第9話
「~♪」
トウキョウダンジョンその3階、最早見知った庭のような場所になりつつある此処で、ニーナの鼻歌が響いていた。
「今日はがっつりやる気なんだな。」
「ええ、あのお馬さん野郎をぶっ飛ばしてやりますから。」
約一週間、ニーナはスレイプニル対策に時間を費やし、そして今日が彼女のいう所のお馬さん野郎を討伐する決行日である。
「この前は様子見で撤退戦にしましたけど、今日は倒すまでやるんで。どっちかが倒れるまでのデスマッチっすよ。」
「さーてどっちが倒れるかねえ。」
「ししょーは私の応援してくださいよ!!」
今からBOSS格の魔物と戦うというのにこの緊張感の無さ。人によっては眉を顰められそうだが逆にとればいつも通りのパフォーマンスを出せるってことでもある。
「んー、でも久しぶりに3階に来たっすけど…こんな感じでしたっけ?」
「いや?全然違うな。予想の範疇ではあるが。」
以前と比べて3階は視界が開けていた。何者かに薙ぎ倒された木々によって。
この世界は弱肉強食。例えダンジョンだろうが変わらない。お馬さんは巨体を活かせない3階で生きていくために邪魔な木を片っ端から片づけたという事らしい。
まるで模様替えをするように、住みやすい環境を整えたいのは人も魔物も同じみたいだ。元々3階に棲んでいた魔物達、特にアメジストフライなんかはたまったもんじゃないだろうが。
そして当然、見晴らしのいい3階では目標もすぐに見つかる。
「じゃ、
「あいよ。」
そう言い残して彼女は臨戦態勢に入り一目散にスレイプニルへと駆け出していく。
8本の足に以前の負傷はない、個体差はあるが強い魔物ほど傷の治りは早い傾向がある。つまりは完全に仕切り直しということだ。
向こうもこちらの姿を視界に捉えると嘗ての怒りを思い出したかのごとくに
「まーずはこれ!」
走り込みながら彼女は外套から短剣を取り出す。以前と違うのは入念な準備をしているかしていないかという違い。
一般に魔物には耐性というものがある。例えば炎に強い、氷に弱い、雷が効かない…スレイプニル関していえば氷属性に弱い。
ニーナは突進してくるスレイプニルをギリギリで躱しながらすれ違いざまに右手に持った短剣を振り抜いてその脚を切りつける。
傷が浅いのかうめき声すら上げずに駿馬はUターンして再び突撃しようとするが何故か足がもつれて派手にすっ転んでしまう。
走ることに重きを置いた魔物がすっ転ぶなどと言う凡ミス中の凡ミス。動物が息の仕方を間違えるが如きソレに駿馬は動揺を隠せない。
「おおー!高い金払った甲斐があるっすね!
