第24話
雨が降っていた。雨が。
「うわあ…ちょっと放送禁止って感じっすね…。」
「…損傷が激しすぎるな、目立ちそうな装備だけ持って帰ってやるか。」
高木から滴り落ちる血液がその死体の凄惨さを物語る。
比較的新しいそれに思わずスマホに映らないよう配慮しながら遺品になりそうなものを探る。
死体が綺麗ならば死体ごと持ち帰って蘇生させればいいがもう手遅れもいい所。
「ん~…。装備は一般的なやつだな、武器とかに拘りを出す奴が多いんだが…。」
市販品とは言わないが鍛冶屋でよく見るオーソドックスな物ばかりなために彼、或いは彼女の遺品になりそうなものがない。
「傷からして誰がやったんすかね?」
「電撃を食らったような火傷もねえしな、腹が抉られてるあたり牙もちの…ブラックファングとかか?」
「うえー…アイツはさすがにトラウマあるっすよ。」
いつかの昔、卒業を焦る彼女を7階に連れて行ったっけか。
その時の死の恐怖を刻み込んだのがブラックファング、一歩間違えればニーナもこうだったかもな。
「マジで死にかけたのはあの時だけじゃないっすか?ボス相手も…まあ強かったすけど死にかけてはないっすね。」
「そんだけ安定志向なのは良いことだ。死にかけるのがあるべき姿なわけねえしな。」
死んでは蘇るような修行なんてあり得ねえよな、ほんとに。
死体を丁重に弔いながらも一応スマホを見つけたので持ち帰ってやる事にする。身元はこれで分かるだろう。
「んーだがなんでコイツは木の上で死んでたんだ。ブラックファングも昇ってくるんだからむしろ逃げにくそうだが。」
「ししょー、死にそうになったら人間何するかわかんないっすからね。私もあの時はししょーを囮にしてやろうとか思ってましたもん。」
「最善を尽くすって意味では悪くない案だがな。」
ダンジョン6階の探索もどこか冷や水が掛かったというべきか、ニーナが強いが故に忘れがちだが元より此処は弱肉強食の世界だ。
ちらっとコメントを見れば予想通りダンジョンというものの厳しさについての議論のようなものが繰り広げられていた。
「やっぱり気を抜く余裕はないっすね。」
「ッたりめーだろうがよ。…とか言ってるとよ、ほら見ろ。」
更なる高みを誘う階段が遠目に見える。6階も攻略完了、だな。
「どうしましょう。行きます?7階。」
「俺はお前に従うよ。」
「…多分大丈夫とは思うんすけど…アレを見た手前ガンガン進んでいくのも蛮勇って感じがするっすよね。」
「…。」
個人の感想を言わせてもらうなら石橋なんざ叩き割るほど叩くべきだと、そう言いたいが今は俺も指導者から冒険者とスタンスを変えている。
今ならニーナが功を焦って先を急ごうとも守ってやるぐらいの心持ではあるが。
「ま、今日は辞めときましょ。明日にすればいいっす。」
「りょーかい。遺品もあるしな。」
今は亡き誰かのスマホをにはどんな思い出が詰まっているのだろうな。写真に、冒険の記録に、こんな薄い端末一つで持ち主の人生を垣間見れるのだから時代の変化とは恐ろしい。
死という物を身近に感じてすぐにダンジョンから帰る俺たちがどうしても重い足取りにならざるを得なかったのは言うまでもない。
◆◇◆
「かーんぱーい!」
「かんぱい。」
カチン、とグラスがぶつかる音が鳴り、続いて喉を鳴らす音が体から響いてくる。
疲れた肉体に冷えた飲み物は染み入る、アルコールが入っていれば猶更な。
「6階も何とかなったし、配信も安定してきたし、良い事ばかりっすね!」
「いいことが続くと不運が待ってんじゃねえかって不安にならねえか?」
「何言ってんすか!いいことが続くに決まってんでしょ!」
俺と違って彼女はやはり楽観主義の権化。妙に辛気臭さのあるような思考がへばり付いた俺とはまるで根っから別物のようだ。
「お?」
ぐびぐび滝の如く胃に酒を流し込んでいたバカ娘がその勢いを押しとどめて何かを注視する。
「おーい!ミーシャ!」
「…ニーナちゃん。」
酒場に入ってきたままうろうろしていたらしいミーシャを呼び止めてこちらに誘うニーナ。
「初めまして、ニーナのししょーです。」
「あぁ…ニーナちゃんがいっつも言ってる。友達のミーシャです、よろしくお願いします。」
ペコリ、と。小さな背丈がさらに縮む。
実際に対面したのはこれが初めてだ、といってもその活躍は時々アーカイブで追ってはいたが。
どうにも礼儀正しい子の様でそこで頭がとろけているかのように机に突っ伏している馬鹿とは違い俺にもしっかりと挨拶を返すあたりに育ちの良さを感じさせられる。
ソロ冒険者が魔法主体でやっていくのはかなり才能があるってことなわけで、ニーナからは嫉妬されまくりそうなもんだが。
「ねえ~ミーシャ~私今日死体見ちゃってさ~。」
「それは…災難だったね。」
冒険者をやっていれば時々そういう場面は出くわす。悪い意味で慣れるんだよな、人の死に。
俺みたいに顔見知りが死ぬことにすら慣れだしたら…いや、慣れてはねえか。何時だってキツイもんだ、知人の死は。
「私もああなっちゃったら誰か泣いてくれるかな~。」
「私は悲しいよニーナちゃん。」
「俺は…どうだろうな。」
「ししょーは一番悲しんでくださいよ!!」
心配せずともきっと悲しいさ。
本当に、耐えられる気がしないよ、とてもじゃないけど。
「でもどうしたんだい、ミーシャちゃん。酒場なんて来たこと無いんだろう?その様子を見るに。」
「そんなにわかりやすかったですかね…?」
「誰が見たってわかるよ。」
「ミーシャは良い娘なんすから!わらしたちとはちがって!」
既に口が回らなくなってきているアホは放っておこう。
「最近ダンジョン攻略が上手くいかなくって…なにか、なにか変わりたいなって。それで…。」
「酒を飲んだぐらいで開かれる人生の道は無いよ。ただ…少しだけ鬱憤を晴らせるだけだ。」
「そーらそーら!」
「この馬鹿みたいにな。」
ダンジョン攻略が上手くいかない、聞く人が聞けば怒り狂いそうなセリフだが彼女にとっては切実な悩みなのだ。
例え最速と言っていいほどの速度でダンジョンを駆けあがっていった天才が言ったのだとしてもね。
「まあでも折角来たんなら飲んでみなよ。度数の低いヤツって言ったら…。」
「やっぱフライハイですよししょー!」
「馬鹿が、それはこの店で一番高い奴だ。コイツときたら本当に…。」
「…いいですね、ニーナは。」
「なんか言ったか?ミーシャちゃん。」
「いえ…。」
珍しく3人で飲んだ酒はそこそこ美味かった。特に馬鹿の介抱をしなくていいのは助かったね。
そろそろ俺は気づくべきだったのかもしれない、彼女の異常性に。
馬鹿娘の異様な偏執に。
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