第7話

 どうせ今日も雑魚狩りをしながら一日が終わる、そう思っていたのだが訂正しよう。今日はちょっとだけダンジョンの様相が違った。


 大抵の場合、朝から潜っていれば昼食ごろまでには2,3パーティと遭遇するものなのだが今日は少し勝手が違った。


「なんかだーれも見てないですね、今日。」


「ん?あぁそうだな。まあそういう日もあるだろ。」


 いくらダンジョンが其処まで広くないとはいえ全く会わないってのも日によってはあるだろう。そう思っていた俺の考えは少々浅はかだったらしい。


「あー…なるほどな。めんどくせーなこりゃ。」


 時刻は12時、ニーナが作ってきたというサンドイッチを頬張りながら休憩がてらスマホを見ているとSNS上で話題のトピックがあった。


「ほら、みろ。今日の朝の発表だ。ギルド寄っとけばよかったな。行く前に準備出来たろうに。」


 トレンドで話題を呼んでいるのはトウキョウダンジョンの魔物棲息図について。


「なんすか?コイツ。」


「知らねーのか?いや言ったこと無いなそういえば。」


 ダンジョンというものには未解明の要素が多い、これだけ技術が進んでいようと、だ。


 例えば5階に棲んでいたが今日の朝に突然、生息域を変えたとしてもおかしくはないという事でもある。


 とはいえ何か事情はあるだろうが問題はその移動先が俺たちのいる3という事実。


「コイツは5階の…なんだ、ボスみたいなもんだ。」


「説明をめんどくさがらないで欲しいっすね。」


 コイツ色々と説明しようとするとだるいんだよなあ…。注意しなくちゃいけないこと多いんだよ。


「どうするよ、まあ言っちゃあなんだが多分お前でも勝てるんだが…というよりほぼ勝つんだろうが。なんか嫌な予感がするんだよな。」


 5階の番人、スレイプニル。神話上の名を与えられてはいるがあくまでも5階の覇者でしかない。


 新人がいっぱしの冒険者として認められるような登竜門のような存在ともいえる。


 故に俺達指導者側の冒険者は生徒側にでこいつを倒すことを卒業の課題としていることが多い。


 俺もそうしようと思ってたんだがなあ…。


「ししょーはどう思うんです?その嫌な予感ってのはなんなんすか?」


「いや…どう言ったもんかな、別にBOSS格の魔物が階をまたぐこと自体は時々あるんだがな。原因が分かんねえんだよな。」


 ダンジョンに不明な点が多いとはいえ大抵は自然の法則に従っている場合が多い。例えばより強い魔物が縄張りから押しやったとか、そういうの。


 だがSNSやギルドの出している情報サイトではそのような話はない。ただスレイプニルが3階に来たというだけ。本当にというのが帰って気味が悪い。


「…わかりました師匠が気にしてるんなら真正面からやるのは辞めます。」


「俺もそれもお勧めする。」


「でもちょっと見てみたいので撤退戦の形で軽く小競り合いしていいですか?」


「あーそれならいいよ。逃げる前提な。なんも異常が無けりゃあそれでいいんだがな。」


 こんなやり取りを昼休憩の時にして午後の方針を決めた。ああそれと全く話していなかったがサンドイッチはとてもウマかった。


 冒険者なんざ辞めて料理人でもなればいいのにと思ったのは秘密だ、どうせ怒られる。


 ◆◇◆


「全然見付かんないんですケドししょー…。」


「どうするよ…そんな無理して会うもんでもねえぞ、アイツ。」


 時刻は6時、なんと昼休憩から6時間も雑魚狩りをしつつ3階を歩き回ったが見つからないのである。3階は木々も多く魔物の警戒に神経を使う。


 雑魚狩りなんざ普段もやっていることなのだが…探し物をして見つからないというのはちょっと変わった疲労感をもたらすものだ。


「はあ…なんか疲れちゃったっす。」


「まだ探すか?あんまり夜に戦うのはオススメできね…」


 失せ物探しにはよくあることだが探すのを諦めようかと思った時に見つかるものだ。


 今回もだったのは幸か不幸か。


 やや暗くなってきたダンジョンの中、普段ならばアメジストフライが巣でも作っているであろう森の中。それでもなお放たれる強大な肉体の存在感に人は視線を奪われる。


 荒れた鼻息をふかす凶悪な面構えは新人にはキツイだろうな。


「ししょー、あれ!あれ!」


 木陰に隠れながら小声で向こうを指さして喜声交じりにこちらを見てくるニーナは虹を見つけた子供のようだった。下手な心配は杞憂に終わったらしい。


「騒がなくても見えてるよ。んで?どうするよ。」


「は?何言ってんですか。此処で見逃したらもったいないですよ。ちょっとやり合わないと今日何しに来たかわかんないですって。」


 ボリンジャー狩りとニクラス鉱の採取だろうが、と言いかけたが野暮の一言で片づけられそうだ。


「んじゃ行ってこい。ま、死にかけたら助けてやるよ。ある程度やったら逃げてこい。」


「はーい!」


 一目散に影から飛び出して5階の主と接敵する。いやもうその呼び方は相応しくないのか。


「シッ!」


 ニーナが駆け出しては向こうが気づく前に外套から短剣を2本抜き取ってそのままの動作で投げ抜ける。


 スレイプニルは馬のような外見をした魔物ではあるがコイツを異形たらしめるのは足の数。8のソレの2脚に深々と短剣が突き刺さる、出血は少ない。


 一連の洗練された動作は最早新人冒険者とは呼べないレベルにある、見る者が見れば芸術的というかもしれない。


「ギィイ!?」


 聞くに堪えない呻き声を上げながらも流石に強敵、ニーナがさらにもう3本のを投げようとする前に反射的に突撃を開始する。


「うわっ!ととと…、ありえないでしょ、それ。」


 間一髪、ギリギリで間に合ったというべき回避だが間に合わせただけ上出来だろう。


 2脚が傷を負っていようが8本もの足を持つ生物の特徴なんて考えなくったって分かるだろう?


 足がとんでもなく早い、で。


 ニーナというゴールを失ったスレイプニルの体はそのまま大樹に激突し爆音とともに薙ぎ倒す。


 もし人間が直撃したなら?想像したくもないね。


「はあっ!」


 スレイプニルがもたついている間にニーナが投げそびれた3本を投げつけるが1脚に2本が刺さり、もう1本の短剣は空を切る。


「っと危ない危ない。」


 未だ5脚は健在。怒りに嘶くスレイプニルの突進をひょいひょいと周囲の木々を利用した高低差のある回避でいなしていく。


「うーん…でもなあ、ジリ貧って感じ?どうしよっかなあ。」


 スレイプニルの激情のボルテージが上がっていくのに対してニーナのほうはドンドン熱が冷めてゆく。


 正確にはもうをつけてしまったというべきだろうか。


「ししょー!逃げまーす!!」


「あいよ。」


 彼女の方針に従ってこちらも行動を開始する。


 先を行く彼女に追従する形で彼女の影を踏む、当然スレイプニルもこちら目掛けて猛追してくるがなんせ木々だらけのこの階では彼の巨体は不利に働く。


 ニーナが退に足を狙ったこともあり、やがてはスレイプニルを撒いて2階へと雪崩のように逃げ込むことにに成功した。


「ししょー!何点?」


「…100点、合格はやれねえけどな。」


 こうして平凡なはずの今日は、エキセントリックに幕を下ろした。


 なによりもニクラス鉱を掘り忘れて鍛冶屋のおっちゃんに怒られたことは言うまでもない。


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