第5話
良子は一雄の本を、誘拐未遂があってからお守りのように、持ち歩くようになつた。
常にカバンの中に入れて。学校にも通学で持って行くようになり、クラブも誘拐未遂があってから、顧問の田辺にお願いして、他の部員よりも早めに帰宅させてもらうようにした。そんな良子を、いつも気にしている同級生が。
末次守、良子とは小学校からの同級生だ。小、中、高校と学校が同じで、偶然とはいえ、クラスもずっと一緒で、
しかも部活も同じ剣道部なので、良子が独りで、早く帰宅するのが、気になって仕方がない。守は
(良子は、何で俺に相談してくれんのや。以前はよく一緒に遊んだし、高校で剣道部に入部する時も、一緒に話し合ったのに、良子はこの頃、僕に愛想がない。絶対におかしい)
と、思っている。
幸い誘拐犯人は、良子が車のナンバープレートを覚えていたから、すぐに逮捕された。その誘拐理由は、ただ良子が可愛いと思ったからだとか。
守は、良子が日に日に美しくなり、そして自分から遠くなってしまって行くことを、感じている。廊下ですれ違った時に、守は良子に
「最近、俺に全然話してこんやんけ」
と言っても良子は、守のことより一雄のことが気になって。一雄と守を比べると、守が子供に見えてしまって。そして良子は、今日もまた、自分のベッドの上で恐る恐る一雄の小説のページをめくると、啓子が交通事故に合うシーンに。
「えっ」
「一難去って、また一難」
だ。
良子は、何度も考えた。小説から考えると、誘拐にあったと言うことは、交通事故は絶対にあると。そう小説が暗示しているのだ。一雄は単なる偶然だと言うが、では交通事故とは?
(今度は、どうすればいいの)
やっぱり相談出来るのは、一雄しかいない。そこでラインをすると
「小説で俺が書いたのは、啓子が通学のために、駅まで歩いている途中で、暴走車とぶつかった車が、歩いている啓子の前に飛んできて、危うくその車と当たりそうになったと書いてあったから、良子ちゃんは自転車通学をしばらくやめて、電車で通学したら。誘拐未遂も、自転車で通学してたんやから」
一雄の、他人事のようなそのアドバイスを、母親の瑠美に相談すると、先日の誘拐未遂のことがあっただけに、娘のことが心配で
「あんたが、したいことをしたらいいよ。良子しかわからないんだから、誘拐のことも、今度の交通事故のことも。ほんとうに気を付けてね」
と、瑠美は良子を激しく抱き締めた。
「うん、じゃあ、私の思うようにするね」
良子はいつも自転車通学なので、小説と反対に、自転車通学をやめれば。と、明くる日から電車通学に変更した。
(これなら大丈夫だわ)
そして、良子が
「行ってきます」
と言って一歩、玄関を出たところで、小太郎が良子にワンワンと吠えた後、小型犬なのに全力で良子のカバンに噛みついて、家の中の方へと、物凄い力で引っ張るので、
「小太郎、駄目だってば。離しなさいって」
と言いつつも、いつもの小太郎と違って、良子の言うことを全く聞かないで、カバンを噛んで、まだ引っ張っている。
良子は、いつもの小太郎でないなと思いながらもカバンの引っ張り合いをしていると、突然暴走車が良子の家の玄関横をすれすれに走り去った。良子は
「えー」
と。
直後、ドンと物凄い音が。さっきの暴走車が、隣りの家の前の電柱に、ぶつかったのだ。電柱が真っ二つに折れて、その音に近所のひとが出てきて、すぐに110番している。あとで分かったことだが、老人の運転する車で、ブレーキとアクセルを踏み間違えたとのこと。
良子は、小太郎を抱き上げ
「小太郎、ありがとう」
と、ギュッと抱き締めて頬ずりしていると、瑠美が出て来て、胸に手を当てて
「良かったー」
と言って、良子の身体を上から下まで撫で廻した後
「良かったわね。けど、遅刻するわよ」
「あっ、いけない。もう大丈夫だから、やっぱり自転車で行くわ」
良子は
(あの暴走車のことで、一雄さんの小説の中の、交通事故の件は、終わったわ)
瑠美は、良子の肩に手を置いて
「気を付けてね」
「うん」
小太郎が、良子を見上げながら、尻尾を振っている。
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