第31話

「いよいよ、私たちの山場!皆にとっては見せ場!との戦いが幕を開けるっすよ!」


「そういう語りはいつになっても上手くならねえな。」


「いーんです!この絶妙なが私の良さなんすから。」


 上手い事言おうとしてなんだか上手くまとまらない開戦の狼煙ではあるが配信上のコメントはまあまあ盛り上がっている。


 視聴者数は…500人前後ってとこか。


 ニーナのチャンネルも伸びたものだ、500だなんて数で言えば簡単だが実際に500人を集めれば寂れた村々以上の規模になりうるかもしれないほどだ。


 注目、視線、それを奪いながらの戦いはどう転ぶだろうか。


 10階の果て、5階でも見たような大扉がただそこに在る。


 鬱蒼と生い茂ったつたやら何やらが絡みついているそれは自然の猛威を現しているかのようだ。


「それじゃあ御開帳~!」


 これからの激戦にしてはあまりにも明るい声色と共にその先を見る。


 そこには咲き誇ったグロテスク。


「う~わ、生で見るとキモさ爆増っすね。コレに殺されるのは…いやだなあ。」


「なら死なないように頑張れよ。」


 トン、と彼女の背を叩き送り出す。


 正式名称、忌み嫌う呪華。通称はキモ花と呼ばれる巨大を越えたサイズの魔物は見る者に恐怖を刻む。


 頂点に咲く赤に白の斑点が毒々しい花弁はその中央に削り殺すためのような棘状の歯が胎動し、エサを前にゆすり動いては気色の悪い音を立てる。


 食虫植物ならぬ食人植物。


 10階の門番にして、文字通りに冒険者に忌み嫌われるこの呪華は多くの犠牲者を生んでいる。


 その見た目も相まってコイツに捕食された冒険者の動画は年齢制限を掛けなければ見ることなどできはしない。


 配信で全滅しようものなら悪い意味でトレンドになる、それほどまでの


「じゃあみんな、いってきます。」


 鈴の鳴るような声からはトーンを落とした本気の覚悟を感じさせる声。


 返事も待たずに飛び出した彼女は外套から2本短剣を取り出す。


 炎属性付与されたソレで勢いよく部屋中に伸びきった呪華の触手のような蔦を切りつける。


 華の何処から出ているかもわからない理解不能なうめき声を上げながらもダメージは少ない。


 燃えた先の触手が焼け落ちては急成長で再生を繰り返す。


「地道にゆっくりと。それがいみきらーちゃんの鉄則っすよね。」


 この花の攻略法は確立されている。


 前のカマキリならいざ知らず、コイツは長年ボスをやっているだけあって弱点から行動パターンまで全て解析されつくしていると言ってもいいかもしれない。


 部屋中に伸びる蔦を攻撃し、その再生エネルギーを消費させて枯渇したところを葬るのが最も簡単とされる。


 ならば皆はこう思うだろう、コイツは弱いんじゃないか?と。


 答えはすぐにわかる。


 突然その赤い花弁が一気に閉じたかと思うと大きく膨らみそして…開花。


 咲き誇るその姿を祝福するようにが飛び散る。


「ゲッホ!始まったっすね。」


 部屋中にまき散らされるのはあらゆる悪性を煮詰めた有害の極み、それを体現したようなその花粉は人体に悪影響をもたらしていく。


「これは…キッツいな。」


 昨日の段階で毒、麻痺、催眠の異常耐性を能力付与バフ屋で付けてきた上で肉体に染みわたる毒。


 100%のコンデションなど望むべくもない絶望的な身体不調。


 体は重く、足を一歩踏み出すのにも気力を使うような絶不調の中ニーナは体を動かし続ける。


 動かさなくては蔦に取り捕まって…言葉にできない地獄が始まる。


 必死に、四方八方から飛んでくる攻撃を躱し、一心不乱に蔦を切る。


 切って切って、燃やして燃やす。


 脚が悲鳴を上げようが、腕が怨嗟の声を上げようが。


 頭ではなく心で動かす。


 気力を振り絞り続けて、カスになっても絞りだす。


 言葉の通り精神の戦い。


 どれ程対策されていようが人間には耐えられない異常な毒性は10階の覇者として不足なし。


