夢と希望と…
第26話
翌朝、曇天につき。
「おはよう、ニーナ。」
「今日は大丈夫っすよ!張り切っていきましょー‼」
明るいいつもの声。何も変わらないいつもの声が逆に違和感をもたらしていた。
普段から使う飯屋で朝飯を一緒に喰う。
「調子はどうだ?」
「もうバッチリっすよ!バッチリ!」
ぐるぐる腕を回していかにも元気だと言わんばかりのポーズをとる。
快活に笑う彼女を見ていると昨日一昨日の不信感は杞憂だったような、そんな気がしてくる。
考え過ぎだ、物事をネガティブに捉えるのは俺の悪癖だ。
「今日からまた7階だ。そこまでお前にとっちゃあ危険でもなかろうが病み上がりだから慎重にな。」
「ほーい。」
魚の切り身をもぐもぐ食べながら返事をする彼女を見ながら自分が間違っているのだと、そう言い聞かせ続けた。
ニーナは何も間違ってない。
◆◇◆
予想に反して、本当に何もなかった。
こんな胸の内を抱えているとは露知らず、バカ娘はいつものようにバカだった。
7回攻略もつつがなく、ダンジョン配信も危なげなく、平坦な道を歩くが如き穏やかさ。
第六感なんて信用ならないもんだといい知見を得た。
思ったよりも世界は通常通りの安定感。
ぐるぐる回るこの星は今日も何事も起こらない。
8階への階段は未だ見つからないが…ニーナの調子を見てれば時間の問題か。
なんならそろそろミーシャに追いつくんじゃなかろうかという頃合いだ。
驚きの成長速度にギルド内での評判も鰻登りでジンからのしょーもないメッセージを無視するのが怠くなっていたぐらい。
「ししょー!酒飲みましょ!酒!」
「おうよ。そういやミーシャは最近どうしてるんだ?ここんとこ一緒に呑んでただろ。」
「それが連絡取れないんすよねえ…あれ、ダンジョン配信もやってない。」
そういうと彼女はほら!と俺の顔面にスマホをぐいぐいと押し付けてくる。
押し付けられたブルーライトを見れば更新の止まったミーシャのアカウント。
最期の配信は…3日前か。
「心配だな。お前が風邪移したとかじゃねえのか?」
「そんぐらいなら連絡くれますよ!…でも、大丈夫かな。」
いつもと違って神妙な顔で画面を見据える彼女は心からミーシャを心配しているように見える。
どうやら本当に何も知らないみたいだ。
「…心配なら会いに行ってやれよ。家ぐらい知ってんだろ?」
「んー…実は知らないんすよね…なんか教えてくれなくって。」
「ふーん?」
何か隠し事があったのだろうかあの真面目そうなミーシャという子にも。
一抹の不穏が俺たちの間を流れていくがどうすることもできないので酒を飲んで誤魔化すことにした。
当然に上手く酔えなかったのは分かり切ってたけども。
数日後、ミーシャの訃報が伝えられたのは8階の階段を見つけた攻略帰りだった。
◆◇◆
「うぅ…、グスッ…、みーしゃぁ…。」
死体すらなく、遺品の入った棺桶に縋りついているニーナを直視できなかった。
ミーシャの葬式の弔問客はあまり多くなかった。
魔法詠唱者なだけあって家は大きいようだったが…親類以外の友人などの知り合いは少ないようで、俺たちがいることの方が珍しいかのような。そんな錯覚を受けた。
ギルドからの情報を聞くにダンジョンの7階で遺体が食い荒らされていた所を通りがかった冒険者がスマホだけ持ち帰ったそうだ。
そしてスマホから持ち主がミーシャであることが判明。
制止を振り切って7階を探しに行ったニーナに追いかける様に付いて行ったがとうとうミーシャの死体は既に無くなってしまっていた。
「なんでぇ…!」
…席を立ち、外の風に当たりに行く。
葬式か。こういう場は不慣れだ、大抵は冒険者の知り合いのそれに顔を出しては…精神をすり減らす。
ニーナは立ち直れるかな。
きついんだよな、友人の死は。
…何かが、何かを見落としているような。
ナニがオカシイ?
…気のせいか。久しぶりの知人の死に俺も面食らってるだけだ。
目を逸らしてるだけじゃないのか?
…よく配信も見てたしな、一回りも年下の少女が死ぬのはダンジョンの無情を感じるな。
ホントは気づいてンだろ?
…惜しい才能を無くしたな。4か月で新人卒業だっけか。
怖くて、受け入れられてないだけだろ?
…ニーナは、ニーナは大丈夫かな。
本気で泣いてるあの女の事が理解できないんだろ?
「ししょー。」
後ろから、声が聞こえる。
「ししょー。」
聞こえる。聞こえるんだ。声が、耳から離れない。
明るくて、鈴のような音の声が。
「ししょー。」
笑顔で快活、天真爛漫なバカ娘の声が。
振り返る、渾身の心を振り絞って。
なけなしの勇気を奮い立たせてみた其処には
「ふふ、失敗。」
ニコニコと笑う可愛らしいニーナが其処にいた。
愛嬌のあるその顔が、その佇まいが、
美しいと思ってしまう自分が醜くて仕方なかった。
◆◇◆
「上手くいかないっすねやっぱり。」
「…何がだ。」
「もう!わかってるくせに!」
ゆらゆらと体を揺らす彼女は事情を知らないものが見れば…微笑ましいのかもしれない。
「なんでそんなことやったんだ。」
「んーなんで、ねえ。」
「理由が、理由が分からないんだ。」
お前がミーシャを殺した理由が分からないんだよ、ニーナ。
友達だったんじゃないのか?あれだけライバルとして認めてたんじゃないのか?
「理由なんて簡単っすよ。」
「ししょーを少しだけ貸してくれって、そう言われたんで…ああ私たちの冒険を邪魔するんだって。」
は?
「だってそんなのダンジョンの魔物と変わんないじゃないっすか。」
は?
「だから…しょうがないかなって。すっごく悲しいっすけどね!」
もう俺には彼女の事は分からなかった。
分かりたくも無かった。
だけれども。
「でも、ほらししょーって私の事大好きじゃないっすか。だからまあ黙っててくれるっすよね?」
…。
「バレちゃったら私は牢屋行きだし…そうなると一緒に冒険できないじゃないっすか。それじゃあもうししょーの熱は取り戻せないでしょうし。」
…。
「だからまあ、イケるかなって。ね?」
恨めしいほど
俺の情熱は、人生は、彼女無しではあり得ないことに漸く気づいた。
きっかけは最悪だったが。
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