第16話

「勝てねえええ!!!強すぎなんすよアイツ!!マジで何なんすか!!」


「ほら落ち着け、水飲め、な?」


 例の如くに体に酒精が回ったバカ娘を介抱してやるのも慣れたものだ。


「うぅ…オエ…。」


「おい吐くなよ、マジで頼むから。店出るまで我慢しろ。」


 アホが粗相をやらかす前にさっさと会計をして店を出なければなるまい。さすがに店主とも顔なじみとはいえ親しき中にも何とやら。


 今日であのカマキリと出会って3日目。なんやかんやあって右腕も復活した彼女は不機嫌極まるところだ。


「あと二か月…うぇ…気もち悪…。」


 まっすぐ歩けていない彼女だが翌日にはけろっとしたもので二日酔いすらないらしい。


 それを若さと片付けてよいものだろうか。バイタリティが尋常ではない。


 ふらふら、ふらふら。千鳥足が行きついた先は誰かさん。


「ああ、すいませんウチの馬鹿が…なんだララか。すごい偶然だな。」


 ララ・シュミット。去年指導していた冒険者がニーナを抱きとめ…てはいなかった。


「ん…なんすか?」


「へえ…先生の教えてる子が誰なのか気になってたけど、ふーん。」


「誰すか、あんた。」


 そういえばニーナとララは面識が無かったか。まあ冒険者としてもララは既に先を言ってるわけだし関わるようなタイミングも無いっちゃあないな。


「私はララ・シュミット。そうだなあ…わかりやすく言うなら。先生のだよ。」


「へーそれはどうも。ニーナ・ストライプです。んで?捨てられた奴がなんか用っすか?」


 めんどくせぇ…、なんなんだマジで。


 雰囲気が険悪どころじゃないんだよ、チェーンソーで鍔迫り合いしやがって。


 あと過去とか今とかねえから。別にどっちも好みの範囲タイプじゃないから。


「ねえ先生。こんな酒臭い小娘より私と冒険者やろうよ。礼儀もへったくれもあったものじゃない。」


「ハッ!残念でしたー!ししょーは私が新人卒業したら一緒に配信者やるんですー!」


 なんかどいつもコイツも勝手に人を人生設計に組み込もうとしやがる。


 俺の自由意思は何処に行ったんだ。つかニーナはいきなり言葉がしっかりしやがって、酔ってたんじゃねーのかよ。


「別に冒険者も戻らねえし、配信者もやらねえよ。」


「「はあ!?」」


 二人の声が重なり響く。実は仲良しだろ、お前ら。


「はあ~…これだから先生は、いっつもそうだよね、何度誘ってもやる気だしてくれないんだ。」


「なんでそんな頑なに冒険者やらないんすか?」


「だってあれじゃん、ほら…毎日ぐうたらしてたいじゃん。家に寝っ転がって生きていたいと思わねえか?」


 金が十分にあって、今後の人生にやりたいことが無ければあとはゴロゴロと人生を消費するように生きていければそれでいいって思うだろ。


 働かなくていいなら、冒険者やらなくていいならそれでいいじゃねえか。


「嘘つき。」


 俺を見つめるララの瞳は夜風よりも冷たかった。


 ◆◇◆


「おはよーございます、ししょー!」


「珍しい待ち合わせ場所だな、じゃねえなんてよ。」


 いつもは朝早くから飯屋の宴で待ち合わせているのだが今日は少し趣が違った。


 今俺たちがいるのは冒険者ギルド前、フリーな冒険者が早朝から今日の仲間を募っていたり、或いはクエストを漁っているような場所である。


 ジンは…どうせ中で書類に囲まれてるんだろうな。


「今日は作戦会議っすよ!まあ別に場所はどこでもいいんすけど折角なら冒険者らしいとこでしようかなって。」


「俺は眠くて頭回んねえけど。」


「どうせ答え教えてくれないでしょ、ししょーは。私がぐるぐる頭を回せばだいじょーぶっすから。」


 欠伸をしながらギルドの中に入り、適当なスペースにて腰を落ち着けるとニーナは冒険者バッグの中から色々と物を取り出す。


「じゃーん!どうっすか、私が3日かけてつくったトリセツですよ!」


 まるでいい点を取ったテストを親に見せる様に彼女は自分でまとめたらしい魔物の情報を書いた紙を見せつけてくる。


 満面のドヤ顔がその自信を物語る。どれどれ…




 引きずる大鎌トレイルサイズちゃん。


 体長2メートルほどのカマキリ(キモイ)。


 体はあまり固くないのでダメージは与えられる…はず。


 右の大きな鎌は幽体化アストラル可能?


