第32話
最初は冴えない人だなーってそう思ってたんすよね。
指導者からたらい回しにされた私からすればむしろお似合いかなあって感じだったけど。
誰も彼も仲良くなればなるほど私との関りを嫌がるんだ。友達にはなれても親友には、心を許せる人間にはなれないのが私。
どこまで行っても穴埋めのような存在の私。
そんなことだから今回もどーせダメなんだろうなって思ってたんだよね。
ある程度まで付き合ったら、面倒なやつだって見限られるんだって。
でも違ったんだよね、いつまでたっても私を棄てないし、なんなら毎日飲みに付き合ってくれるし。
ちょっとだけ期待しちゃったんだ、もしかしたらって。
だからこそあの時7階で死にかけたのはキツかったなあ、遠のいていくししょーを見て、
あぁやっぱりこうなんだなって。
でも助けてくれた、見捨てなかった、全部私のためだった。
遠くない未来で起こりかねない失態を予想しての荒治療。
その瞬間に気づいちゃったんだ、私の人生の使い道。
私を真正面から見つめて離さない瞳が、
言葉足らずの思いやりの気遣いが、
心から信頼できるような寄り添いが、
そのすべてが愛おしくて堪らない。
何もかもが、私のための行動すべてが美しい財宝よりも大事な宝物。
だってそうじゃん?初めてできた大事な人が自分のためにしてくれることなんてぜーんぶ大事にしたいに決まってるじゃん。
だからこそ、自分以外の物に向いた意識全てに嫉妬しそうになった。
ししょーが昔教えてた奴なんて知らない。
そんな奴らよりも私を大事にしてほしい。
殺意を抑えるのには苦労した。
でもミーシャだけは駄目だった。
ししょーといる私を羨むぐらいならば許してやったのに、あまつさえあの
流石に限界、堪忍袋のなんとやら。
気が付いたらゴミを
一度人を殺すと自分が何か超越したように感じるんだ、実際は人の道を外れただけの外道。
主観と客観のちがいってやつかな。ま、なんでもいいけど。
ししょーにバレないように細工もしたけど…でもししょーは私の事をちゃんと見てたんだよね、結局全てバレちゃった。
でもそれすら嬉しいんだ。
だってそれだけ私の事を考えてくれる。
私の事がどうでもいいならそもそも殺したことにすら気づかなかったかも知れない。
それはつまりししょーが私に夢中だってこと。
例え恐怖でも、畏怖でもなんだっていい。
ししょーの一分一秒そのすべてを私で埋め尽くしてしまいたい。
彼の真っ白なキャンバスにニーナという絵具をぶちまけるんだ。
そうして染まり切ってくれたなら…なんて素敵なんだろう。
空想するだけで身悶えするほどの幸福だってことだけは間違いない。
だから…
地面に落ちたスマホを手に手繰り寄せていく。
風穴の開いたお腹から尋常じゃないほどの熱と痛みが溢れてくるけど関係ない。
そんなことはどうだっていい。
今はただ、ししょーの雄姿を撮らなくっちゃ。
ふふ、素敵。
いつだってししょーはカッコいいけど今は特別。
こんな私のために感情を爆発させてくれる。
怒り狂ってくれる。
その身に降りかかった私の血が一層私の倒錯的な思考を肯定する。
ねえ、すっごく嬉しいよ、ししょー。
私への愛情が伝わるんだ。
最近増えてきた
今生まれたであろう大鷲のようなボス魔物を蹂躙する姿を配信に流せばちょっとは理解してくれるかな。
ししょーが世界で一番素敵な人だって、勿論誰にもあげないけど。
右手が震える、力が上手く入らない。
流石に血が足りないのかな、お腹から大事なもの全てが流れ落ちていってるような気がするし。
でも、この姿だけは撮り続けなくては。
私が死ぬより大事な事、そんな些細な事よりもずっとずっと大事な事。
霞む視界と熱いお腹に割れそうな頭。
それら全てがししょーのために捧げられるなんて、なんて素敵な人生なんだろう。
ししょーが褒められればいいな、話題になればいいな、この世界に記録されればいいな。
最初の夢は私がそうなることだったけど今は違うんだ、ししょーと…二人で有名になるんだ。
私だけじゃなく、彼の人生も巻き込んだはた迷惑な夢をきっとししょーは笑って許してくれるだろうから。
彼の熱は、もう私以外に向いたりしないんだから。
◆◇◆
やわらかな感覚に包まれて目を覚ます。
ふかふかのベッドなんていつぶりだろう。
「起きたか!あぁ、よかった…本当に。」
私が眠ってた病室のベッドの隣で隈だらけの顔で安堵するししょー。
流石にあの傷は死んじゃっただろうから…生き返れたってことなのかな。
結局あの後どうなったのかわからないけど、多分大鷲を倒して街まで連れ帰ってくれたんだろう。
最後まで見たかったけれど、欲張り過ぎかな。
でもあれだけ頑張ったんだし、少しぐらいはご褒美があってもいいよね。
そっと、隣のししょーの背に両手を回す。
大きくて、ごつごつしてて、あたたかい。
ぎゅーっと、折れそうなほど残った力全てで抱き寄せてししょーを全身で感じる。
「わたしどうでした?けっこー頑張ったと思うんすけど。」
「…とても、恰好良かったよ。ニーナ。」
その言葉と共にししょーも私を抱き返してくれる。
私と違う、大事に守るように優しく包む両腕。
本当は私の体がぐちゃぐちゃになるぐらいの力で抱きしめて、壊して欲しいけど…今はコレで充分。
夕焼けの陽ざしが差し込む部屋の中、静寂の中でたった二人。
それ以上の言葉は無くても、ただゆっくりと流れる時間だけで、
ただそれだけで私達の世界は完成していた。
ねえ、わかるでしょ?もう誰も私たちの邪魔をしないで。
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