第33話
ニーナの回復には数日を要した。
寿命以外の死からの生還は常識にもなりつつあるが個人的には慣れるべきではないと思うね。
死と生の境界が曖昧になるのは死の寛容を意味する。
そして気軽に死に始めたら…戻れなくなる。
取り返しがつかなくなる。
だからもうアイツを死なせるわけにはいかない、きっとあの馬鹿の事だから死ぬほどに注目が得られるのではないかなどと最悪な思考に行きついてしまう。
アイツが死ぬのは後にも先にもこれっきりだ。
死から蘇った癖に元気溌溂な彼女は今日も病院で騒がしくしては怒られたようだが。
「今日も叱られたんだって?」
「だって味が薄いんですよココの料理。だからちょーっとぬけだそうかなあって。」
飯がまずいから脱走、常識という物を遠くに忘れ去ったような悪知恵だ。
「ほらよ、ジャンクな味代表だ。」
頼まれていたカップ麺を放り投げる。
それは綺麗に放物線を描き…ニーナの頭に直撃する。
「…ノーコン。」
「避けねえお前が悪い。しかしどうだ、調子は。もう戻ったか?」
「ほとんど戻った感じっすね。あとは実戦で勘取り戻してーってかんじです。」
「そういやあの少年は来たのか?カメラマン志望になったアイツ。」
「…来てたっすけど五月蠅いんで帰ってもらいました。」
ま、あれだけにニーナにご執心な彼があんな配信を観たらそりゃあ駆けつけてくるわな、騒々しいのも想像がつく。
「そういえばあの配信、すっごく再生数伸びてるんすよ!切り抜かれてそっちも凄いことになってるっぽいですし。」
「ほーん、どうでもいいが11階からはどうするんだ?仲間に入れるのか、アイツ。」
11階からは俺も戦うことになる、だったらカメラ問題は解消しねーとな。
「いや、だいじょーぶっす。11階からも私がソロで頑張るんで。」
「…いいのか?流石にきついぞ、11階からは。」
というより俺が何にもしてねえから暇なんだよな、攻略中。
「いっぱい頑張れば大丈夫ってことで。ま、無理ならちゃーんとギブアップするんでそん時はよろしくっす。」
「…ならいいが、あの少年はどうする。」
「私が話をつけとくんで気にしなくっていいっすよ。」
「そうかい。」
残念ながらニーナのお眼鏡には適わず、か。
意外と面白そうだったんだがな、新しい仲間を加えた攻略ってのも。
「でも楽しみだなー!ぜーったい復帰&11階攻略は視聴者集まるっすよ!」
「意外と飽きられて誰も見てくれなかったりしてな。」
「11階行ってる配信者なんて少ないんすからそれだけで需要あるっすよ!それにほとんどソロだし。」
俺が付いてるせいで完全なソロって言えないんだよな、そこが可哀そうな所だ。
「ソロに拘りてえなら別に無理して2人で行くこともねえんだぜ。」
「思ってもないことを言っちゃって、私としか行く気無いくせに。」
折角ならば熱をくれた彼女と共に、そんな俺の思いを見透かされてると思うと妙に気恥ずかしかった。
数日後、一人の男が7階にて惨殺死体となって発見されたらしいニュースがギルドの速報で通知された。
よくある話、そう切って捨てるには残念ながら俺達への関連性は高かった。
結局俺は彼女の暴走を止められなかった。
止める気も、もうなかった。
◆◇◆
「さっむ…何これ。」
11階、その異様な世界が俺と彼女を待ち受けていた。
これだからダンジョンというのはいつになっても未解明部分が解明されないんだ。
10階までの熱帯のようなジャングルめいた風景から一転。
そこは銀世界。
雪の降り積もる大地はシベリアの森の様だ。
こんな場所では軽戦士特有の身軽な…つまりニーナのような露出多めの上下に外套を身に纏っただけのような装備では寒さが顕著なものになる。
「上着着るか?」
「いや…大丈夫っす。多分動いてたらそのうち温まるし変に装備変えて戦うとなんかズレちゃいそうで。」
俺がバッグから防寒用の装備を取り出そうとするが断られる。
因みに俺も大概軽装をしているので寒くてたまらん。
「そんじゃししょー、ほいっと。」
投げられたスマホをキャッチしていつものように配信を起動する。
「ハロー!みんなひっさしぶりー!」
「そんな調子で夕方まで持つのか?」
「いーんすよ!折角の復帰配信なんすから…へっくしゅん。」
テンションよりも体調が悪くなるのが先になりそうだなどと思いながら探索を開始する。
「うー…さーむーいー。」
「はあ…だから嫌いなんだよ11階は。」
昔っからそうだ、セシリアと二人で潜っていた時もこの寒さだけは変わらなかった。
単純に気力と体力の消耗が激しいんだ、暑いのもまあまあ面倒だが寒さは体の動きを鈍くする。
そしてそういうエサを狙うのが…
「っぶない!」
氷の礫が俺たちに向かって飛んでくる。
その狼藉の主はニーナにとっては初見の魔物。
「え!かわいい!」
雪だるまの妖精、というとわかりやすいかもしれない。
全身そのものが雪で構成されたいわゆるゴーレムの魔物なのだが如何せん見た目が可愛らしい。
「なんか倒したくないn…っぶないなあ!」
こちらの思惑など気にせず投石ならぬ投雪を繰り返す魔物。まあ魔物にこっちの空気を読んで行動されても気持ちが悪いが。
「いいかげんムカついてきたから!」
短剣を手に取って肉薄。
一閃で終わり…かと思ったが斬られた部分がみるみる再生していく。
「あー…なるほどね。じゃあコレで。」
外套から武装を持ち替える、何も装飾していないシンプルな武器から炎属性付与された物に。
「ごーめんねっと。」
鮮やかさと優美さ、そういう魅せる戦い方を意識し始めた彼女は戦闘の無駄を省き、最小限で殺しを行うようになった。
職人技のような戦闘は芸術作品と揶揄されてもおかしくない。
これが天才。
初見だろうが身のこなしで負けず、常人離れした運動センスが圧勝を飾る。
俺が強くなるまでにはかなりの時間と苦痛を要したってのに彼女ときたら成長速度が速すぎて階を上げる度に自然に強くなっていく。
俺のように一々鍛錬を積まずとも流れるように攻略できる。
嫉妬も羨望もされるわな。
配信の様子が好調なのも頷ける、これだけの新星を前にダンジョン配信を好き好んでみている奴なら目を逸らすには難しい。
加えて人当たりも良いとくれば文句なしだ。
あとはその異常な偏執さえ気づかれなければ、だが。
「ほら、ししょーいきましょ!」
「あいよ。」
早すぎる速度で俺に迫ってきているニーナ。
そろそろ実力が抜かれるのも近い。
そして異常性を完全に制御できなくなるのも。
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