第15話
「感じますか?ししょー、この威圧感を。」
「そういうのいらねえから、配信者になった時の練習は後でしてくれ。」
「はあ!?ボスに挑む前にノーコメントで突撃する配信者がどこにいるんすか!」
「俺は配信者じゃねえしどうでもいいんだよ。」
5階のフロアも隅々まで探索を終え、残されたのは如何にもといった仰々しい扉。
6階につながる階段があるであろうその扉の先の広間には、当然スレイプニルを3階に追いやった魔物が存在する。
血、そして草木のにおいが混じって扉の中から漏れ出てくるのを感じる。
銅や銀級の冒険者が確認のために倒していることを除けば新人で打ち倒したものはまだいないと言われるナニカ。
「でもさすがにちょっと緊張しますね、ししょー。」
「それは大事にしろ、程よい緊張はコンディションを上げる。」
「じゃあ…いきます。」
ギギギ、と大きな扉が開かれ緩やかで生暖かい風が俺たちに吹き付けられる。
その先の開けた決闘場には俺の想像とは違う容貌をした魔物が陣取っていた。
大鎌。そう、巨大な鎌が目に付いた。
ただしそれは外付けの武器という形ではなく肉体が変形し、発達したが故の鎌。
ただし黒と紫のグラデーションを基調とした体はよく見るような緑色のアイツらとは毒々しさが段違いだ。
「きっしょ…、私虫苦手なんすよね…。」
「安心しろ、俺も嫌いだ。」
ギョロリとした無機質な複眼のレンズの全てが俺達を映し出している。
左右非対称な右だけが異常発達している大鎌はそれを扱う本人すらも重さに耐えかね引きずるほどだ。
さらに特徴的なのは…その右鎌の模様。
まるで閉じた目玉のような赤いソレは神が威圧感を与えるためにデザインしたかのような悪意を感じる。
アレに切り裂かれようものなら、一撃で絶命してもおかしくはない。
「いきますよ!」
掛け声と共にニーナは駆け出していく。
如何に相手が異形で得体のしれぬ相手としても先手を取るに越したことはない。
ただし相手も考えることは同じだ。こちらの姿を認めるとだらりと垂れた右鎌を持ち上げる。
あまりにも長いソレはどう考えたって振り回すには不便に見えるが…そんなことではスレイプニルに勝てはしない。
あの燃える駑馬をも打ち倒しうる何かがこの
「シャララララ!」
虫の声など意識したこともなかったが、こうも大きな奴らの声は薄気味悪さを増長させる。
「はあっ!!」
力を込めて、彼女は渾身の一投を蟷螂の関節、そのあまりにも長過ぎる右鎌の付け根を狙うが…当たらない。
否、当たったが当たっていない。
「っ!」
理解のできない現実から更なる不可解がニーナに迫る。
「ヤバッ…!」
すり抜ける様に通過した短剣を余所に魔物は大きく振りかぶり…一閃。
鈍重な構えからは想像もできぬほどの目にも止まらぬ一撃。
物理法則の其の全てを無視したその剣戟は彼女の肉体を通り抜けていく。
それは明白な終わり。
上半身と下半身が離別したならそれはこの世からの死別を意味する。
はずなのだが。
「…死んでない?」
あり得ない事、それが何度も続けば人は思考を放棄する。そうだろ?わけのわかんねえことが立て続けに起きたら頭が真っ白になるってもんだ。
しかしニーナは思索を辞めない。
「あんまりにも早すぎる…私が見えないレベルなんて…。特殊なナニカがある?」
めくるめく変化する戦場に一つの変化が訪れる。
それは瞳。
2メートルは超えるサイズの蟷螂が持つ右鎌に描かれたそれ。
その閉じた瞳が眠りから覚める様に開かれると…。
「イッ…た!!!」
ニーナの腕がだらりと垂れる。まるで重くて引きずるように。長すぎる鎌を持っているように。
「…ダメです、一旦撤退しましょう、ししょー。」
「腕はいいのか?」
「右腕だけならどうにかなるはずです。それに…これは多分大丈夫です。」
「そうかい。」
そして撤退戦の始まり…かと思いきや部屋の主は存外に追ってくることは無かった。
ただ逃げ行く俺達を見逃すように部屋の中央へと、己の住処を離れることはなく、ただ真っすぐに俺とニーナを見つめ続けていた。
右鎌に描かれた瞳も閉じぬまま。
瞬きの一つすらも惜しむように。
◆◇◆
「ほら!何恥ずかしがってんですか!教え子の腕がこうなんですから!」
「チッ、くそ…。」
まるで糸が切れたかの如く動かなくなった右腕を庇うようにダンジョンから抜け出てきた俺達だったが、どうやらニーナの右腕は回復魔法で治療できるようなものではないらしかった。
そしてこの我儘も極まるお嬢様がどうするかと言えば…。
「あ~む。う~んおいしい!いつもより倍増しで美味しく感じますね!」
利き腕が使えないこといいことに俺はニーナの食事の世話をさせられていた。
「んで?どうするんだ。ずっとそのままってわけにもいかねえんだろ。」
だらりとおろした右腕は今も動きそうな気配は無い。
「回復魔法が効かないってことを考えると可能性は色々あると思うんすよ。」
身体が不自由になったってのに朗らかな笑顔を絶やさないこいつはホンモノだな。
「でも多分これは特殊能力だと思うんすよね。よく配信者がボス魔物と戦ってるときに見ましたもん。これもその一つだと思うっす。」
「ふーん。」
酒場の喧騒の中で作戦会議は止まらない。
「だって怪しいじゃないっすかあの鎌の瞳。アレが開いた瞬間に右腕がこう…ブチッ!って感じで接続が切れたんすよ、電池が無くなるみたいに。」
「お前の表現は感覚的だな。」
「わかりやすいからいいでしょ!兎に角あの瞳と私の腕がリンクしたんだと思うんすよね。だから腕を取り戻すにはアレをどうにかしなくちゃいけないんだと思うんす。」
「攻撃も当たらねえのにか?」
「そこなんすよねえ…。」
やれやれ、と大きなため息をついてどっかり座っている椅子にもたれかかる彼女は諦観3割、呆れが5割、そして歓喜が2割だ。
「なーんか…すり抜けたんすよね、短剣。関節抑えて一撃でダメにしてやろうと思ったんすけど。」
「ダメになったのはお前の右腕ってな。」
「…うっさい。」
自由の効く左腕で一気に酒を呷ると店員に何度目かのお代わりを注文する。
「また明日、調査しないといけないっすよね。はあ…めんどくさ~。」
情報収集すらもこの有様に、今回の相手は一筋縄ではいかないことを予感させる。
こりゃ大変だな。
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