第34話

「かんぱーい!!」


「乾杯。」


 カチンとグラスの鳴る音が響く。


 いつものような飲みの席、11階探索お疲れ様会(23回目)を開催している。


「ぷはー!やっぱり攻略のあとの酒が一番美味いんすよね。」


「それは同感、冷えた体に染みるねまったく。」


 凍えた肉体を芯から温めるにはアルコールが一番いい、つまみの和え物を食べながら酒を流し込んでいく。


「はあ~進歩が無いっすよししょー。いつまで11階行ってるんすか、攻略進まな過ぎなんすよ!」


「仕方ねえから諦めろ、どうやってもあそこは時間がかかる。」


 大雪原、そう呼ぶにふさわしいダンジョンの中層では一気に攻略難度が跳ね上がる。


 階層で言えば銀級にあたるわけだがそもそも銀級の冒険者が少ないために情報の回りも遅い。


 テレポートストーンで一度訪れた場所なら移動できるにしても広大な雪降り積もる地で上の階への階段を探すこと自体が困難だ。


 加えて魔物も強力、雪でできた可愛いゴーレムことスノーフェアリーから始まり全ての敵が白色の保護色となっている。


 今まで以上の警戒行進を強いられるとあれば攻略など亀の歩みの如く緩やかになること請け合いだ。


「はやく12階行きた~い。」


 ぐでっ、と机に突っ伏して愚痴を垂れるのも分からなくもない。


 配信中もあまり変わり映えのしない銀世界を映し続けることが多い上にどうしようもないことだが戦闘も分かりにくい。


 なんせ景色と同化するような色の魔物ばかりなのでニーナはともかく魔物を見辛いのだ。


 その分鮮血が映える世界でもあるわけなのだが。


「でも最近は喋ることも無くなってきたからな、意外に難しいよな配信ってのも。」


「コメントとずっとしゃべってるのもなんか違うっすもんね~。」


 最近の悩みはそこでもある。


 大抵ニーナが警戒に戦闘と攻略に必要なことをほとんどやるので俺がやるのは最低限の警戒と配信管理だ。


 勿論ニーナがメインの配信である以上主役はニーナだし映るのもニーナなのだが…彼女が頑張って戦っている間はいいが警戒中の時間が暇なのだ。


 無論何もしゃべらなくてもいいのだろうが折角配信をしているのならば何か喋っていた方がいいだろうと思ってしまう。


 最近はコメント欄を見ながら適当に返信するように喋っていたがもう限界も近い。


 そもそも俺はエンターテイナーでもないので喋り続けるのに土台無理があったか。


「ま、明日の事は明日考えればいいんすよ!ほら飲んで飲んで。」


「お前は本当に人生が楽しそうだよな。」


 アルコールハラスメントを受けながら酸いも甘いも一気に飲み干した、くだらない事は酒に酔えば全て忘れられるんだ。


 全て全て、忘れてしまえば幸福なんだ。


 ◆◇◆


 月明かりの下煌々と輝く街灯で星の光が埋もれる夜に俺は彼女とであう。


「久しぶり、先生。」


「…ララか、久しぶり。元気にしてたか?」


「元気…元気かな、多分きっと。」


 煮え切らない返事が彼女の表情にもリンクしていた。


 ララと会うのは数か月ぶりか、何なら俺が冒険者稼業を復帰する前に会ったのが最後だったか。


「ねえ、先生。先生は最近楽しい?」


 月光の下、誰もいなくなった路地裏で彼女はまるでお伽噺のように、さながら貧者に施しを与える女神のように、大切に問いかける。


 そういえばララはなんでこんなところにいるのだろうか。


 俺の家の付近に住んではいなかったと思うが。


「…楽しいよ、とても。うん、楽しい。」


「そっか。そうなんだ、先生はなんだね。」


 含みのある口ぶりで微笑む彼女は…とても綺麗で、悍ましい。


「何が違ったんだろうね、先生。」


「さっきから何の話をしてるんだ、ララ。何かあったのか?」


「どこか高を括ってたんだよ、きっと待っててくれるんだろうなって。一心不乱に努力もしたけど…全て無駄だったみたい。」


「なあ、何かあるなら力になるからよ、話してくれねえか?」


「わからないことがあるんだ、先生。」


「なんだ?」




 私とあの子供ガキとの違いは何?




 そう語った彼女の眼はどこかの誰かによく似ていた。


 例えばそう、天真爛漫な殺人者のように。


「…悪かったと思ってるよ、散々誘ってくれたのはよく覚えてる。」


 言葉を選べ、彼女ララを想え、全ての原因は俺にある。


 二度と間違えるなグレイ・ベルスター。


「ニーナとの違いなんてないんだ、ただ…俺の熱が戻ったんだ、戻されたんだよ。諦めない人の輝きを少しだけ分けてもらったんだ。」


「…。」


 返事はない、ただ俺をじっと見据えて何かを見ている。俺の中の何かを。


 散々飲んだ酔いはとうに醒めている。


 気温が数度下がったように俺たちの間を通り抜ける風は冷たい。


「あはは、そっか。そうなんだ、そうなんだよね。先生は私よりもあの娘の方が。」


 狂った瞳に見つめられた時、目を逸らすべきかはたまた見つめ返すべきか。


「私頑張ったんだ、先生を越えればいう事聞いてくれるって、ねえ私頑張ってたのに、それをあの…ああ。なんて馬鹿なんだろう、自分の未熟に、その幼稚さが生んだ結果なんだ。だからだから…」


 もうララは俺に語り掛けてはいない。


 自分の世界、自嘲と自縛に囚われきっているその世界に踏み込むのは危険極まる。


 引き返せないような深みにはまって、俺も道連れになりそうなそんな様相。


「あっはは!金級になったって関係ない!欲しいもの奪われてたんじゃ新人以下だよ!本当にくっだらない!!」


「ララ…。」


 笑っている、冷静と品位を重んじていた彼女からは想像もつかないほどに。


 ただ笑い転げて戻れない。


 どこまでいっても生徒の扱いが最悪なのが俺だった。


 ボタンの掛け違い、足を踏み外したことに気づかない愚か者が俺だった。


 ララを放置することもできずただ彼女が収まるのを待っていた。


「はあ、疲れた。じゃあね、先生。逢おう。きっとすぐに迎えに来るから。」


 欲しいものは自分の力で問答無用に、そんなことに気づくのに何年もかけちゃった。


 そうつぶやいて去っていくのを俺は見送る事しかできなかった。


 姿が消えるまで、罪を噛みしめるように。

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