 幽体化で斬られると鎌の目が開く(←これがガチでキモイ)。


 眼が開くと斬られた人の両腕両足の4つのうちどれかが動かなくなる(ランダム?条件不明)。


 カマキリ本体にダメージを与えると瞳が段々閉じて動かなくなった機能が戻る(逃げて一日経っても戻る)。


 属性は火属性が効いてるっぽい?(一番痛そーな反応してた。)


 対策↓


 火属性付与ファイアエンチャントは絶対やる。


 動きが早いから一撃で決めるんじゃなくてチクチクやってくスタイルで。


 右鎌対策(←マジでわからん)。


 速度早すぎて躱せない、距離取り過ぎるとこっちも攻撃当たらない。


 ってことは四肢のうちどれかが欠けた状態で戦う=無理。




 彼女が頑張って集めた情報は意外にも全体的に間違ってなさそうだった。問題はやはり巨大な右鎌だろう。


 右下に小さく書かれたデフォルメしたニコニコ笑顔のカマキリが逆に哀愁を漂わせる。


「いろいろ言いたいことはあるが概ね間違ってねえんじゃねえか。」


「そりゃそうでしょう!私は天才っすから!」


「聞いたことねえよ、ただ問題はやっぱり大鎌対策だろ。」


 実際問題かなり詰みに近い状況ではある。


 冒険者をソロでやるという都合、物事の対応力には限界がある。この蟷螂だって5人パーティで挑めば大きく苦戦するようなこともあるまい。


 ただしニーナはソロだ。一人、ただ一人この強敵を打ち倒すだけの力が求められる。


「どうするかねえ、近づかなけりゃあ攻撃できないし、近づいたなら斬られて四肢のどれかが使えねえ。そんなハンデで今のお前に勝てるほど楽な相手でもねえ。」


「うーん…無理っすね。」


「よし、冒険者辞めよう、な?無理する必要ねえって。配信者だってダンジョンに潜らねえと出来ねえわけじゃねえ。」


「そうやって冒険者辞めさせようとするのも久し振りっすね。でも辞めないっすよ。」


 可愛げのないヤツ。なあ、お前はどうしてそこまで承認欲求がほしいんだ。


 どうしてみんな死に急ぐんだ。


「…ししょー、なんか魔法の一手は無いんすか?こう…全てがひっくり返るような奇跡みたいな魔法とか武器とか無いんすか?」


「あると思うか?」


 ニーナだってわかってるんだろう、都合のいい状況なんてそうそうない。自分にとってよくできた夢のようなナニカなんて空から降って来たりはしない。


 ただどうしたもんかね、今まで新人の壁としてはスレイプニルは本当にちょうどいい塩梅の強敵だったのだがこれは大問題だ。


 天才的な戦闘センス持ちであるニーナですらこれなのだ。まして他の有象無象のソロ冒険者が新人卒業なんざどれ程の時間を要するのか。というより卒業自体がほぼ困難な偉業になってしまう。


 10階のボスと比べたら見劣りするが5階のボスとしては強すぎる。バランスもクソもねえ。


 特にソロに対してきつ過ぎる、パーティなら四肢を代償にする人間を選べば残りがいかに奮闘するかで戦えるが…ソロは確実にハンデだ。


「よし、わかりました。もう覚悟決めたっす。楽な方に逃げようとしたってその先が無いんだから。」


 しっかりと俺の瞳を見つめて告げるニーナに迷いも逡巡も見られない。


「これからの残り2か月みっちり付き合ってもらいますから、ししょー。」


 不敵に笑う彼女はまごうこと無き冒険者だった。誰が認めるまでもなく。


 死んでほしく無いヤツほど冒険者が似合うのは皮肉だな。

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