまた何かを考えていた。目は鈴心の背中を追っている。
また、梢賢もそんな永の様子を注視していた。
「どうだった?」
蔵の外にいた
「あかんわ。二代目の手記と、最近の記録以外はごっそりや」
「そうか……。犯人が戻って見にくるかもと思って蔵の周りを見張ってたんだけど、誰もこなかったよ」
「ナンちゃん、マジか!気がきくどころやあれへんね!ほんまに名探偵みたいや」
梢賢が褒めそやすと楠俊は苦笑しながら、先を歩く鈴心と蕾生を指して言う。
「いいから、君達は部屋に戻っていなさい。もうすぐ人が色々来るだろうから」
「はーい。子どもらは大人しく留守番してますぅ」
そうして梢賢は先に母屋に向かう永達を追いかけた。
三人は梢賢の部屋に案内された。
畳の上にネオンカラーのカーペットが敷かれ、ガラス張りテーブルが置かれている。
アルミ製のゴミ箱やマガジンラックなど、かなり昔のヤンキーが使っていたような物ばかりが雑然と置いてあった。
パイプベッドにはあろうことか直接布団が敷いてある。
「鈴心ちゃん、大丈夫か?なんならオレのベッドに寝っ転がってもええで」
クーラーをつけてから梢賢は鈴心を気遣った。だが、返ってきたのは辛辣な言葉だった。
「臭そうなので嫌です」
「──!!」
まるで雷に打たれたように、梢賢は固まった。蕾生も気持ちはわかるが言うことではないと思った。
「そんだけ悪態つければ平気だろ」
「しかたないので座らせてもらいます」
鈴心は深く溜息をついてベッドに腰掛けた。
「ま、まあええ、麦茶でも持ってきたるわ。適当に座っててや!」
ショックから立ち直れない梢賢は一旦部屋を出て行った。永はカーペットの上に直接腰を下ろす。
「リン、本当に大丈夫か?」
「はい。家の中に入ったらだいぶ良くなりました」
「そう、良かった」
しかし、鈴心はその後黙ってしまった。そんな様子を具合が悪いだけと捉えた蕾生は部屋の壁を見回しながら永の隣に座った。
「しかし、なんだこの部屋?」
「んー、古き良き時代の青春って感じだねえ」
永も懐かしそうに部屋を眺めていた。まるでその時代を経験したかのように。
「なんで壁に布張ってんだ?」
「あれはペナントって言ってね、昔のお土産の定番だよ」
「へえー……」
初めて見るものに蕾生が目を丸くしていると、梢賢がトレイに麦茶を乗せて戻ってきた。
「おまっとうさん!どうした坊達!さてはオレの部屋のおシャンティさに腰抜かしよったな?」
「ちょっと何言ってるかわかんねえ」
今度は蕾生からの辛辣な反応に、また梢賢は固まった。
「はいはい、麦茶ありがとう。──はい、リン、飲みな」
そんな梢賢からトレイをひったくって、永はまず鈴心に麦茶を差し出した。
「ありがとうございます」
受け取った鈴心は静かに、けれど勢いよく麦茶を飲んでいる。
「まあええわ、オレはお兄さんやからな。広い心で受け止めたるわ」
引き攣った顔のまま、梢賢もようやく腰を下ろした。
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