第17話

 あと2か月付き合ってもらう、そう言ってのけた彼女ではあるがそろそろ終わりの時は近づいてきていた、


「ふぁ…ねむ…。」


「そろそろ帰るか、すんませーん御勘定。」


 酒場にて、見慣れた光景も12か月目。


 あれからというもの、彼女はかなりの修練を積んでいた。ただただ、己を高め続ける行為は存外に苦しい。


 なにかこう、達成する目標が段階的にあるのならいいが今回のソレはゴールが一つだけ。


 あのカマキリを倒せるか、倒せないか。ただそれだけ。


 誰にだってわかりやすい単純で、だから難しい到達点。


 其の難易度の高さたるや彼が現れてから結構な時間が経ったが未だに新人冒険者での討伐報告はない、だ。


 搦め手抜きにしても単純なスペックが高いのだ、あのカマキリは。


「ししょー…あと何日でしたっけ、一年まで。」


「ああっと…、たしか1週間だ。」


 別にあと1年でカマキリを倒さないと新人冒険者から卒業を認められないというわけでもない。なんなら俺が彼女との契約を破棄できるようになるってだけで続けようと思えばまだ師弟関係も継続はできる。


 そんなことは彼女も百も承知ではあるが…達成したい期限として、己に課したリミットとして、1年を重要視しているのは確かだ。


「どうしましょう…明日一回ガチで行ってみますか。そろそろこんな日々も終わりを告げる…。」


「配信者意識して変な語り入れなくていいから。」


 最近は配信者としての練習も欠かしていない。俺にその方面での理解は無いので練習になっているのかもわからないし、大体彼女は変に取り繕うのではなく、本来の奔放さを推した方が人気になりそうなのは…伝えるべきかどうか。


