第20話

「そらそらいくぞ!!ワンツー!ワンツー!!」


 バカみてえな掛け声と共に魔物を屠る様はおとぎ話の存在のようだ。


 セシリアの武器は銃剣と呼ばれる馬鹿みたいにデカいソレ。


 斬れるし撃てるという万能のように見えて使ってみると取り回しの悪さに驚かされるアホの武器だ。


 微妙に狩り残している雑魚を片付けながら走り続ける彼女に追いすがる。


「嵐のように、だ!想像しろ、自分が吹きすさぶ風であることをな!」


「子供は風の子っていうよな、つまりそう言う事か?」


 戦闘中の精神性は子供のソレ、無邪気で無垢な愚か者。平時の人道を説きたがる説教好きの性格とはかけ離れた2重人格のような二面性。


 撃っては切り、斬っては討ち。


 銃弾の跳弾すらも活かした戦法は、しかし確かに駆け抜ける嵐と見紛うほどだ。


 正直人間業じゃないがね。


「かけっこすんぞ!生涯無敗の俊足をみせてやるってな!オマエは足に自信あるか!?」


「ガキじゃねえんだぞ…。」


 未踏の地ですらこの有様、多くの冒険者が二の足を踏むような地を遊び場としか捉えていない彼女は最早同じ人間なのかも疑わしい。


 ダンジョンを駆けずり回って蹂躙の限りを尽くしたのち、ただ飽きたというだけの理由で足を止めた彼女に問いかける。


「なあ、セシリア。あんたそんな強いのに10階から進んでなかったのはなんでなんだ?はっきり言って余裕だろ、アンタには。」


「あん?いや私もしゅぎょーしてたんだよ。しゅぎょー。武器替えよーってな、んでスレイプニルに試し切りしよーかなーとか思ってたらお前がいたんだよな。ま、お馬さん一発だったし、強くなり過ぎちまったんだろうな。まったく…カッコよすぎるぜ、私。」


 カッコよさもクソもないが彼女と出会えたこと自体は幸運だった、どんな奴だろうが彼女が命の恩人であることに変わりはない。まあ、そんなことを言うとぶん殴られるが。


「ほら見ろ、この武器。鍛冶屋が試験的に造ったらしいんだけどよ。使いにくくてよ、こんだけカッコいいのに全然強くねーの。だからまともに使えるぐらいには仕上げようってな。」


 銃剣を地面に突き刺して廃熱のために銃身を無駄にスタイリッシュに交換する。


 みたいな手際に感心しそうになるがよく考えなくったって無駄な動きが多すぎる。


 多少付き合ってみればわかることだがどうにも彼女はに重きを置いている。


 使いにくい武器でもカッコイイから使うし、魔物を倒すにもカッコよさを重視するし、もう何が何でもカッコいいことに拘り続けていた。


「おし!休憩終わり!いくぞ!宝も強敵もまだまだ先だ!!」


「あいあい。」


 前人未踏、そんな地では未発見の魔法的宝物だって取ったもん勝ちで、まだ見ぬ強敵だって独り占めだ。


 ダンジョンで得られる旨味に醍醐味の満漢全席を二人でしゃぶりつくしていた。


 しゃぶって、しゃぶって、食べ尽くして。


 そしてお勘定の時間が来る。ツケを支払う時が来る。


 ◆◇◆


「おい…、生きてるかよ少年。」


「死んでるように見えるか?」


「その血の量で死んでねえのがオマエらしいな。」


 俺も、セシリアでさえも地に伏していた。


 呼吸が浅くなる、喉の奥から血の味しかしてこない。


 俺と彼女とのおよそ2に渡る冒険譚もここで終わり。


 25階に住まう覇者すら打ち倒したはいいものの、そこから先が何もない。


 文字通りに全ての資源リソース、道具にポーション、己の肉体すらもすべて使い果たしたのだ。


 一瞬で街に帰れるようなワープの魔法があればいいんだが…無いものねだりは何も生まない。


 これから街に戻るなんざ不可能もいい所。一定階層に存在する隠れ家だって遠すぎる。


 唯々緩やかで漫然とした緩慢な死。


 エキセントリックな戦死だったりしたのならば英雄的で美しかったのかもしれないが…こういう終わりも悪くないか。


 ガコン、ガコンと。空宙で20階からの象徴である機械仕掛けのナニカが絶えず律動し続けている。


 まるで俺達の死のカウントダウンでも奏でているかのように。


「最後にトドメを刺した私はどうだったよ。」


「文句なしにカッコよかったよ。憎たらしいほどにな。」


「初めて聞けたよオマエに言ってもらえる日が来るなんてなあ…。」


 気恥ずかしさから一度も言えなかった言葉だって、今日ぐらいは、今ぐらいは良いだろう。


 恥ずかしがることなんてない。


 もう何も残らないのだし。


「わりぃ、ちょっと寝るわ。眠くてたまんねえ…、気が向いたら起こしてくれよ。そんでどこにでも連れて行ってくれ、頼むよ。」


 きっと、彼女が連れ出してくれるなら、地獄だろうが地の果てだろうが付き合える。


 瞳を閉じる。体の力が抜けていく。


 肉体の血が抜ける様に、ゆっくりと、生命の根源が無くなっていく感覚。


 死とは思いのほか、気持ちがいい。


「ハッ…、だからオマエはダメなんだ。すぐに…、そうやって諦める。」


 遠くで声が聞こえる、何か…。




 …だろ?…叶えろ、代償は…




 あぁ、あたたかい。光が満ちる様に、朝の陽ざしを浴びるように。


 ゆっくり。眠れそうだ。


 ◆◇◆


 目が覚めたときは二年前と同じ光景が其処にはあった。


 パチパチと、夜の闇を焚火が照らす。


 火が生み出した温かみが俺を守っているかのようだ。


 ここは…10階の隠れ家だろうか、スレイプニルに助けてもらった時もここで起こされたんだっけ。


 ただそこに、2年前にはあったものが見当たらない。


 探しても、探しても、いくら待っても現れはしない。


 無いものねだりは何も生まないって、ついさっき学んだはずなのに。


 朽ち果てるまで、身を滅ぼすまで、待てども待てども、見つからない。


 ただ一つ、そこに無いのはカッコイイ、彼女の姿。


 やがて俺は熱も夢も、喪った。


 ◆◇◆


「どうだ?ニーナ。これが俺の全てだ、これが俺の後悔だ。」


 ギルドの待合室には静寂が取り残されていた。


「わけもわからなかったよ、本当にな。死んだと思ったら死んでなかった…まあ、それだけならよかったよ、でもわかるだろ?きっとセシリアが何とかしたんだよ。俺は何にもしなかったのにな。」


 よく言われてたのにな、どうしてすぐ諦めるのか?って。


「だからさ、俺には資格が無いんだよ。ダンジョンに入る資格ってもんがねえ、人としてな。」


「どれもこれも言い訳だろうが馬鹿野郎。」


 ガチャリと、扉が開いて中に入ってくる男がいた。


 セシリア・キサラギの忘れ形見。


 彼女の弟、ジン・キサラギが書類をもって俺に呆れたように笑いかける。


 話す前から俺の右手に重なり続けたニーナの手はいつかの焚き火のように暖かった。




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