「いつになったら死ぬんすか!」


 泣き言のような、悲鳴が部屋に響き渡る。


 そんな彼女を無機質なカメラが撮り続けていれば、当然配信のコメントもヒートアップしていく。


 もう少しだ、と。負けるな、と。


 お前は何故戦わないのだ、と。


 苦しみ、それでも抗う彼女の姿を前に一歩も動かぬ俺へのヘイトが積みあがる。


 俺に飛び交う誹謗中傷など気にしたことも無かったが、この配信のアーカイブを見直すのであろうニーナが気にするのだろうと、そう思うと柄にもなく心が痛んだ。


 俺の肉体が訴える毒の苦しみよりも、とても痛い。


 ◆◇◆


「はあ…っふぅ…。」


 最初こそ勢いのあった戦闘もだんだんとスローペースになってきた。


 互いに生命力を、体力を使い果たすギリギリのそこで踏みとどまるような戦いは見る者に応援したいと思わせる。


 努力する人間を大抵の人は好きになるし、ましてやが死ぬ気で頑張っている姿など目はおろか心すらも奪いつくしてしまうだろう。


 奇怪な呪華の鳴き声もくぐもって、最早切り落とされ焼け落ちた蔦は再生しない。


 限界、その2文字が表現に相応しい。


「終わりにしよう、お互い。」


 彼女の吐き捨てるような言葉と共に棒のような足を引きずって、一直線に呪華に駆け出してゆく。


 今までの苦しみを籠めるように、敵ながらその健闘を称えるように、


 呪華も残った少ない蔦で彼女を狙う。




 一つ、右に避け。




 二つ、左の頬を掠め。




 三つ、飛びあがって空を切る。




 咲き誇る花弁に残弾は無く、宙を舞う少女には短剣がある。




 ただその違い。




 最期は一振り、花弁ごと切り裂いた一撃が苦しみの終わりを示す。




「これで…おし、まい…。」




 倒れ込んだニーナの顔は今までのどの瞬間より晴れやかだった。


 ◆◇◆


「いやぁ、大変だったあー…もう懲り懲りっすね、コイツは。」


 少しして部屋の中で目を覚ましたニーナは大地に寝っ転がりながら俺の向けるスマホに言葉を紡ぐ。


「よく頑張ったな、対策できるとはいえ初見で倒せるとは…俺が抜かされるのも時間の問題だな。」


「すーぐ抜いちゃうっすから…へへ。」


 強くなり過ぎた果てに彼女は何を望むのだろうか。


 …今まで考えてこなかったが、彼女が俺と同じぐらい或いはそれ以上に強くなった時に俺はニーナを止める手段がなくなる。


 物理的に勝てなくなった時、俺は彼女の暴走を止められるのか?


 そもそも俺はニーナに殺されな…







 危ないっ!!





 ニーナは寝っ転がったまま見下ろすような体制の俺を蹴っ飛ばす。


 あまりに突然の出来事に呆気にとられる暇もなく、よろけながらに目に入ったのは朱色の飛沫。


 べっとりと俺の顔に降りかかる赤は一体何なのか。


 理解を拒む脳みそを余所にニーナの方を見るとその腹に深々と何かが突き刺さっていた。


 それは爪。


 ぐちゃ、と。爪がニーナから引き抜かれると零れるように血があふれ出す。


 空からの急襲。


 地に寝転がる彼女が気づけた奇襲。


 爪の持ち主である金の大鷲は羽ばたくと勝ち誇るように雄叫びをあげる。




 …うるせぇなあ。




「ししょー、にげて。」




 …うぜえ。


 疲れ果てて動くことすらままならねえ癖に、自分よりも俺を優先しやがって。





 …ムカつくんだ。


 なによりも成長する彼女を見て自分のに気を取られていた甘さに。






 手に持った電子機器を地に捨てて代わりに剣を握る。




 血が出るほどに力を込めて。




 今はただ、この感情をぶつける相手が欲しかった。




 例えば目の前で嗤っている虫けらみてえな魔物のような。


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