第18話
「かんぱあーーい!!!」
この一年間で最も大きな乾杯の音頭。
祝勝会の幕開けに相応しい威勢の良い声だ。
「いやぁ疲れたっすよ~。でもどうでした?完璧だったっすよね私。」
「…非の打ち所の無い完全勝利だったよ。アレができるなら新人なんてとてもじゃねえが言えねえな。おめでとう、ニーナ。」
「おぉう、ちゃんと言われたの初めてじゃないっすか?照れるっすね。こういうの。」
真正面から向き合って、彼女の偉業をほめたたえる。
誰にだってできることじゃない。ソロであのカマキリを倒せるのは本当にあり得ないことだ。
はっきり言ってソロに対しての
パーティでも一人がほぼ使い物にならなくなる状態はキツイものがあるが行ってしまえばそれだけ、あとはスレイプニルより地力がちょっと強いだけのボスでしかない。
それでもかなり凶悪だがソロなら圧倒的不利のなかでアレをねじ伏せるしかない。
初見から2か月間、ニーナはひたすらに己を鍛えた。四肢のうちのどれかが欠けてもいいように、3つの手足で戦えるような努力をしたのだ。
片腕を使わない、片足を使わない。
言葉にしたら簡単だが行うには難しすぎる。
始めのうちはアメジストフライにすらも後れを取るようなレベルだったが最後にはジャグリング戦法すらも片腕で行える域に達した。
最早そこらにいる曲芸師よりも芸達者だろうな、きっと。
「今日は死ぬほど飲もうぜ、いくらでも奢ってやるよ。」
「いっつも奢ってもらってるっすけどね。でも今日は朝まで行くっすよ!ノンストップ!」
「はいはい、わかってるよ。」
それからはもう酷かった。
一年も通った酒場という事もあり、それなりに顔なじみも多く、知り合いに今日の事を自慢しては酒を飲み。
一発芸のジャグリングも披露しては酒を飲み。
配信者としてこれからやりたいことをああだこうだと語っては酒を飲む。
飲むわ叫ぶわしっちゃかめっちゃかだった。
一店目を出たらばすぐに二店目。
渡り鳥でもこれ以上移動しないだろうって具合に夜の街を渡り歩いた。
歩いて、飲んで。吐いては飲んで。
俺も4店目から記憶が無い。
ただただ飲んでは吐いて、笑って吐いて。
今日の事を忘れてしまわないようにと思っていたが誰も覚えられないほどに最悪で最高な飲み方をした。
◆◇◆
昼過ぎ、朝なんてとうに過ぎた午後の今。
酷い頭痛と気だるい肉体を引きずり起こしてスマホを覗く。
時刻は15時過ぎ。
さすがにそろそろ起きないとニーナの待ち合わせに遅れてしまう。
「いってぇ…、ハメ外し過ぎたなマジで…。」
年甲斐にもない、酒の許容量を超えた飲み方。いや失敗しにいったのだから失敗ではないのか?
シャワーを浴びて体を覚醒させて家を出る。
ギルドに向かう足取りは疲労で重いが心持は軽い。
「あ!おっそーい。もう銅級の申請終わらせちゃったっすよ!」
ギルド前で待つニーナには笑顔が咲き誇っていた。
なあ、コイツ昨日俺より飲んでたよな?どうなってんだよマジで。昨日と今日で別人だったりするのかよ。酒の後始末を引きずらなすぎだろうが。
こっちに走ってきてはスマホを見せるニーナ。
そこには銅級冒険者と書かれた彼女の証が表示されていた。
ギルドの与える冒険者としての称号や情報。そういった契約等々書面と一緒にアプリでも保存されている。
あの蟷螂の素材を持ち帰って5階踏破の証拠としたわけだ。
「あとは私とししょーの契約更新だけっす。」
「そうか。」
二人でギルドの中に入る。午後はむしろ冒険者の数は少ない。皆ダンジョンに出払っているという単純な理由だが。
「本日はどのようなご用件でしょうか?」
「俺とコイツの契約についてな。」
隣に立つニーナを親指で差しながら契約更新の手続きを始める。
とはいえ俺たちが特に何をするでもない。
書類仕事は向こうのお仕事。ただ一年前に書いた紙を引っ張り出して確認をするだけ。
こういう待機時間は手持ち無沙汰になる。
「ねえししょー。」
小さな声が隣に座る少女から聞こえてくる。
「その…。」
「なんだ歯切れが悪いな。」
「やっぱり冒険者やる気は無いんすか?」
何度も聞いたその話。
「私も最初はソロでやろうって、そう思ってたんす。」
ただただ、彼女の話を聞き続ける。
「だって私、友達少ないんすもん。誰と話してたって最後は皆離れてっちゃうんすよ。ほら、私って承認欲求の塊じゃないっすか。だから…一緒にいると疲れるんだって。配信やりたいって思ったのも何もかも、この性分のせいっすもん。」
快活に笑う彼女からは想像もつかない話。とはいえ俺だってニーナと出会ってまだ一年だ。それまでの彼女の軌跡を詳しく聞いてこなかった。
どこか探って欲しくないような、そんな雰囲気があったが。
「だから…段々人との距離を計るようになったんす。親しいようで、親しくなり過ぎない、そんな距離を。だから冒険者もソロしかないって、パーティなんてやっちゃったら最後に別れるのがつらくなるって。」
もう、今にだって泣き出しそうだ。声は震え、俯く彼女の顔は見えない。
「ねえ、でもししょーはずっと付き合ってくれたんす。何やったって、調子乗ってたって、怒りながらも見捨てることは無かったんす。それがどれだけ嬉しかったかわかるっすか?何回も指導者を変えた落ちこぼれだって、性格に問題があるって、もう無理だって。」
初めて聞く言葉、最初にジンから紹介されたときだってそんなことは言われなかった。
言われたとして、契約しなかったとも思わないが、そんな背景を、重く苦しい現実からも逃げずに戦い続けたこと、そのすべてを俺は知らなかった。
「嫌です、ねえ、ししょー。」
俺の手の上にもう一つの手が重なる。
少女の物とは思えないほど、固い手は一年間の努力の証左だ。それを笑うような者は何処にもいやしない。
「一年で終わりたくないっす。ねえ、なんで…。どうしてそんなにししょーは冒険者をやりたくないんすか。いいじゃないっすか、見てるだけでも。私が戦うのを見てるだけでも、そばにいてくれれば、私はそれだけで。」
零す言葉はゆっくりと、願うように、縋るように。
其の真摯な思いに答えないのは、向き合わないのは不義理が過ぎるだろう。
そして俺も口を開く。
「少しだけ、昔話をしてもいいか?情けない自分語りでしかないが。」
情けなく、ダンジョンから逃げ続けている男の話をしよう。
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