第30話
「とーちゃく!これが私の記念すべき10階到達の第一歩っすよ、ししょー。」
「なんだかんだ着いちまったな、10階。」
10階につながる階段の最後の一段を飛び跳ねる様にして進むニーナ。
新人卒業から1年と経たずにあっさりと10階に到達してしまった。
彼女の成長は留まるところを知らないようだ。
内面の成長は…あまり見られないが。
ちらりと胸に取り付けているニーナのスマホを見れば配信上でのコメントも彼女を讃えるもので溢れかえっていた。
まあ俺という
期待の新星には界隈での注目度も高い。
ただ出る杭は打たれるというようにちらほらと彼女へのアンチコメントも見られるようになっていた。
所謂嫉妬というやつだろう。
人気を集めれば集めるほどに、衆目の目を奪えば奪うほどに、多種多様な意見が飛んでくるのがこの世の中だ。
保護者同伴の
それを理解せずにコメントしているあたりに皮肉さがあるよな、文字通りに目を奪っている。光を放つ彼女の栄光が、輝けない者たちの心の安寧を奪っている。
「どーしたんすか?ししょー。そんな変な顔しちゃって。」
「ちょっと考え事をな。」
「ははーん?さては私の進歩に驚いてるんすね?凄すぎる私の偉業に!」
「…そうだな、お前は凄いよ。ニーナ。」
「おぉ…率直に言われるとくすぐったいっすね。」
えへへと舌を出して笑うニーナを見ながら、唯々称賛せずにはいられない。
冒険者としての他を抜きんでた才能も。
今の今まで隠し通していたその本性も。
仮面を着けたまま
ニンゲンという生き物を邪魔者かどうかでしか見れ無くなってしまった
本当に凄いことだと、そう思った。
◆◇◆
「10階のボスはアレっすよね!アレ!私他の配信者の配信で見たことあるんすよ。」
「アレじゃわかんねえよ、アレじゃ。」
「なんでしたっけ名前…あの…変な。」
「忌み嫌う呪華だったか?変な名前つけられたもんだよな、アイツも。」
魔物の命名権は発見者、そいつのセンスにかかっているわけだから…あの花も運が無い。
ニーナがスパークアルマジロから引き抜いた短剣に合わせる様に血しぶきが上がり、地面を赤に染める。
この会話の片手間に戦闘をこなす感じも随分と視聴者に受け入れられたもんだ。
配信初期は誠実さが無いとか緊張感が無い何とか言われてたっけか?
勿論強敵相手にまでこんなやり方では命が足らないが格下相手に常に全力というのも
体力の無駄遣いだ。
「いみきらーもめんどくさそうっすよねー、パーティでやる方が面倒なのかな、あれ。」
「状態異常を振りまく災害みたいなやつだからな。ソロの方が色々と楽なこともあるだろ。」
10階のボスとしてお馴染みの巨大華。
長年5階のボスをやっていたスレイプニル…今は蟷螂に成り代わられたがアイツも知名度は高い方だ。
なんなら討伐動画ならスレイプニルはかなり上がっているし、知らないやつの方が少ないかもしれない。
ただ10階の華も相当悪名高い。
なんせインパクトが強すぎる。3メートル越えのラフレシアのような人食い花という出で立ちは想像できるような魔物とは視覚的な意味で強烈さが違う。
「いやだな~絶対見たらキモいじゃないっすか。カマキリちゃんといいボスはキモいのが条件なんすかね?」
「力を持つほど異形に近づくもんなんだろうよ、多分。」
魔物の事情なんて知らないけどな。
「そういえば今日の夜何食べます?ししょー。」
「んー…肉って気分じゃねえな、海鮮系のなんかがいい。」
「じゃあ寿司にしましょう!最近はお金もいっぱいあるから美味しいもの気兼ねなく食べれて嬉しいっすね。」
スパークアルマジロから取り出した換金素材を撫でながらニーナがそう零す。
金があるってのは良い、何につけても世の中は金と力だ。
なんならニーナは配信の影響もあって名声すらも手にし始めている。
何もかもを得られるのがこの冒険者だし、何もかもをワンミスで失いかねないのが冒険者だ。
スパークアルマジロの亡骸をそのままに俺たちはその場を後にする。
10階も特に大したことはない。雑魚に変わりはなく、ブラッドロードに気を払えばそれで後れを取るようなことはそうそうないだろう。
何よりも、忌み嫌う呪華。その存在だけが10階の難易度を引き上げる。
コメントも配信上では初のボス魔物との戦いに興味と興奮が渦巻いている。
「頑張りましょーね!ししょー。」
「頑張るのはお前だがな。」
屈託のない笑顔は蒸し暑いダンジョンに染み入る清涼剤のような爽やかさだった。
◆◇◆
「うーんウマい!やっぱ寿司ですよ寿司!」
「回らない寿司なんざ久しぶりだな。」
格式高い店に入るにあたって流石に一度着替えてきている。冒険者を対象にした大衆的な店とは違ってこういう高級店に入るなら装いは考えなくては常識を疑われかねない。
滅多に食わないような海鮮を手に取って口に運ぶ。
俺の舌は別に繊細でも何でもないが流石に鮮度が違うのか、回る寿司との違いを堪能していた。
「うーんでもどうしよかな…、11階行ったらあの
「口調が崩れてんぞ。」
「っといけない。あのカメラマン志望の子の事考えると口が悪くなっていけないっすね。」
邪魔者相手に容赦しない、排除と不寛容の2つを決め込む彼女にとっては助けた少年は目障りなのだろうが…カメラマンという存在に狂わされてるんだろうな。
仲間というよりはサポーターのような形、2人での攻略という形式は壊しきらない選択に彼女も悩まざるを得ないのだろう。
「ま、とりあえずは華対策だ。無策で勝てるほど甘くねえし、なんなら対策あるでもキツイぞ。舐めてたら死ぬことに変わりない。」
「うっ…そりゃそうっすね。」
その先の事で頭を悩ませるよりもまずはボス。
順調さ故に驕った時こそが命の終わり、新たに誕生した蟷螂と違って見たことがある、対策も事前にできるからと言ってじゃあ死なないなんて誰が保障してくれる?
一貫いくらするかわからない寿司と一緒に悩みも飲み込んでしまえば人生は無くなのだが。
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