2-3 招かれざる者
「え!」
あっさりと二つ返事で頷いた
「なりません!五十年前の悲劇を、当時子どもとは言え御前なら覚えていらっしゃるでしょう!?」
「もちろん。この場で唯一覚えている私が許すのですよ?尊重してくださらない?
「御前!」
まるで子どもをいなすように余裕の笑みで言う康乃に、墨砥はつい顔を赤らめて興奮した。
荒れかけた場に、不意に若い男の声が響く。
「お父さん、康乃様がそうおっしゃるのだからよろしいではないですか」
「あ──」
ゆっくりと畳を踏み締めて入ってくる人物を
「
格式を重んじる墨砥は重要な会談の場に横槍が入ることを何より嫌う。それがたとえ実の息子でも。
「勝手にではないですよ、康乃様に呼ばれたんです。ねえ?」
「御前に馴れ馴れしいぞ、珪!」
「まあまあ、墨ちゃんもそんなに怒らないで」
「御前!!」
真っ赤になって怒鳴っている墨砥に、康乃は笑顔で隠していた瞳を少し開いて真顔で言い放つ。
「今回の人物が鵺人だと言うことは珪ちゃんからの報告だって聞いてるんだけど?」
「それは──」
「だったら直接珪ちゃんから聞きたいと思わない?」
康乃の真顔は瞬時に笑顔に戻っていた。だがその笑みは有無を言わさない圧力があった。それで墨砥は頭を冷やし、跪く。
「し、失礼しました……」
梢賢はそのやり取りを聞いて、やはり珪の登場が素直に喜ぶべきものではないことを思い知った。
「珪兄ちゃんが……?」
梢賢が困惑の眼差しを向けると、珪は薄く笑いながら言う。
「ごめんね、梢賢。でも勉強嫌いの君が大学に行くなんてちょっと意外でね。しかもわざわざあんな遠くの大学だなんて」
「──」
「
珪が披露して見せた情報に墨砥はまた当惑して声を上げる。
「し、銀騎だと!?」
梢賢は冷や汗が出る思いだった。確かに珪は梢賢を探ることができる充分な手段を持っている。しかもそれを気づかせずに行ったのだから空恐ろしい。この幼馴染はどこまで知っているのか、下手なことは言えなかった。
梢賢が慎重さを見せて黙っているので、珪は得意気になって続けた。
「私の調べでは、件の三人は既に銀騎と一戦交えたようです。顛末は梢賢なら聞いてるんだろう?」
「……」
ここで言うべきなのか、それが今後を大きく左右することは梢賢にもわかっていた。
「梢賢!言いなさい!」
「私も聞きたいわ」
出来れば言わずに済ませたかったが、墨砥の剣幕と康乃が興味を示したので梢賢は言うしかなくなった。
「はい……。銀騎研究所において
その報告は母と姉に多大な衝撃を与えていた。
「な……」
「そんなことがあり得るの……?」
その反応を横目に、梢賢は康乃に向き直って言う。
「なお、現在は銀騎の次期当主と和解し、協力関係にあるそうです」
梢賢の報告は、その場の誰もがあり得ないこととして認識していたものだった。墨砥に至っては開いた口が塞がらない程の衝撃だ。
だが、珪はにっこり笑って少し演技めいた素振りで康乃に言う。
「──素晴らしい。康乃様、彼らと銀騎が敵対していないなら当面は雨都に危害は及ばないのではないでしょうか。そもそも彼らと銀騎のいざこざに巻き込まれて楓嬢も、それより前の雨都の先祖達も命を落としたのですから」
何かにつけて「楓嬢」と言う珪の態度に、
そんな微妙な空気を当然察した康乃は毅然とした態度で梢賢に問う。
「わかりました。一つ確認を。梢賢ちゃん、彼らを里に招く目的は何かしら」
「それはもちろん、うちに残ってる鵺に関する情報を彼らに開示し、その呪いを解く手伝いがしたいんです!」
雨辺の問題はここで口が裂けても殺されても言う訳にはいかない。建前ではあったが、それも嘘ではなかった。
「梢賢……」
きっぱりと言ってのけた梢賢に、母の
「やはり貴方は楓姉様が遺した希望の子ね。いいでしょう、
「あ、ありがとうございます!」
梢賢が弾んだ声を出すと、それに釘を刺すように康乃は低い声で付け足した。
「ただし、眞瀬木と銀騎の関係は絶対に彼らに漏らしてはなりません。鵺とのことも同様です」
「は、はい……」
「もしこれを破ったら、柊達、わかってるわね?」
康乃のにこやかな脅しは息子を通り越して父に注がれた。それは梢賢にとっては効果覿面だ。
「御意!!」
父が凄い勢いで土下座をするのに倣って、梢賢もその場で頭を下げた。
「墨砥もこの辺で手を打ってくれないかしら?」
その様子を見て康乃は墨砥にも尋ねる。すでに決定は下された。墨砥にそれを覆すことできない。
「──元より御前の為さることに異論はございませぬ」
冷静な態度に戻った墨砥はただ康乃の意向に従うだけだった。
「よろしい。では解散」
康乃はそう言うと立ち上がり、そのまま大広間を退出した。
張り詰めた空気が少し緩んだ気がする。
梢賢は一息吐いて足を崩した。
「はー、助かったぁ」
「梢賢……」
橙子は厳しい顔で息子を見つめていた。
「母ちゃん」
「やっぱり貴方に
目を伏せながら言う母はいつもより弱々しく見える。雨都のこれまでの運命を考えればその気持ちは痛いほどに伝わっていた。
「ごめん、母ちゃん。でもオレは知りたいんだ、楓婆が命をかけた理由を。彼らにその価値があったのかを──」
「そう……」
橙子は梢賢を肯定も否定もしなかった。ただ、雨都に生まれた息子の宿命を思って母は不安に苛まれていた。
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