2-2 里の人々

 麓紫村ろくしむら。同じく鳴藤なるふじ地区の奥。

 雨都うと家の面々は村一番の有力者・藤生ふじき康乃やすのの元を訪れた。

 

「──来たか、雨都の」

 

 大広間に通された一同を迎えたのは藤生家の分家で忠臣の眞瀬木ませき墨砥ぼくとだった。

 

「は。この度は愚息がとんでもないことをしでかしまして……」

 

 情けなく橙子とうこに引っ張られていた柊達しゅうたつはその様相をがらりと変えて、恭しく土下座をする。まだ年若い柊達は年齢的にも地位的にも墨砥の足元にも及ばない。

 

「お義父さん、すみません……」

 

 先に来ていた婿の雨都うと楠俊なんしゅんは肩を落として正座していた。

 

「いいんだ、どうせ優杞ゆうこが主導したんだろう。すまないね、娘が迷惑をかけて」

 

「あなた、ごめんなさい……」

 

 シュンとしている妻に向かって楠俊は優しく微笑んだ。

 

「いいよ、僕もそうしたいと思ったんだから」

 

「ナンちゃん──」

 

 しかし次の瞬間、楠俊はギョッとして驚いた。ロープでぐるぐる巻きの梢賢しょうけんに気づいたからだ。

 

「しょ、梢賢くん!?どうしたんだい?」

 

「この鬼嫁になんとか言ってくれよお」

 

 情けない声を出す梢賢に、優杞はまたロープに力を込めて縛り上げた。

 

「黙れ」

「ぐえええっ」

 

 眞瀬木墨砥はその様子を溜息混じりに眺めた後、優杞に向けて命令した。

 

「相変わらず愉快なご家族だ。優杞よ、梢賢の戒めを解きなさい」

 

「はい」

 

 優杞は短く返事をするとすぐに梢賢を縛る白い糸の束を消して見せた。やっと体が自由にはなったが、梢賢は息が上がったままだった。

 

「二人とも前に。楠俊の隣に座りなさい」

 

 大広間は上段と下段に分かれており、楠俊は下段手前に正座している。墨砥に促され、優杞と梢賢もその隣に正座した。少し離れた後方に柊達と橙子が座る。全員の位置が整った所で、墨砥は朗々と言い上げた。

 

「──よろしい。では御前のおなりである」

 

 その場の全員が緊張の中頭を下げてその人物を待つ。

 墨砥が襖を開けると落ち着いた藍色の着物を着た年配の女性が入って来た。藤生家当主の康乃である。

 康乃は大広間上段に上がり、座布団の上に座って一同を見た。

 

「こんばんは、皆、ご苦労様」

 

 土下座して康乃を迎えた一同は、体を起こしたもののまだ顔は伏せていた。康乃が座る上段のすぐ下で跪いた墨砥が話を切り出した。

 

「御前、以前に梢賢が連れてくると申していた部外者三人なんですが」

 

「そんな話だったわね、いらしたの?」

 

「いえ、それが、のっぴきならない事情ができたため差し止めております」

 

「まあ、穏やかじゃないわね。どうしたの?」

 

 康乃の口調は優しく、のんびりとしている。雨都の者達は彼女が感情を露わにするところを見たことがない。だからこそ康乃には畏敬の念を抱いていた。

 

「それが、その部外者、そこの雨都うと梢賢しょうけんの友人という話でしたが、正体が鵺人ぬえびとだという報告がありまして」

 

「──まあ」

 

 少し驚いてみせた康乃の反応に、柊達は過敏になり大声で土下座する。

 

「申し訳ございません!私共の監督不行届きでございます!」

 

 突然のことに康乃が驚いていると、墨砥は柊達を軽く睨んで言った。

 

「雨都の、勝手に話されては困ります」

 

「──ははっ」

 

 叱られた柊達は慌てて頭を下げたまま退がった。

 部屋の空気が凍りついたようだった。その雰囲気のままに墨砥は報告を続ける。

 

「鵺人は雨都にとっては禁忌の存在。そして我ら眞瀬木にしましても浅からぬ因縁がございます」

 

「そうねえ……」

 

「奴らに資実姫たちみひめ様の治める聖なる地を踏ませるなどもっての外。直ちに遠ざけ──」

 

 淡々と言う墨砥に梢賢がその言葉を遮って反論した。

 

「ちょっと待ってよ!奴らだなんて言い方、あの子達はそんな危険な存在じゃ──」

 

「……」

 墨砥は先程よりも鋭い視線を投げて梢賢を黙らせた。

 

「──ッ!」

 

「よって直ちに遠ざけ──」

 

 しかし、その墨砥の言葉を遮って康乃がよく通る声で語りかけた。

 

「梢賢ちゃん」

 

「は、はい」

 

「貴方から見て、そのお友達はどんな感じなの?」

 

 にっこりと笑って促す康乃の様子は高貴そのもので、その雰囲気に呑まれないようにするだけで精一杯だ。

 しかしここで毅然と彼らの弁護をしないと今後の望みは叶わないことを知っている梢賢は、姿勢を正して自らの知識を総動員した言語で語った。

 

「はい。見た目は三人とも素朴な高校生です。周防すおうはるかは聡明で一を聞いて十を知る御仁。ただ蕾生らいおは周防永に付き従い彼のためならどんな危険も厭わない勇敢な人物。御堂みどう鈴心すずねもまた周防永に忠誠を誓い影となって彼を支える奥ゆかしい人物です」

 

 言い切った、と梢賢は自画自賛しかけたが、それを聞いた康乃は笑顔のまま眉を顰めて首を捻っていた。

 

「んー……そういうんじゃなくて、その三人のこと、梢賢ちゃんは好き?」

 

「えっ!?っと、そうですね……まだ会って日も浅いのでなんとも、でも好きになれる──いえ、好きになりたいと思っています」

 

 唐突に聞かれて、梢賢は今日一日行動を共にした三人を思い出す。

 雨都の人間だから親切にしてくれるだろうと最初はたかを括っていた。だが、永は梢賢の境遇を理解しようとし、蕾生は梢賢の本質を見極めようとしていた。鈴心も言葉尻は厳しいものの、梢賢の悩みを真剣に聞いてくれた。

 

 あの三人は、雨都ではなく、梢賢を見てくれたように思う。それは、結構嬉しいことだと改めて梢賢は思った。

 そんな梢賢の気持ちが言葉に表れていたのか、康乃は満足そうに笑って言った。

 

「わかりました。許します」








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