第6話

交通事故未遂があった日の夕方、ベッドの上で手に持っていた一雄の本を置いて、良子は悩んだ。

(ひょっとして、この本を持っていることが、いけないのかしら)

と、良子は一雄の本をまた手に取って、しばらく考えてから

(けど、この本のお陰で、用心したから二度も助かったんだわ)

と、良子は思い直した。そして一雄にラインで

「一雄さん、悩んでるんですけど」

すると、すぐに返事が。

「そうだよね。誘拐に交通事故って、二度も事件が良子ちゃんにのし掛かってくるなんて。僕も考えてみよう」

「よろしくお願いします」


一雄に相談して、元気を取り戻した良子だが

(もし啓子が、死ぬようなことになったら、私はいったいどうすればいいの)

良子は、ベッドの上で一雄の本を手に持ったまま

(この本を読まずに、燃やしてしまったら。そうすればもう災難に遇わずに済むかも?いえ、この本を読んだからこそ、災難を防げたんでは?)

良子は、頭を激しく振り、両手で髪の毛をかきむしりながら考えたあげく、

「そうだ、小太郎に聞こう」

良子は

「元はと言えば、小太郎が公園で、一雄さんの足を噛んだことから、事件が始まったんだから」

玄関に出た良子に、小太郎はすぐに犬小屋から飛び出してきて、良子を見上げながら尻尾を激しく振っている。良子は、屈み込んで小太郎の頭と首を撫でながら

「ねぇ小太郎、教えて。私はどうしたらいいの」

と、小太郎に一雄の本を見せて

「この本を、どうしたらいい?」

すると小太郎は、一雄の本の匂いをしばらく嗅いだ後、良子に向かって、ワンと吠えた。

「そうだよね。結局、一雄さんに相談するのが、いちばんなんだよね」

そう思いながら、良子が小太郎の頭を撫でてから、部屋に戻って、一雄にラインを送ろうとスマホを持つと、先に一雄からラインが

「僕の本を読み直してみたけど、最後はハッピーエンドになってたから、大丈夫だよ。きっと」

良子は一雄のラインを見て

(何か、頼りないなぁ。ハッキリ大丈夫だよって言ってくれる方がいいのに)

と、少々不満だ。そこで良子はラインで

「一雄さん、この小説の根拠となるものは、いったい何だったんですか」

「おばあちゃんだよ」

一雄の小説のネタとなったものは、実は一雄が幼い頃に

話し聞かせてくれた、祖母のお話しだった。幼い頃のこの話しは、一雄にとって、とても怖く忘れられない話しだったのだろう。けれど良子は、一雄からラインが届くことが、嬉しくてしようがない。それに一雄のラインにあった

(最後はハッピーエンドになってたから、大丈夫だよ)

との、くだりに興味が。


一雄の、ハッピーエンドという言葉に誘惑されて、良子は一旦は読むのを止めていた一雄の小説を、やっぱり読み直すことに。

(ひょっとしたら、小説の中で、次郎と啓子が結ばれて、ハッピーエンドになるのかしら。ということは、もしかして私と一雄さんが、結ばれるのかも)

そういう、あらぬ期待を持って、良子が小説を読んでいると、小説の中の啓子がまた、災難に合うくだりが、書かれてある。

(今度は泥棒?)

そう、啓子の家に泥棒が入るくだりが。早速、良子は母親の瑠美に

「お母さん、うちに泥棒が入るかも?」

「えっ」

と、恐怖に青ざめた顔を一瞬した瑠美だが

「けど、うちに取られる物なんて、何もないわよ」

「泥棒は、絶対にうちに来るの。それにお金がないといって、命を取られたらどうするのよ」

「えー。けど良子、いつから予知能力が身に付いたのよ。誘拐といい、このあいだの交通事故といい」

「そんな事言ってる場合じゃないでしょ。ほんとうに泥棒が来るのよ」

「それならとりあえず、玄関の中に小太郎を入れようか。それと、お父さんにすぐに家に帰ってもらわなくっちゃ」

「了解」

と、瑠美はすぐに父親に電話を。

「お父さん、早く帰って来て。今日、泥棒がうちに来るって」

「お母さん。何を、言ってるんだい。サンタクロースがうちに来るみたいなこと言って。しかも、何でそんな事、わかるんだい」

「だって良子が」

小太郎は、瑠美が電話しているのを、尻尾を振りながら見上げでいる。

「良子が言ったのか」

「はい」

「じゃあ、すぐ帰る」

「お願い」

瑠美は、良子に向かって

「お父さんは、すぐ帰るって」

良子は

「お父さんが、帰ってくるまでに考えられることは」

と。

まるで良子は探偵気分で

「小太郎を、玄関に入れたっと。あれっ、小太郎の鎖を外しとかないと」

瑠美は

「小太郎をうちに上げると、部屋が汚れるじゃない」

「けど、小太郎が玄関に鎖に繋がれたままじゃ、行動範囲が狭くって、泥棒に噛みつくこと出来ないじゃない。泥棒は、玄関から入ってこないのよ」

「それもそうか」

良子は

「こんな時に、部屋が汚れるとか、言ってる場合じゃないでしょ。お母さんは、呑気なんだから」

瑠美は、屈んで

「ねぇ、小太郎。良子に怒られちゃった」

と舌を出して、小太郎を見ると、小太郎は、家の中に入れてもらったのが嬉しいのか、盛んに尻尾を振って、良子と瑠美を交互に見上げている。







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