第25話

「な~な~かい~♪」


「んー30点だな。」


「馬鹿言ってんじゃないっすよ!私カラオケは得意なんすよ!?」


「歌詞のセンスが30点だな。」


「ならいいっす。」


 鈴の鳴るような美しい声からアホみたいな歌詞が飛び出してくると感情がぐちゃぐちゃになるな。


 7階に突入し、いよいよ気を引き締めて…と言いたい所だが6階と7階に大した違いは無かったりする。


 スマホでギルドが出しているアプリを見ても魔物に大きな変化はない。


 ブラックファングだのスパークアルマジロだの。7階から新しく死蝎しかつという名前のでかいサソリが出てくるが…ニーナの相手ではないな。


 因みにこの魔物の名前は最初に見つけたやつに命名権があったりする。


 ま、そんなもんは最前線組しか得られない名誉だが。


 ときどきダサい奴とか妙に凝った名前を付けられてる奴とかは命名者のセンスの有る無しに依存してるってわけだ。


「私も最前線に行って可愛い名前つけたいっすね。」


「なんかニーナはセンス無さそうだよな。」


「はあ!?あんまり私のセンス舐めてるとぶっ飛ばしますよ!?」


「じゃあ…ほら、スパークアルマジロとかだったらお前は何て名前付けるんだ?」


「うーん…ええっとすねえ…。」


 両目をつむってうんうん唸り始めたかと思ったらポンと、手を鳴らして答えを導く。


「ビリビリMAXはどうっすか?」


「…よかったなあスパークアルマジロはスパークアルマジロって名前があって。」


「どういう意味っすかそれ。」


 このアホを最前線に連れていくってことはこういうが付きまとうのか…。


「っと…。ぱぱっとやります。」


 日常的な会話をしながらも魔物が出れば気を引き締める。今回は死蝎が2体、こちらに向かって威嚇している。


 シュルルル、と尻尾の針が鳴る。やや強力な毒を含んだその針に刺されればひとたまりもないが…軽戦士なら食らうなんてありえない。


 スルスルと攻撃を掻い潜るように彼女は避けて右手に握られた短剣がその鋭さを証明する。


「鍛冶屋のおじさんはやっぱいい仕事するっすね!」


 最近新調した魔物の素材を用いた短剣は切れ味を増し、サソリの体はみるみる力を失う。


「流石に死蝎じゃ相手にならんか。」


 付けっぱなし、垂れ流しっぱなしの配信でも彼女を称賛する声が聞こえる。


 とはいえ8階のを相手に戦えるのかという心配をする声もあるが。


 8階、8階ねえ。ニーナはどう対処するかね、アレを。


「ししょー。ブイ!」


 ピースサインを笑顔で向ける彼女を見つめながらそんな風な事を思っていた。


 もっと別の問題が俺の心を悩ませるとも知らずに。


 ◆◇◆


 夜、ダンジョン帰り。何事もなくいつもの酒場に向かおうか、そんな足取りをしているときに意外な台詞がとんでくる。


「あ、ししょー。今日はお酒はパス…というかミーシャと約束があるんす。」


「ん?あぁそうか。じゃあ俺は今日は先に帰るよお疲れさん。」


「お疲れーっす!」


 ここ数日は7階の探索を終えるとミーシャも加えた3人で集まっては酒場で酒精に溺れていたわけだが今日は二人だけの密会らしい。


 ま、年頃の女の子同士内緒で喋りたいことだってあるだろう。


 なんならいつも俺がいる方がオカシイんじゃないのか?


 出費も馬鹿にならねえしこういう日が増えてくれると俺も楽なんだが…ニーナが嫌がるか。


 珍しくまだ喧騒の止まない街中を歩きながら家路についた。


 早く寝ると妙な時間に起きるためスマホで適当に時間を潰して眠ったが意外と寝つきは悪かった。


 アルコール依存症一歩手前かもな、こりゃ。


 ◆◇◆


 朝、珍しく頭痛に悩まされない清々しい目覚めを堪能した、と言いたい所だがスマホからよく聞くコール音。


 電話の主はニーナ。久しぶりだな、こういったモーニングコールも。いつぞや死にかけてから数か月はずっと掛けてきていたが最近はめっきり落ち着いたと思ったのだが。


「おっはよーっす!ししょー。」


「ああ、おはよう。」


「今日はっすねえ…そのぉ…。」


 歯切れの悪い、彼女にしてはなんとも珍しい受け答え。


「なんだ気持ち悪いな、怒らねえからはっきり言え。」


「実は熱出ちゃったんでダンジョンはお休みしたいなあって。」


「別にいいんじゃねえの?むしろ1年間よく風邪ひかなかったよな、お前。」


 馬鹿は何とやらってね。


「そういうわけなんでししょーも休みを満喫してくださいっす。」


「あいよ。」


 プツッと通話の切れる味気ない音が耳に残る。


 風邪…風邪か、俺も最近は引いてねえな。アンブロシアの入ったエナドリが効いてるのかもな、間違いなく寿命は減ってるだろうが。


 しかし今日の予定がすっぽり無くなるとそれはそれでする事もない。


 まさか一日スマホを弄っているわけにもいかず、適当に街に出ることにした。


 とはいえダンジョンに行くでもなくアテもなく外で過ごすにも難しい。俺ってどうやって生きてきたんだっけな?


 ワーカ―ホリックも真っ青のダンジョン狂いに己が仕上がっていることを嫌でも自覚させられる。


「はあ…それでウチに来られても困るんだよグレイ。」


「いいだろどうせ暇してんだろ?マリンダ。」


 結局、魔女さながらの薬氏が経営する冒険者御用達のココに暇をつぶしに来てしまった。


「お前さあ…まあいい。で?あの娘とはうまくやってんのかい。」


「ああ、まあ上手くいってるっつっていいだろうな。喧嘩なんざしねえし。」


「そう言う事じゃなくてさ。はあ、男はこれだから無神経で困るね。」


「はあ、女は察しろ察しろって五月蠅くて困るね。」


 取り留めのない、そんな会話。薬品の匂いの突き刺さるこの場所では趣があるかもしれない。


「…ほら行った行った。仕事の邪魔だよ。」


「はいはい、悪うございました。」


 カランカランと別を鳴らして店を出る。


「…ニーナの目を見ればわかると思ったんだが、偏執の対象には分からないもんかね。」


 魔女の忠告は俺の耳には入らなかった。不運なことに。




 翌朝。快晴なり。


 昨日と同じ電子音、一枚の薄板を操作して耳元に当てる。


「おはよう、ニーナ。」


「おっはよーっす!実は…その。」


「なんだ、まだ風邪治ってねえのか。」


「…ってことっす。」


「…そうかい。じゃあ今日も休みにするか。」


「すんませーん。」


 通話が終わり、無音の静寂が孤独な部屋に漂っている。


 風邪?あの馬鹿が?


 声色も全く以て元気な癖に風邪だって?


 嘘が下手なやつだ。


 何を隠しているんだ、お前は。

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