第14話
「空に揺蕩う貴方の声は~♪」
「なあ、その曲歌うのやめてくれねえか?一週間も聞かされるこっちの身にもなれよ。」
「イイでしょ別に。減るもんじゃなし。」
「俺の精神が減るんだよ、なんつーかもううんざりだ。」
ニーナは定期的に魔物狩りの最中に歌を口ずさむのが癖になっているのだがここ最近は選曲が変化の兆しを見せていない。
今流行りの曲らしいのだが馬鹿が延々歌ってるせいで原曲よりコイツの歌声で脳味噌にインプットされちまった。
なんなら5階の魔物達も歌えるようになってるんじゃねえか?よく見かけるミカヅキモグラなんてサビ覚えただろ。
「さて、ですよ。ししょー。」
「なにがさて、だよ。」
「今日で私は確信しました。私はもう十分強くなったと。」
噂のミカヅキモグラを視線も寄こさずに短剣の一投で仕留めながら彼女は高らかに宣言する。
「おう。」
「明日からいよいよ新ボス…5階の主とご対面します。」
「あいよ。」
5階の主、スレイプニルを3階へと追いやったナニカ。とはいえ既に他の冒険者からの口コミやらなにやらで情報はある程度揃っている。
「まあ折角なので情報収集も戦闘の中で、ってことですよね?ししょー。」
「丁度いいからな。街や酒場で集めてもいいが…アドリブ効かせて戦えるのも冒険者には必要だ。特に上を目指すんならな。」
「そーですよ!私は金級…ゆくゆくは配信者初の最前線組まで行っちゃうんですから!」
「ソロで最前線組って2人しかいねーけどな。頑張って3人目になってくれや。」
目標は高ければ高いほどいい。よく言われる言葉だが時と場合ってものがあると思う。こと冒険者という側面で見るなら高い目標はそのまま高いリスクを示す。
偉業とは、成し遂げられないからこそ偉業とよばれる、少なくとも俺は成し遂げられない側だった。
「そういえば新ボスちゃんって最近名前つけられたんですよね?」
「ん?そうだっけか。」
彼女の問いかけに俺も興味がわいてスマホを取り出しギルドの出しているアプリを開き魔物百科を開く。
アプリにはやたらと華美なデザインをしたUI(どうせジンあたりの指示だろう。)をタップしていきトウキョウダンジョン5階の情報を開く。
そこには見慣れた魔物達の名前の中にただ一つの例外が存在した。
その名前をタップすればギルドに集まっている彼の情報が得られるだろうが今回はネタバレはNG。
尋常じゃなく気になる名前をしているがNGだ。
もう明らかに武器持ち系の魔物っぽいし、どうせ人型なんだろうな等と今までの冒険者としての経験からくる熱を奪うような推測が頭の中を駆け巡る。
「…まあ直接会うまでは名前は教えないでおくわ。」
「え、なんすか。逆に気になるじゃないっすか!」
「いや名前でなんとなくのネタバレを食らってな。」
「あ~…さてはししょー。漫画の最新話が出る日にSNS見てはネタバレ爆撃を食らってるタイプっすね。使い方が下手なんすよ、使い方が。」
「うるせえ。」
いつもより2割増しで憎たらしい笑顔の彼女をどつきながら魔物狩りを再開した。
今日の魔物達は可哀そうだな、俺にどやされるニーナの
◆◇◆
ダンジョン帰り、時刻は既に8時を過ぎている。日はとっぷりと暮れており、むしろ冒険者の帰りを祝うように街のネオンは煌めきを増す。
その輝きの中の一つに誘われるように入店する虫が二人。
「いらっしゃいませ。」
「二人だが空いてるか?」
「…どうぞ。こちらに。」
街の中、冒険者用の店でありながらも頻繁に訪れることはあまりないという変わった店。
いや俺があまり利用してないってだけだが。
「なんか…雰囲気ありますね、ししょー。」
「演出感も必要なんだよ、こういうのは。」
特別に大きい店というわけではないが内装の細部にまで行届いた掃除ぶりやインテリアから見て高級な店であることは彼女も肌で理解したらしい。
「でも
「一応明日から初見の相手と殺るわけだからな。俺でも対処できないようなものもあるんだよ。」
「こちらに。」
案内役の男に通された部屋の中には壮大な魔法陣と付与術者が待ち構えていた。
「うわあ…!すごい!」
「はしゃぐなよ、ガキじゃねえんだ。」
「いらっしゃいませ。初めての方ですか?」
魔法陣に包まれた小部屋の中で礼装を纏った男が俺たちに語り掛けてくる。
「ああ、いや説明はいらねえよ、今日欲しいバフは…。」
「いや何言ってんすか!私がめちゃめちゃ置いてきぼりでしょ!説明聞きたいっすよ説明!」
「あ?あー…じゃあ悪いんだけどこいつに簡単にやってもらってもいいか?」
「承知しました。当店では…」
俺も以前聞いた能力付与屋の説明が繰り広げられる。
専門的なことを省けば数日続く能力強化を金を払って貰うことができるって店だ。
無論店のグレードによって品揃えはピンキリだ。今回来たこの店は程々のランクだな。
「以上になります。何かご質問はありますか?」
「…特にないっす!」
「質問が浮かぶほど理解できてねえって顔してるぞニーナ。」
「…うるさい。」
「はは、まあこういった店ですから実際に体験していただくのが早いでしょう。それできょうは何のバフにしますか?」
「呪殺耐性、あとは…過出血と、何にすっかな。あー…恐怖耐性も付けておくか。能力向上はいらねえ。俺とコイツに頼むよ。」
俺が困る3つの状態異常に対して耐性を付けてもらう。正確に言えば俺というよりニーナが死なないような配慮だが。
「え!折角なら攻撃力増加とかそういうの付けましょうよ!」
「今日はなしだ。んじゃ頼むよ。」
鳴りやまない甲高いブーイングをスルーして付与術者の彼にバフを貰う。
「効果はおよそ一週間ほど続きます。それではこちらを。」
会計の伝票を貰って小部屋からレジの方へと足を運ぶ。
3つの耐性を2人分。たったこれだけで驚きの1万8千エン。
ぼったくりとも思えるかもしれないが適正価格らしい。
厳かな雰囲気から街の喧騒へと戻ってくるとニーナが気になったかのように問いかけてくる。
「なんで攻撃力増加とかは貰わなかったんすか?節約って言われたらそれまでっすけど…折角なら欲しくないっすか?奢ってもらってなんですけど。」
「馬鹿言ってんじゃねえよ、
「いや
「パーティの中にいるなら別だがな。」
能力向上形はなあ…ほんっと良くねえんだよ。
明日に備えて酒場をパスして今日は解散するかそんな考えが俺たちの頭によぎった時。
「あれ…。ミーシャじゃないっすか?」
「ん?」
ニーナの視線の先には人目を避ける様に能力付与屋に入るミーシャの姿があった。すぐに店内に入って見えなくなってしまったが。
「なんか…慌ててたっすか?」
「…気のせいだろ。」
悪い予感がした。とても。
「今日は飲むか。たらふくな。」
「今日は、じゃなくて今日もでしょ。ししょー!」
アルコールで忘れてしまえば気になるまい。そういう俺の浅はかな考えが見透かされてたのかは知らないが今日に限っては上手く酔えずにサイアクな気分で帰路に就く羽目になった。
ああ、気分が悪い。
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