第11話

「ねえししょー。」


「なんだ?」


「ししょーは人を殺したいと思ったことってあります?」


 グサリ、と何度も何度も繰り返したその短剣を抜き取る行為も見飽きたなんて言葉じゃ表せない。


 アメジストフライも何体倒したろうか。ニーナとの関係も9か月目。そろそろ5階に足を踏み入れようかという頃合いになっても資金繰りという面ではこの紫の小鳥は役に立つ。


 呼吸をするがごとくに解体作業を行う彼女は一級職人の様な面構えだ。


「いきなり物騒な質問するなよ。怖いだろうが。」


「いやチョーッと気になっただけっす。」


「それが逆に怖いんだよ。何があったらそういう事が気になるんだよ。なんだ?俺を殺したくなったか?」


「んなわけないでしょもっと頭使ってください。」


 なんで俺がキレられてるんだよ。人を殺したいと思ったこと?んなもん数えきれないほどあるだろうさ。いちいち覚えちゃいないがね。


「そりゃ誰にだってあんじゃねーの、なんだ嫌な事でもあったか。」


「いやそういう訳じゃないんですけど…私達って普通に考えてそこらの人間に負けないじゃないですか。」


「そもそも人間同士で命かけて勝った負けたって状況があんまりないだろ。原始時代じゃあるめえし。」


 一応法に遵守するのが前提の人間様である以上、冒険者だろうが力を持っていようが強権的な振る舞いはあり得ない。


 如何に強者であろうとでは数十人殺せても遠方から重火器でズドンで大抵の奴は死ぬ。寝ない人間、休息を必要としない人間がいるなら別だがな。


「なんていうか…私にセクハラしてくるジジイとか見ると殺されるのが怖くないのかなって思うんすよね。私がトチ狂ったらそこで人生お仕舞いじゃないですか。」


「あー…お前露出多いもんな。服着ろ、目一杯な。」


「この蒸し熱いダンジョンの中でクールビズを求めることの何が悪いんすか。」


 彼女の戦闘スタイル的にもやや薄着になるのは仕方ない。機動力を売りにしている以上は必要経費みたいなものだろう。10階から15階の光景を見たコイツの絶望顔を見たい気もするが。


「でなに?殺しちゃったの、そのセクハラ爺。」


「殺してたらそもそもこんな質問しないっすよ。でもなあ…配信始めたらそういうのと付き合わなくっちゃいけないんだろうな~…。」


 アメジストフライの解体を終えて外套から取り出したスマホを弄るニーナの顔は物憂げだ。


「別に無理して配信しなくてもいいんじゃねーの。」


「それじゃあ何のために冒険者やってるのかわかんないっすよ。私は承認欲求が欲しくて始めたんすから。」


「承認欲求ねえ、それで腹が膨れるなら俺も欲しいと思ったんだろうが。」


「ししょーは逆に世間体を気にし無すぎですよ。ある意味浮浪者って感じっす。」


 電子機器の画面を見ながらいけしゃあしゃあと宣うアホをぶっ飛ばしてやろうかとも思ったが辞めた。


「よし、記録かんりょーっす。どうしましょ?昼ごはん食べます?」


 液晶をタップして午前の戦果を日記のごとくつけている彼女は振り返って問いかけてくる。


「時間は?…13時か、まあぼちぼち食っとくか。今日はなんなんだ?」


「今日はっすねえ…サンドイッチっす!」


「1か月連続記録更新だな。」


「しょーがないでしょー!?私が好きなんすからししょーの舌が私の好みに合わせるべきっすよ。」


 彼女の作るサンドイッチも美味しいことは美味しいが何度も何度も食ってると飽きを通り越して作業のようになってくる。いや美味しいんだがな?


「2階降りるか。」


 3階には依然スレイプニルが闊歩している。確かにニーナがとどめを刺したがそれとはの個体が虚空発生ポップしている。


 ダンジョンにおける解明されていない謎の一つ魔物の発生である。


 人が見ていないうちに突如発生していると考えられる魔物達は今日も国の学者たちの頭を悩ませる物種だ。


 一説では魔法科学エーテリエンスで説明できると言われていたが…専門的なことは分かんねえな。


 ただ面白いのは逃げてきた5階じゃなくて3階で再発生リポップしていることだよな。今まで5階で死んだら5階で蘇ってたのに今のスレイプニルは3階で発生してる。


 ダンジョンの謎は深まるばかりだな。


「お馬さんが私のサンドイッチを狙ってくるっすから。」


「アイツにとって美味しそうなのは多分オマエな。」


 馬鹿を言いながら階下に降りようとしているとすれ違うように下から3階の方へと向かってくる一団と遭遇する。


 人数は4人、使い込みの浅い装備や身なりから見て一般的な駆け出し冒険者パーティといった所か。


「どうも!こんにちは。」


 ニーナが威勢よく返事をすると向こうも挨拶を思い思いに返してくれる。ただ元気がない…というよりは緊張している?