彼女が握る短剣には氷属性の魔力が封じられており、切りつけるだけでその部位が凍り付く。
例え突撃を躱しながらの浅い攻撃でも有効打にしてしまえる。これこそが準備して魔物と戦うという意味、無策との違い。
凍った一脚を引きずりながらも立ち上がるスレイプニルは、しかして其の闘志が揺らぐ様子は見られない。
諦めることなくニーナに向かって一目散に走り込んでくるが当然ながらキレがない。
「よっと!初撃さえ避けたらこっちのもんってね!!」
再演、身をよじりながらの一撃がさらに別の一脚を捉えると魔力の冷気が脚の機能を奪ってゆく。
流石に学習したのかそのままの勢いでUターンはしなかったが既に2脚がつぶれた事実に変わりはない。
緩やかな死。誰が見てもスレイプニルの敗北を確信しているだろうがそんなことで終わるなら彼は伊達に長年5階の覇者をやっていない。
「グオオオアアアア!!!!!!」
ニーナへと恨みを籠った視線を送りながらその場で足踏み、地ならしをするとそれに応える様に地中から振動が帰ってくる。
どんどんその振動が強まってくると地面の中から2体の魔物が顔を出す。
通称、怒馬の従者と呼ばれるモグラの如き魔物スレイプニルに付き従う。そしてそのまま彼らがニーナに向かって攻撃…かと思いきやモグラたちは炎のブレスをスレイプニルの脚に吐きつける。
炎に強い駿馬の凍り付いた脚はたちまちその速度を取り戻す。少なくないダメージを負おうとも速さを得ることを求めたのだ。
「さあ、こっからが本番っすよ。見ててくださいね、ししょー。」
一周回って穏やかな声で零す彼女を俺は見ていることしかできない。
死闘を制すはニーナかスレイプニルか。戦いの幕は今上がった。
◆◇◆
「…はあ、はあ。」
息を切らし、肩は揺れる。足元に転がった2体の従者は既にこと切れていた。
とはいえニーナの肉体も従者達の鉤爪による腹部の裂傷に加え、かすっただけのスレイプニルの突撃で左腕は折れていた。
「グオオオ!!」
スレイプニルの怒気は止まない。怒りとは溢れて零れ、全てを飲み込む。
もう彼の馬には後を考える余裕などない。
凍り付いた足を片っ端から燃やさせた代償にその脚は動きはすれどズタズタだ。
ただ一人目の前の許しがたい存在を踏みつぶせればそれでよい。果てに己が燃え尽きようと小娘一つ、轢き殺せればそれでよい。
ブレスによって燃え盛る
そして二人は向かい合う。
互いにこれが最後だと理解している。
泣いても笑ってもあと一回。疲労困憊のニーナは果たして躱せるだろうか。
少しの静寂の後、駆け出す両者。
「あっ。」
何とも間抜けな声に合わせる様に足がもつれて派手にスっ転んだニーナ。氷属性で転ばせてきた側が最後に足を救われるのは皮肉が効きすぎだろうか。
その好機を燃える駿馬が逃すはずもなく巨体がニーナの小柄な体を踏みつぶす。
激しい死闘の決着はなんとも呆気ないものだった。これにて終幕。ニーナの冒険者人生もコレで幕引き。主演の彼女に喝采を。
それでは皆様盛大な拍手で左様なら。
◆◇◆
「ふー…やっと効いたっすよ、毒。」
ザクっとスレイプニルの心臓から短剣を抜き出すニーナは歩いて近づく俺に笑顔で勝利報告をする。
「ブイ!」
「お疲れさん。」
片手でVサインを作って笑う彼女は微笑ましさを感じさせる。
「いや~ボス魔物は毒の耐性が強すぎるっすよ。」
「幻惑毒は効きが悪い事が多いからな。」
元々彼女は短剣に毒を塗って戦うスタイルだ。当然、
2階の魔物からとれる幻惑毒がスレイプニル対策だったのだが効果が表れたのは最後の最後。
満身創痍の両者が向き合う時、スレイプニルは地面に転がる従者のうちの一体に向けて突撃し始めたのだ。
要はスレイプニルには従者がニーナに見えてしまったというわけだ。動かないそれをニーナが転んだのだと錯覚したのも踏みつぶしたと錯覚したのも、勝ちを確信したのもすべては泡沫の夢。
幸せな夢に包まれながら心臓を貫かれた彼の最後は幸福だったと言えるだろうか。
「ししょー、おんぶしてください。」
「…はあ、わかったよ。」
スレイプニルから得た素材でどんな武器を作ってもらうかを背中の上で楽しそうに語る彼女の未来に思いを馳せる。
どこまで強くなるのだろうか。何階まで駆け上がってしまうのだろうか。
いつかは迷宮の中で息絶えてしまうのだろうか。
冒険者なんて辞めてくれたらいいのに。
俺はスレイプニルのように誇り高くは生きられない。
見知った顔には生きていて欲しいと、そう切に願うだけだ。
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