第12話

 外套をちらと見て使い古した短剣を取り出す。


 なんか名前が付いてたんだが…鍛冶屋のジジイはネーミングセンスが悪かったからな、よく覚えてねえや。


「どいてろ!仲間を連れ帰ることだけ考えろ!!」


 倒れた二人を置いていくことを渋っていた動ける二人に告げる。


「なんだ!?」


「わかった!!」


 返事を聞き届けるとそのまま俺はスレイプニルに接敵する。


 腰をかがめ、風の抵抗を減らし、感覚を研ぎ澄ます。


 俺やニーナのような軽戦士にとっての命は速度。これが無くてはやっていけない。


 スレイプニルの体全体を使った横薙ぎのタックルを滑るように躱して右手に携えた切っ先がその黒い体毛で覆われた肉体を切り裂いていく。


 すぐに体をよじって通り抜けたスレイプニルの方へと視線をやれば痛みに呻きながらも戦いのを鳴らそうと足を大きく振り上げている。


 その力の籠った脚目掛けて短剣を身を捻りながらバク宙の勢いを使って投擲。


 命中。


「グオオオ!!?」


 訳も分からずに彼はバランスを崩して横転する。切り裂くというより吹っ飛ばすような勢いを持ったその短い金属の威力に支える足は耐えられまい。


 俺も俺で態勢を一息で戻して再度走り込む。


 走れ、走れ、8本脚に後れを取るな。


 立ち上がる前に片を付けろ。従者なんざ呼ばせるな。


 外套からさらに二本のお代わり。右手の指と指の間に挟んでジャグリングの要領で宙に投げながら加えて三本。


 慣性を乗せる。速度が乗れば、威力は増す。


 投げて投げて…投げる。丁度空から先ほど投げたもう二本が手に帰る。


 もう一度、もう一度だ。


 嵐のごとく、そう教わったっけ。


 両の凶器が手のひらから離れる頃には怒れる駿馬は息絶えていた。


 怒る暇すらも彼には無かったかもしれないが。


 ◆◇◆


「はあ…久しぶりだな、こういうのは。」


 本気…とまではいかないが適当にやってたらダレルのは確かだ。


 それに一刻を争う状況でもある。彼ら彼女らはどうなったろうか。


「あ、あんた!」


「ああ、逃げてなかったのか。早く戻って聖教会に行ってこい。?」


「ああ、それはそうなんだが…礼ぐらいは、」


「いらねえから。そういうの、自己満足に過ぎねえしなこれも。さっさと行ってやれ。寿命が縮んじまうぞ。」


「助かった、必ず恩は返すから!!」


 彼ら二人は仲間の亡骸を背負っては何度もこちらに頭を下げて走り去っていった。


 ま、死んですぐならのデメリットも少なかろう。寿命2,3年ってとこか。


 死体の状態もいいし大丈夫だろう。


「ったく、間に合ってよかったよ。」


 なんだか嫌な予感はしていたんだよな。昼にすれ違った時から。


 明らかにスレイプニルには敵わない戦力でありながら3階に向かおうとしてたもんな。あの時止めときゃ良かったよ。


 冒険者は自己責任が全てではあるがお節介をしてはいけないってルールもないしな。


 御蔭で今こうして骨を折ってをする必要があったわけだし。


た時にああしておけばよかったなんて思いたく無いんだよ。寝る前に気分が悪くなる。」


 折角なので短剣がいたるところに刺さったスレイプニルの素材をある程度剥ぎ取ってからダンジョンを後にした。早く帰んねえとニーナにどやされちまう。


 帰りの足取りは軽かった。善行を積むと何か成長したような気がするよな、ヒトとして。


 …冗談だよ。俺が許される日は来ないよな、


 ◆◇◆


「ひひょー!どこいっれらんれすか!!」


「酒くっせえなあ、俺が来るまでにどんだけ飲んだんだよ。」


 俺が酒場に着くころには彼女はしたたかに酔っぱらっていた。確かにニーナは酒に強い方ではないがにしても飲むペースが速すぎるだろ。


「今日はめんどくせーだろうなこりゃ。」


「あにがめんどくさいってえ!?」


「なんでも。マスター、エールを一杯。」


 帰るころにはぐでんぐでんだろうな。前に店で吐かれたときは二度と介抱してやらねえと思ったがコイツの酔った時の無防備さを考えると結局家まで付き合わされることになる。


 運ばれてきたエールをちびちび飲みながらより一層喧しい馬鹿生徒の声を聴いては夜を過ごした。


 翌朝、珍しく動かした肉体が悲鳴を上げる音を聞いて目を覚ます。


「ってぇな…。マジで年なのか…?」


 筋肉痛というよりは久しぶりに動かした反動とでもいうべきか。


 なんにせよこんな有様ではいよいよ冒険者はやっていけまい。


 スマホを起動して時間を確認すると見計らったかのようにニーナから電話がかかる。


「…もしもし。」


「見ました?ししょー!?見たっすよね!?」


「っせえな…朝から辞めてくれ…なんなんだよ。」


「またまた~謙遜しちゃってえ~!」


 いつにも増してうぜえなコイツ。昨日ミーシャとどんどん差が開くーって泣いてたの忘れてねえからなバカ娘が。


「んでなんなんだ。しょーもない内容だったら酷いぞ。」


「しょーもなくないですよ!見ましたよ!切り抜かれてるの!」


「あ?」


 切り抜かれる?俺の肉体が?何言ってんだコイツ。いや配信のことか?いやでもそれもねえだろ。


 スマホなんざ常に外套の中だしそもそもネット上に動画を投稿したことすらねえ。


「ほら!スレイプニルのやつ!!んもー、あの時言ってくれれば良かったのに。私もついてったっすよ!」


「あー…。なるほど?…めんどくせえな。」


 ようやく納得がいった。スレイプニルの討伐、つまりはあの時の新人パーティは気づかなかったが丁度配信もやってたんだろう。


 その時の様子が少しだけ切り抜かれてたってとこか?


「はあ…お前に知られるとめんどくさいだろうなって思ってたんだよ。予言的中だな。」


「なーにがめんどくさいっすか!今日は色々話聞かせてもらうっすから!」


 五月蠅さ二倍増しってところだな。憂鬱な気分を引きずりながら支度を終えて彼女と待ち合わせる。


「おっはよーっす。」


「あい、おはようさん。」


「なんか眠そうっすね、ししょー。」


「誰が夜遅くまで付き合わせたと思ってんだよ。」


 寝不足の原因様がよくもまあ言えたものだ。とぼけた顔をして首をかしげる彼女は憎たらしいほど愛嬌がある。


「はあ…顔がいいってのも考え物だな。」


 うっかり漏らした言葉のせいで余計に騒々しい会話が繰り広げられたのは語るまでもないだろう。

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