「3階に行くのかい?」


「ええ…、アメジストフライを倒そうと思いまして…。」


 大方ギルドからの支度金だけでは食っていけないと理解し始めた頃合いなのだろう。特にパーティを組んでいるなら相当魔物を倒さないと今日を過ごすのも難しい。


「ふーん?頑張ってねー!」


「…気を付けろよ。」


「ハイ、では…。」


 彼らのリーダーなのであろう青年は皆を引き連れて上へ上へと石造りの階段を上ってゆく。


「…?どしたの、ししょー。」


「…別に。俺の選択が正しかったかどうか、後悔していただけだよ。」


「…よくわかんないの。」


 そのまま先を進んでいくニーナは今のやり取りのことなど忘れてこれからの食事の事しか頭に無いようだった。


 食事の最中での雑談で、午後からはいよいよ初の5階に足を踏み入れるという話題以外、大したことは話さなかった。


 ◆◇◆


「けっこー警戒してたんだけど…別に大したことないかな。どう思う?ししょー。」


「そうだな…の初見対応も文句ねえしな。十分なんじゃねえか。あとは残ったボス魔物様だな。既に討伐動画も上がってるようだが…俺も確認してねえから初見みたいなもんだ。」


 5階に足を踏み入れた!なんて仰々しく言ったがニーナにとっては朝飯前。夕飯前のこの時刻にそんな表現をするのはオヤジギャグのような寒さがあるか?


 しかし事彼女は5階だろうが苦戦する要素はない。懸念点は新たに発生したスレイプニルを追いやったボス格の魔物だろう。俺も情報は敢えて集めていない。


 冒険者をやるなら情報収集など基本中の基本だ。だがかといってアドリブが効かせられないってのも致命的。そこで今回はニーナにも伝えたが情報収集から始めることにした。


 SNSで集められる物を実際に戦って集めるのは非効率の極みだが…効率だけを追い求めているといつか足元を掬われる。


 なーに最悪俺が付いてれば死ぬことは無かろう。そんな驕りが成せる指導方法かもな。


 残りの3か月をみっちり使って6階につながる階段を守るように存在するであろうボスを攻略していくことになる。


 二人してダンジョンを降りながらこれからについての希望やらなにやらを語っているとふと、喉に刺さった小骨のような存在を思い出す。


「おい、今日は先帰っとけニーナ。」


「え?なんすか。忘れ物っすか?」


「そんなとこだな。忘れ物っつーか忘れてたままにしとくと気が悪くなりそうっつーかな。」


 説明するのもメンドクセえ。


「先に酒場行っとけ、あとから追っかけるから。」


「はーい。」


 特に文句も言わずに俺の指示に従う彼女。妙な詮索をされるとダルイなあ、などと思っていたので好都合だ。彼女からの信頼をそう捉えるのはどうかとも思うが。


 彼女と別れると全速力で走りだす。別に何もなければそれでいい。杞憂ならばそれでいい。唯、何もせずに帰ったら寝るときに思い出して嫌な気分になるんだ、きっと。


 走って走って…、やがて南西の方角から戦闘音が聞こえてくる。


 到達点を設定し、音を頼りに足を走らせてやれば思った通りの光景。


「くそ!アイリスとバーキンの体は何としても持ち帰るぞ!」


「無理だ!!とてもじゃねえけど背負えねえよリーダー!!」


「だからって捨て置けるかよ!!ローラン!」


 阿鼻叫喚の地獄絵図がスレイプニルと俺の眼前に広がっていた。まあ、その地獄を生み出したのは燃える怒馬なのだが。


「ああ、よかった。コレで今日も気持ちよく寝れる。」


 そう呟いて行動を開始した。


 俺が気づくべきだったのはこの場にいたのは俺を含めた5人の冒険者とスレイプニルだけじゃなかったってことだな。



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