第22話

「シリアスおしまーい!これからは私とししょーのドキドキダンジョン探索の幕開けっすからね!」


「本来ダンジョン探索こそシリアスになるべきだがな。」


 トウキョウダンジョン第6階。5階までのどこか新人にヤサシイダンジョンとは違う本当の脅威が出迎える。


 さながら密林と呼べばよいだろうか、下の階から様変わりしたと言ってもよいほどの熱気と湿気。


 鬱蒼と生え渡る謎の植物たちは魔物の隠れ家となるだろう。


 危険度は増し、死亡率は跳ねあがる、新人を卒業したというのは喜ばしい事ではない。


 悪辣極まるダンジョン攻略が改めてスタートしたわけだが少しだけ以前とは状況が少しだけ変わっていた。


 そう、ニーナが予てから言っていた配信活動を始めたのだ。


 配信活動、などとやや誇張気味に言ったが実際はスマホで攻略風景を垂れ流してるだけだ。というよりそれ以上がない、まさかダンジョンにカメラマンを連れ歩くわけにもいくまいし。


 新人卒業の折に合わせてスタートしたわけだが視聴者数は…数名、といった所。


 最初にしてはむしろいい方らしい。俺にはよくわからないが。


 そんなこんなで一日ダンジョンに籠っていたのだが。


「…ししょー、私のスマホ持っててください。」


 俺は今日からカメラマンになった。


 ◆◇◆


「なーんか思ってたのと違うんすけど!」


 酒場にて、進むアルコールと愚痴が今日の成果を物語っていた。


「ま、最初は何事も上手くいかないもんなんじゃねーの。」


「最初から成功したいじゃないっすか!何事も!」


 強欲の権化みたいなやつだな全く。


 今日の失敗…というよりは配信しながらダンジョンを攻略するという上で明らかな課題があった。


「どうしましょ~、ずっとししょーにカメラ持ってもらうのもなーって感じっすよね。」


「俺は別にいいよ?お前の醜態をスマホに記録するのも中々面白いし。」


「ぶっ殺しますよ?」


 結論としてカメラをニーナに持たせるのは無理だろうという事が分かった。


 大抵の冒険者は体にスマホなどの撮影機材を付けて配信を行うわけだがここでニーナの戦闘スタイルが仇となった。


 彼女は軽戦士、つまりは尋常では無い速度で動き回って戦うのだ、そんな状況で体に取り付けたカメラが何を撮るのかというと…ぐちゃぐちゃの映像と呼ぶのも烏滸がましいナニカだ。


 視聴者からすればゆっくり歩いていて魔物と出会ったかと思ったらブレまくった映像の後に魔物の死体が転がるという面白みを悉く捨てたような配信である。


 そんないる配信だったのだがそれでもニーナの個性キャラクターに惹かれて配信を見てくれる人が数人いたのは彼女のカリスマ性と呼んでもいいかもしれない。


「なんで私は魔法詠唱者マジックキャスターじゃないんすかね?」


「頭が悪いからだろ、あとは知性が無いとかか?」


「指導者という建前を失ってからししょーはかわっちゃったんすね…。」


「安心しろよ。知性が無いのは俺も一緒だから。」


「馬鹿二人の冒険者コンビって全滅待ったなしっすね。」


 本来パーティの冒険者達は魔法詠唱者マジックキャスターや、回復術者にカメラを持たせる、或いは体に取り付けている場合が多い。


 そもそもがそこまで戦闘中でも動き回るわけでもなく、後衛がカメラを持っていれば全体を見渡した風景が撮れる…ということらしい。


 その点ソロ冒険者なんかは画質を割り切っている奴もいるらしいが…人気の高い奴らは目が眩むような価格の撮影機材を使っているとのこと。


 それも戦闘での機材の破損をものともせずに、だ。プロ意識とでも言えば良いかね。


「ん~…どうしたもんすかねえ。」


 彼女の悩みは俺がカメラマンになれば解消…ともいかないのだ。


 ニーナと相談した結果俺が積極的に戦闘に参加するのは11階からという事になった。


 理由は単純、相手にならなすぎるためだ。


 俺が爆速で魔物を片づけていったとしてニーナの成長は見込めない…どころかそのうち足手まといになるのは明白。


 であればゆっくりでもニーナの力を付けながら階層を上げていく…つまりは今までと変わらないってことなのだが。


 となると俺がカメラを持っていても11階からはまた画質の終わる配信が始まるという事、結局代案を用意しなくてはならない。


「ま、いいか!後の事は後の私が何とかするっす!とりあえず今はししょーがカメラマンすればそれで上手くいくんすから何も問題ないっすね!」


 単細胞はしかし生きていくために必要な能力だ。


 うじうじ悩んでいたって仕方がない。今が何とかなればいいの生き方は存外上手くいくものだ。


「10階終わるころにはカメラマンとして食っていけるぐらいになるかもな、俺も。」


「もうダンジョンにしか興味ないくせに。」


「正解。」


 もう俺の道は決まってるんでね。


 そんな作戦会議を終えて帰路に就く。


 一人暮らしの寂しさ極まる家に帰って今日の配信のアーカイブとやらを見てみる。


 ☆ニーナのダンジョン攻略記☆


 …俺の古い感性ですらチャンネル名が絶妙に、いやかなりダサい気がするがこういうものか?むしろ一周回って新しいのかもしれない。


 一日目である今日の配信を見てみるが…まあひどいの一言に尽きた。


 いや別に配信者としての面白さとかそう言う事ではなく、単純に何が起こっているのかわからないのだ、本当に。


 途中で数少ない視聴者からのコメントを貰っていることに気づかなければ一日中だったろう。俺がカメラを持ってからは多少見ごたえのあるものにはなったが。


「しかし10階にいくまでどれぐらいの時間がかかるかね。」


 6階に到達したことでニーナは浮かれ切っているが大変なのは此処からだ。


 あれだけ新人卒業の速度で騒がれた友達のミーシャという子が未だに10階にたどり着いていないあたりにダンジョン攻略の業が詰まっていると言える。


 そういえばミーシャと最後にあったのは能力付与バフ屋だったか?


 なにか嫌な予感がしたのを覚えているが…すこしだけ、配信を覗いてみようか。


 以前フォローしたバカ娘の友達のアカウントを探して今日のアーカイブを見てみる。


 特に不思議な所がある、というわけでもない。お喋りな子ではないため淡々とした配信になってはいるがソロ冒険者の新たな芽というのは注目の的だ。


 今日もかなりの視聴者を集めたようでどうやら8階を攻略しているようだが…


「んー…なんか遅いな。4か月で5階を攻略したんだったか?にしては詰まるスピードが速い…いやこんなもんか?」


 ミーシャへの違和感が胸に募りながらも所詮は他人事。


 他人よりも明日の我が身を気にして早めに眠りについた事は責められることだろうか?


 後になってわかることだが未来の俺は今の俺を責めることになる、残念ながら。

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