第28話

 長槍が空を切る音がこちらにも聞こえるほどの速度。


 ブラッドロードの空振る攻撃を遠目に見ながら戦闘の一部始終をカメラに収める。


 配信のコメントも変わり映えのしない緩い雰囲気から一変した所謂に盛り上がっているようだ。


 そんな熱量とは裏腹に俺の心は別の事に囚われ続けているが。


 一撫ですれば致命傷を負う事間違いないであろうその連撃をスレスレで躱すととどめの一撃を叩き込む。


「コレでオシマイッ!と。」


 少々てこずったとはいえニーナは天才。


 8階に生息する雑魚如きに後れは取らない…が。


「いや~…嘘でしょ。これが雑魚ってことはそこらに居るってことっすよね?神経使うなあ…。」


 パーティならばいざ知らず、ほとんどソロ同然の攻略をしている彼女にとってはワンミスが命取りだ。


「ま、いざとなったらししょーが助けてくれるでしょ。」


 ね?


 そう微笑んでくれる彼女の笑顔はいつも通り…いつもの笑顔ってどんな風だっけか。


 一つの事件で世界は見る目を変えてしまった。


 彼女の本性を知らない視聴者たちは今も彼女を純粋に応援し続けている。


 なんならガチ恋勢なるものまでいる始末だ。


 ハッ、笑えない。


 もしここで俺が彼女の全てを、最近起こった新人冒険者の事故の首謀者を晒上げたのなら、世界は変わるだろうか。


 …変わらないだろう。


 俺のそんなことをする度胸が無いのに空想だけは一丁前だ。


 恩人でもあり、教え子でもあり。


 そんな彼女を切り捨てるようなことができないことを見透かされているような笑顔が俺の脳内を蝕んでいった。


 ◆◇◆


「ししょー、気に病み過ぎっすよ。ししょーは別に何も悪い事してないじゃないっすか。」


「だから嫌なんだよ、普通お前が気に病むんじゃないのか?」


「んー…まあ、ほら。私って楽天家なので。」


 俺の家、普段は1人しか棲息していないこのフロアに今日は2人の人間が棲息している。


 例の事を話そうと思うと誰にも聞かれないような…そんな場所となると結局俺の家が一番落ち着くわけだ。


「イイじゃないですか!このまま普通にやっていきましょうよ!。」


「自分が分からなくなりそうなんだよ、お前を見てると。」


 彼女に対する俺のスタンスが未だに決まらないのだ。


 どう接すればいいんだ、誰か教えてくれよ。自分を慕う人殺しとの接し方を。


 テレビも付けない俺の部屋は静寂と笑顔が支配している。


「それとも、私を縛りたいですか?ししょー。」


 嗤っている。


 俺の反応を見ては楽しんでいるような、俺という人間をしゃぶりつくしてやろうとしているような、底知れぬ台詞。


「私という不穏分子を自分の思うがままに従わせたいと思うっすか?」


 従わせるというよりは制限させるのは有効なのかもしれない。


 人は魔物ではないのだという常識と呼ぶのも烏滸がましいほどの事実を、教えてあげればいいのかもしれない。


 きっとニーナはそれが理解できていなかったん…






 馬鹿か?俺は。


 そんなことに意味はない。


 彼女は人を殺すという意味を理解したうえで今までの振る舞いをしている。


 俺で遊んでいる。


 そうして彼女の言う通りに、俺の思う通りに安直に制限を掛ければ。


 人を殺すなという制限を掛ければそれが致命的な一手になってしまうのではないか。


 そう思わずにはいられない、天真爛漫なバカ娘だとそう思っていたが人心に関しては狡猾そのもの。


 緩やかに真綿で首を占められている感覚が離れない。


「…いや、いい。お前は自由でいい。思うがままに、そのままに、夢を追うと良い。俺は…邪魔しない、邪魔できないよ。ニーナ。」


「そうっすか。…残念。」


 何が、残念なのかは聞き出せなかった。


 ◆◇◆


「はろー!うん?いや、おはよう?まあどっちでもいっか!今日はねえ…色々あってダンジョンお休みだから雑談ってのをやってこうと思うよ。」


 翌日の朝というよりはもう昼に差し掛かりつつある時間帯に彼女の配信をスマホでつけながら家で朝食を貪っていた。


 昨日の夜の帰り際、ニーナが体の調子が悪いからと言うので今日の攻略は休みにしていた。


 別に無理をする必要もない、なんなら毎日潜っている現状がかなり強行軍なだけだ。


「おー意外と皆雑談でも来てくれるんだねえ、冒険者はダンジョン籠ってナンボだと思ってたんだけど。」


 配信中のアイコンの隣には同時接続者数を示す数字が82と現れていた。


 年端も行かない少女の一人語りを約80人も見に来ようとは…時代という物は恐ろしい。


 昔では考えつかなかったような方法で他者の注目を浴びることができる現在はニーナにとっては生きやすい事だろう。


 配信にはニーナがベッドの上で座って話し込んでおり、隅に映った熊?(よくわからない)のぬいぐるみが顔を覗かせている。


 今やってる雑談枠とかいう配信、どうやらコメントとの会話を主体とした配信にも需要はあるらしい。


「えーっと…ダンジョンに入った理由?あー動機的な?んーとねえ、別にお金に困ってるってわけじゃなかったんだけど、ふつーの人生送ってても楽しくないなあって。あ‼勿論億万長者になるのが最終目標だからね!」


 そういえば昔言ってたか?ふつーに働くのは嫌だって。ふつーに働く方がよっぽどいい生き方だって教えたと思うんだがな。


 冒険者なんざ運と実力の両方が必要で、両方を備えても不安定な、生き方として欠陥のあるソレだ。


 まあ、不安定な方が嬉しいのかもしれないが。


「ししょー?ああ、ししょーはねえ…、ししょーだね。それ以上でもそれ以下でもないって感じ?ほら、ギルドが出してんじゃん。なんか制度的なやつ。あれでさあ…」


 最近は配信で俺に対してのアンチコメントもちらほらと見かける。


 ガチ恋勢なる人々は男の影がちらつくとどうにもダメなんだとか。


 アイドルのような偶像を押し付けられているニーナもそれはそれで面白いがそのうちだと認識するのではないかと戦々恐々とさせられている。


 しっかしまあ俺の話題になると少し配信が荒れてるのを見るに配信者というのも楽じゃないようで。


 その対応に悪戦苦闘する彼女を見ると自分と同じ人間なのだと、あまりにも当たり前の感想を抱いていた。


「うん、そうだね。今ん所はカメラマンしてもらおーってかんじかな。ししょーに任せてごり押ししても後で私がつらいだろうしね。」


 はは、カメラマンも慣れてきたものだ。俺はいっそそういう役回りでも面白いかもな。ニーナがソロで頑張り続けるってのも。


「ん?ししょー?強いよ。とっても。とっても、ね。」


 疑う必要なんてないよと笑う彼女を見て、視聴者は何を思っただろうか。


 ただ、俺の話題はそれ以上配信では出てこなかった。


 皆がどこか口に出すのを恐れた様に。


 触れてはいけない一線ラインを踏み越えないように。




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