第8話

「あっま…よく食えるなこんなもの。」


「えー?おいしいでしょ。」


 目の前で常識を超えた糖度を誇るケーキがニーナの口に消えてゆく。


 少しだけ分けてもらったがアレは人の食い物じゃないな。少なくとも俺の食い物では無い。


「やっぱりご褒美が無いと頑張りがいが無いっすよねえ。」


「代価は俺の貯金の減少だがな。」


 スレイプニルとの交戦から数日。合格とはいかないが戦い方は完璧だったので何かひとつ褒美をやると言ったらスイーツを食べたいと実に少女らしい返答が帰ってきた。


 ただバイキング形式のこの店はおっさんになりつつある俺には居心地が悪いったら無い。


「今日の夜取りに来いっつってたか、鍛冶屋のジジイ。」


「お馬さんに5本もプレゼントしちゃったっすからねえ。いっぱい作ってもらわないと手持ち足りないっすよ。」


 元々造ってもらう予定ではあったが手持ちの武器のストックが足りないってのはかなり致命的だからな。ここ数日は魔物狩りもそこそこにとどめておいたわけだし。


「うーんでもあれっすよねえ。」


「あれってなんだ。きちっと喋らねえから最近の若者はーなんて言われんだよ。」


「やっぱり年寄りは説教臭くてダメっすね。」


「大丈夫ですー。まだ30代入ってないから年寄りじゃありませんー。」


「キモ。」


 もぐもぐ、もぐもぐ。彼女はしゃべりながらも糖分の塊を口に運ぶことに余念がない。冒険者という事を加味しても彼女はかなりの大食いだ。一体全体、背の低いその肉体のどこに収納しているのやら。


「あのお馬さん、結局5階からのが移動の原因だって確定したんでしたっけ。」


「ん?あーそうだな。新人冒険者の登竜門が3階と5階に増えたってわけだ。ソロ冒険者には冗談抜きで死活問題だろうね。」


 なんならソロでなくったって大問題だろう。大抵の新人は3階のアメジストフライを収入源にしている。最近は乱獲によって供給過多になりつつあるがそれでも価値は未だに高いままだ。


 それを倒すために3階に行ったら化け物クラスの魔物がいましたなんてシャレになっていない。


 ニーナは普通に戦えていたがそもそも彼女は天才なのだ、並みの冒険者があれといきなり出会ったら高確率でダンジョンの藻屑と化す。


「ギルドはどうするのかねぇ、トウキョウダンジョンの難易度を引き上げてもいいと思うが。」


 この国ニホンには各地でダンジョンが存在する。そして冒険者ギルドは各地のダンジョンに対して難易度を設定している。


 難易度は様々な要因を加味して付けられるが一例としてトウキョウダンジョンの難易度は☆8。


 まあニホンではって覚えとけばいい。それが一番と並ぶかもしれないってレベルの問題だ。


「でもししょーとかからしたらあんまり大した相手じゃないんじゃないっすか?スレイプニルも5階の新たなボス魔物も、あんまり難易度に影響しなそうですケド。」


「うーんとな、難易度は新人を指標にするんだ。そりゃどこのダンジョンだろうが深く潜れば難易度なんざ上がるんだ。だからこそのダンジョンの難易度は…いわゆるとっつきやすさの目安なんだよ。」


「ふーん?よくわかんねえっすけど。」


「難しい話は辞めとくか。俺も疲れてきた。」


 大事なのはニーナが今後どうするかだしな。スレイプニルの討伐に拘ってもいいし、スルーして4階に行く、或いは5階の新魔物を見に行ったっていい。


 何やったって自由なのが冒険者の特権でもあり自己責任の極致だ。


「よし!もう一回お代わりしてきまーす!」


「…そうかい。」


 ニーナは甘いひと時を、俺は周囲の視線と戦いながら砂糖なしのブラックコーヒーでにがーいひと時を過ごした。


 ◆◇◆


「ようこそ!冒険者ギルドへ。本日はどのようなご用件でしょうか?」


「知人に会いに来たんだが…、ジンは今面会できるかな。」


「ああ、ジンさんですか?少々お待ちください。」


 ギルドの受付嬢はそう言ったきりカウンターを離れると数分してギルドの奥の階段から見知った顔が降りてきた。


「久しぶり、グレイ。」


「黙れよ、誰のせいで俺がこんなことやってると思ってんだよクソ野郎が。」


 嫌な笑顔で俺の方へと向かってくるのが俺を新人指導者として登録しやがったクズことジン・キリサメだった。


「今日はどうしたの。俺に会いに来るなんて珍しいじゃん。」


「っせーな、別に会いたくなかったんだがよ。ちったあギルドのお偉い様の意見も聞かねえとめんどくせえだろうなってな。」


 ジンは俺と同年代でありながら冒険者ギルドでもかなりの地位に就いているらしい。なんとか管理部門とか、ナントカ対策委員の委員長だったり…肩書が増えすぎてよく知らないが。


「ああ!なに。俺がトウキョウダンジョンの難易度審査についてのポストに就任したの知ってんの?」


「知ってるわけねえだろうがよ!新人指導の規定に変更がありそうかどうか聞きに来ただけだっつの。」


 そう、居心地の悪い店を抜けニーナと別れてここに来たのは意味がある。


 簡単に言えば卒業の認定の可否だ。今までは5階の攻略ができることを新人卒業として扱っていたが今では状況が多少異なるだろう。


 俺はまだ5階の新たなBOSSに出会っていないためにどれ程の強さの奴が居座ってんのか知らないが…場合によっては3階攻略で扱いにするかもしれない。


「それはもう上から指示が出ててね。5階攻略以外にらしいよ。」


「…ふーん、そうかい。」


「思う所あるだろうけどね、そう言われたら俺も従うしかないんでね。ありのままを伝えるだけだよ。」


「別にお前に文句はねえよ。しっかし5階攻略ねえ…。」


 新人と指導者の関係には様々な規定があるが1年たっても卒業できない場合、その立場を辞めることができる。


 ま、ギルドはあーだこーだと理由をつけていたがわかりやすく言えばって話だ。


 指導者側にも色々と思惑はあるだろうしな。それでも最低一年は面倒を見るのは前提だが。


「ニーナはどうするのかね。」


 彼女と出会ってもう半年だ。これからの6カ月を彼女はどうするのか。


 そして俺はどうするべきなのか。


 答えの出ないままギルドを後にした。


 外は暗い。日も落ち切った今は冒険者たちの帰還で街が賑わい始める。


「あ!ししょー!」


 雑踏の中でこちらを偶然見つけて手を振る彼女。


「ま、どうでもいいか。先のことは。」


 今を楽しんで生きていかなきゃ生きてる意味が無い。


 昔言われた言葉が俺の頭で反響していた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る