 ただこうして無理して恰好つけてる彼女もまたキャラが立っていると言われればそうなんだが。


「そういえばししょー、次の相手は見つかったんですか?」


「次?ああ、ね、今はそんなこと関係ねえだろ。明日に集中しろよ。」


「…はーい。」


 次、次の生徒か。そもそも俺はもう指導者のような立場すらも辞めて隠居したいんだが…そうもいかない。


 ジンがいる限り俺はどうやったってアイツのだ。


 しがらみと…贖罪。後悔は尽きないが、俺の人生後悔の無い事なんてありはしないか。


 夜に物思いにふけるのはヒトの性か。


 らしくもないことを考えてしまったと、また後悔したあたり俺はどうしようもない奴だった。


 ◆◇◆


「よし、勝つ、勝つ、勝あーーつ!!!」


「いいねえ、気合入ってんじゃねえか。」


「何事も気合と勢いですよ、ししょー!!」


 気合と勢い、この二つがあれば人生何とかなるとよく言われる。


 実際はどうにかなったやつの声がデカいだけでどうにもならずに埋もれていった人の方が多いと思うがね、果たしてニーナはどちらになるのか。


「ギギギ…」


「扉を開けるのも一苦労なんだな、配信者ってのはよ。」


「うるさい!気分ですよ気分!」


 配信者になるってのは効果音すら自分で演出しなくてはならないのか、一部の配信者は攻撃にも必殺技みたいな名前を付けてるらしい。


 でもそういうのに憧れる気持ちも分からなくはない、俺も昔は少年だったからな。


 そしてうんざりするほど準備をしてきた相手が其処に鎮座している。


 2メートルを超した大カマキリ。新人の誰もを通さずの壁。


 登竜門ならぬ蟷螂とうろうの門。


 そんな彼との戦いが幕を開ける。


「よーし…運試しっすよ。」


 外套から火属性付与をした短剣を取り出しながら一気に魔物に足を進めてゆく。


 しかし散々語った通り、近づくという事はあの鎌に斬られるという事。


 力を溜める、足を踏ん張り、右鎌を引き絞る。


 そして…一閃。


 ニーナの胴体を目にも止まらぬ幽体アストラル化した一撃が通過してゆく。


 ただ彼女はそれに気をやる事すらしない。もしない。


 ただ、あるべきものとして、受け入れるものとして、むしろその行動をチャンスと捉えて更に肉薄しては蟷螂の胴体を切りつける。


「キシャアアア!」


 燃える切っ先の痛みに耐えかねた彼は悍ましい声を上げるが向こうも得たものはある。


 瞳が、右鎌のそれが開眼する。長い夢から覚める様に、彼女に悪夢を見せるために。


 ニヤリと蟷螂が笑ったように見えたのは俺の錯覚だろうか。


「い…っつ。右足、っすね。」


 がくんと彼女の右足が脱力してあわや転倒するところではあったが何とか片足で持ち直す。


「キシャ…。」


 まるでこちらの勝ちだと言わんばかりの漏れた声、強者の誇りと、有利のおごり。


「ハッ…これからっすよ。」


 そう吠えるニーナだが確かに不利になっている事実は変わらない。


 虫型魔物特有の素早い動きが致命的だ、2メートルの巨体を持ちながらに他の魔物よりも速度は段違いに早い。


 哀れ右足の機能を奪われた彼女は抗う術もなくただ避け続けるだけ。


 左の鎌は右と比べて小さいというだけで、人間にとってはそれでも巨大すぎる。


 それをザクザク、ザクザク、空を切り、大木を切り、切れ味に不足なし。


 彼女の肉体が掠ればハサミで紙を切るがごとくに容易く刃が通ってゆくだろう。


 躱して、避けて、逃げ続ける。


 


 失った足の代わりに両手で補う、跳ねる様に、獣のように。


「シャララララ!!!!!」


 上手く殺せぬ得物を前に魔物の怒りは蓄積していく。そうした怒りが攻撃に単調さを生み、わかりやすい予備動作がニーナに更なる余裕を与える。


 ザク、ザク、躱すついでにほんの少しのかすり傷。魔物を倒すことなどは日が暮れてもできないような傷ではあるが、それでも彼女は小さな小さな小石を積む。


 片足のエサ如きにいいようにされるカマキリは逆上の限界だ。


 怒って、怒って、目が曇る。右鎌の瞳が閉じるほどの手傷を負ったという事実すら、見えなくなるほど。


「よっと!」


 いきなり復活した右足の機能に驚いたのはニーナではなく蟷螂の方、紙一重で躱すことしかできなかった小娘が両の足で肉薄したことに対応できず、胴体にまた致命的な一撃をもらう。


「ギシャア!!」


 燃える一撃に大きくのけ反った彼だがそれだけでは勝敗は決しない。


 右足が復活した?ならば奪えばいい、躱せぬ右腕に絶対の信頼を置くことに何の驕りがあるというのか?


 奪って、奪って、奪うだけ。


 あのだろうが目の前の小娘だろうが己のエサに変えるだけ。


 右鎌から力を抜き、現実世界からも脱させる。幽体、斬った者から四肢を奪う。


 重みを無くした右鎌デスサイズが再びニーナの肉体を切り抜ける。


 開眼、さあ、もう一度だ。今度は殺す。3本の手足で己に適うものがいるものか。


「いった…左腕。っすね。」


 鎌の持ち主の想像とは裏腹に不敵に笑う彼女は獲物の浮かべる表情からはかけ離れていた。


 だらん、と彼女の腕が眠りにつく。


「このために、2か月も備えたんすから。」


 空に短剣を投げる、いつか教えたジャグリングの要領だ。


「片手でやるの大変だったんすから…ね!」


 詰める、詰める、距離を取らない、左の鎌を物ともせずに。


 ザク、ザク、ザク。少女の肉体が切り裂かれているはずが気づけば自分の体がズタズタに。


「ギシャア!!」


 なんとか足で彼女を振り払っても短剣ならば投擲が出来る。


 一本、


 右手に持っただけじゃない、空中からのプレゼントが短剣を取り出すラグも無しに肉体に突き刺さる。




「ギイイ!?」




 理解ができない、強者である自分が片腕の使えぬニンゲン如きに切り伏せられる?


 ああ、熱い。斬られた傷が熱を持っている。火が、火が消えない。




 そして…悪夢。




 右鎌の、己が優位性を示し続けた瞳が閉じてゆく。




 散々相手の四肢を眠らせ、絶望させた瞳が閉じてゆく。




 目覚めなくては、もう一度、幽体化させて斬らなくては。




 もう一度、もう一度、




 もうい、ち…ど。




「おやすみ、カマキリちゃん。」




 どうか、良い夢を。


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