第27話
その日の夜に人目のつかないところ、つまりはダンジョンに移動して、俺とニーナは向き合っている。
6階、さすがに配信はつけていない。
「何から聞きたいっすか?といっても大したことしてないんすよね~。」
「…。」
何から聞きたいだって?聞きたいことなど山ほどある。あるが…
「いつ殺した?仮病使った時か?それとも昨日か?」
「仮病の前日っす、ほらししょーと飲みに行くの断ってた日あったじゃないっすか、ニーナと約束があるって。その夜に…サクッといっちゃいました。」
えへへ、と笑う彼女は本当に邪魔者を排除したと、そう言わんばかりでむしろ褒めてもらえるとすら思っているような、そんな素振りだ。
「死体はどうした。」
「いや~さすがに街中で殺してそのままってわけにもいかないじゃないっすか!だからとりあえずバックパックに詰めて持って帰ったんすよ。」
確かに冒険者は基本的に大きめのバックパックを持ってはいるが…
「意外と入るんすよね。こう…無理やり押し込めば何とか人一人は入るっすよ?」
嫌な想像をさせないでくれ、本当に。
「んで、ししょーに悪いなあって。すんごい心苦しかったんすけど仮病使って一日でダンジョンの7階に捨ててきました。」
「2日目は何で休んだんだ?」
「いやホントはいくらでも休むつもりだったんすけど…意外と早く他の冒険者が見つけちゃったんで。ほら、私が攻略中に発見しちゃったことになったらいろいろと調べられるじゃないっすか。そしたら流石にやばいかなあって。」
計画性の無い行き当たりばったりの殺人。
狙いすましたような狡猾さなど毛ほどもない。
ただその時の気分で邪魔だと思ったから殺した、そんな印象。
知性に富んだ殺人鬼よりも更に恐ろしい、気分屋の人殺し。
彼女が邪魔だと、そう思った瞬間にヒトから魔物に認識が切り替わってしまう。
「いや~でも人殺したのは初めてっすけど…意外と大したことなかったっすね。バレないようにっていう面倒臭さが付くだけで…なんならアメジストフライの方がやり辛いっすよ。」
一度ラインを越えた彼女の倫理観は狂いきった。
挙句の果てには殺しやすさを魔物と比べるその思考。
もう俺の理解は及ばない所に行ってしまったニーナは止まることを知らないだろう。
「これでまた安心して攻略できるっすね!ししょー!」
溌溂で元気を与える声が耳に届く。
なんで笑っていられるんだ?
あれだけミーシャの配信について楽しそうに語っていたのは噓だったのか?
「…悲しくはないのか?」
「悲しいっすよ?今だって泣いちゃいそうっすけど…でもそれはそれじゃないっすか。」
優先順位の話、生き方の指針の話。嘘も虚勢も一ミリだって混じっていないその言葉に俺はようやく彼女という生き物の本質、その一端を掴ませるに至る。
つまるところ彼女は心の底からミーシャの死を悲しんでいる。
本当に悲しんでいるんだ。辛くて辛くてたまらないけれども、だけどもそれは置いておいて。
でも邪魔なんだから仕方ない。
親友を殺すという行為はすごく辛いけれども、邪魔なんだから仕方ない。
ダンジョン攻略という至上命題に水を差すなら全てが敵。
誰もが自分の人生における優先事項を持っているだろうが彼女はその線引きがはっきりし過ぎている。
例えば多くの人が友人と家族どちらか大事かと聞かれれば大抵はどちらも大事と答えるんだ。
でも彼女にはどちらもが無い。
2人でダンジョン攻略をするという行為に比べられる物が無いのだ、おそらくは。
「
「…不本意ながら、すこしだけ。」
「私はししょーのことすっごく
熱帯雨林のごとき6階の湿っぽさにも引けを取らないじっとりとした何かが纏わりついているような、そんな声に聞こえた。いつもの声だってのに。
「ししょーの好きな物とか色々しってますから。」
たとえば私とか。
そう言って妖しく笑う彼女はとても魅力的だった。
人を殺した血に塗れても、その身の倫理が地に堕ちても、
彼女を引き立てるエッセンスでしかないのだと、そう思った時には手遅れだった。
◆◇◆
「おおーここが8階。なんかヤバいって噂はよく聞くっすよねぇ、頑張りましょーね!ししょー!」
「主に頑張るのはお前だけどな。」
「へへ、そうでした。」
舌を出してはにかむ彼女はいつもと何も変わらない。
あの日から数週間ほど、7階の攻略も完璧に終わったという事で俺たちは8階に足を踏み入れた。
数週間も経っているのに彼女には何のお咎めもない、完全にミーシャの件は事件性の無いダンジョンでの不幸な事件の一つとして処理されてしまったのだろう。
知人が、親友が、死んだってのに今日も世界は平和そのものだ。
数週間の月日が余計にそれを感じさせる。
「視聴者の皆も応援してよね~!」
俺の胸元に取り付けられた液晶に微笑みかける彼女はますます順調な人生を送っている。
ゆっくりどころか尋常ではない速度で研鑽を積み、そのうえで配信の加減も良好。
今日は既に視聴者も3桁に上っている。
100を超える人間が人殺しの日常を楽しみにしている現実は俺には倒錯感を与えるに十分だった。
ニーナの事は贔屓目に見ても好ましい人物だが、
彼女ほど俺は割り切ることができない。
彼女無しにはダンジョンに潜っていきたいとは思えないが、それはそれとして彼女と共にいること自体が罪であるような、そんな錯覚に陥ってしまう。
殺人の片棒を担がされたような、共犯者として糾弾されているような。
彼女と共にに破滅を待つような日常が恐ろしいと思うのも間違いはなかった。
「っと、ししょー。アイツっすよね、この階のヤバいヤツってのは。」
終わりの無い渦巻く思考に気を取られている俺の袖をぐいぐい掴んで小声で指し示した先には密林の殺し屋。
ブラッドロードと呼ばれる亜人…わかりやすくゴブリンとでも呼べば通りが良いだろうか。
背の低い人間のような体躯に長い槍を携えた彼らは数多の冒険者を屠ってきた悪魔だ、見かけのひ弱さとは裏腹に。
「んじゃ、いってきまーっす!っと。」
先手必勝、向かう合図とともに短刀を投げつけて一気にカタを付けに行くが…当たらない。
死角からの一撃を密林の殺し屋は勘で身を捩って躱すとニーナとの正面戦闘に入る。
長槍を苦も無く振り回す彼の技量はそこらの冒険者を越えている。
魔物としての強さはほとんどが強靭な耐久性と牙や爪といった肉体による殺傷性だ。
しかし8階のコイツは違う、特別な武器を使っているわけではないただの技量。
気色の違う強さを相手に後れを取ればそのまま死につながる。
密林の殺し屋と、人殺し。どちらが勝ちをおさめるのか俺には分からなかった。
ただ、純粋にニーナを応援できない自分に戸惑っていた。
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