第6話

 飯所「宴」


 最近は此処で食事をとるのが俺たちの間でのブームだったりする。特にこれがウマいとか口コミがどうとかいう訳じゃないが、あるだろう?なんか気に入ってる飯屋ってものが。


「っぱ朝は米だよな。米とトゲアサリの入った汁物だよ。」


「なんか日を追うごとに爺臭くなってくよね、ししょー。」


「うるせえ。」


 確かに年を重ねるとともに舌も変わったような気がするな。最近は脂っこい肉がキツくなってきた。


 現役バリバリの頃はブラックファングの肉とかすげー食ってたのにな。今じゃ全然食えなくなっちまった。


「いつもどおり9時から行くか?」


「うん、装備整えてたらそれぐらいだと思う。」


 食事をとり終えて温かい茶を飲みながら今日の段取りを軽く決める。ちなみに言いそびれたがニーナが食べてたのはカツ丼な。


 朝からスゲーよこいつは。


「あー…半日ってことは何だ。帰りは夜の8時ぐらいか?」


「久しぶりにボリンジャー倒しとこーと思って。」


「そーかい。」


 ボリンジャーは3階の夜に動き始める魔物だ。


 昼と夜ではダンジョンの攻略難易度は大きく変わると言われるが特に3階は顕著だとされる。


 昼に現れるアメジストフライと違って単体でうろつく魔物だがその肉体は強靭。


 熊のような見た目を伴ってはいるが鮮やか過ぎる5色の毛皮は3階の五色悪魔ごしきあくまと呼ばれたりする由来だったか。


「うし、そろそろ行くか。おっちゃんお勘定。」


 2人分の飯代を払って俺たちは店を出る。


 時刻は8時過ぎ、これから武具防具の取り扱いをしている鍛冶屋と薬やポーション等を取り扱う冒険者用の薬屋くすやに行ってダンジョンに行けばまあ9時ごろか。


「そろそろ新調した方がいいかな、短剣。」


「今ストック何本だっけ。お前。」


「んー、外套に7本とー…バッグに予備で5本?」


「外套の奴はもう結構古いだろ、打ち直してもらうか?」


「ボリンジャー倒すついでになんだっけ、あの鉱石。」


「ニクラス鉱な。」


「あれ掘って新しく作ってもらおっかな。」


「あいよ。」


 迷宮に存在する物質は迷宮外で得られる物とは性質から何まで異なっている場合が多い。


 低階層で撮れるニクラス鉱ですらそこらで掘れる鉱石より質が高い。なんでも魔力がどうとか言ってたが鍛冶屋のジジイの話は長くて途中で寝てたので覚えていない。


 飯屋から移動して贔屓にしてる鍛冶屋に向かう。


 ◆◇◆


「どーも、今日も来たよ。」


「おはようおじちゃん。」


「おう、ニーナにグレイか。おはようさん。」


 鍛冶屋「漢気」


 掲げたボロボロの看板から筋金入りな感覚を漂わせているこの鍛冶屋はそれなりの人気がある。店を見渡せば朝も早いのに数人の冒険者が武具や防具を吟味しているのが目に入る。


「今日も繁盛してんな。」


「おうよ、んで?儂にわざわざ話しかけたってのはなんか依頼でもあるのか。」


「いやホントは打ちたての武具でもあるか確認して出ようかと思ったんだがよ。ニーナの短剣でもこしらえようかなってな。」


「もう2か月も同じの使ったからそろそろいいかなーって。」


「ああ、そうかい。んで?素材は何にするよ嬢ちゃん。」


「今あるわけじゃないんだけど今日ニクラス鉱取ってくるから、夜に依頼予約したいなあって。」


 鍛冶屋もピンキリだがそれなりに繁盛しているようなここだと鍛冶依頼も予約制だったりする。


「夜ねえ…、依頼が一件入っちゃいるが…。まあ、短剣ならそう時間もかからん。今日の夜なら…2、3日ってところだな。」


「それでいい、依頼金とかエンチャントとかは諸々は夜でいいかい爺さん。」


「おうよ、また来い。」


 今日の夜のアポを取って店を出る。そう頻繁に行くわけでもないが新作を見に行くやら鍛冶依頼やら、何年も通えば顔ぐらい覚えられる。


「あー暑い、鍛冶屋は暑いのが難点だな、しょうがねえけど。」


 あのジジイは暑さにやられたりしないのかね。


 そのままの足でせわしない街並みの人ごみをかき分けながら薬屋に入る。


「いらっしゃいませー…。」


 出迎えたのは俺よりも腐り切った顔をした丸メガネが特徴的な調合師のマリンダ。


「眠そうだな。」


「あー…仕入れが遅れたんだ。おかげで日も明けない時間から起きてさ…。」


 カウンターに座って頬杖を突きながら欠伸あくびをする彼女は身に纏う装束も相まって魔女の様だ。


「んで、何が欲しいの。」


「毒抜き用のポーション2つとアンブロシア入りのエナドリ一本くれ。」


「あのさあ、いっつも言ってんだろ?アンブロシアは依存性ないけど体に良くは無いんだよ。毎日毎日飲むもんじゃねえの。」


「イイだろ別に、フラクタル吸ってんじゃねえんだしよ。」


 フラクタル吸いだしたら終わりだってよく言うしな、冒険者界隈だと。


「私もししょーに辞めろっていっつも言ってるんですけど。聞かないんです。」


「ホント駄目だね、お前は。一回りも年下の女の子に心配かけさせやがって。50になる前にはぽっくり死んじまうだろうね。」


「俺の人生だからいいだろうが。」


 最近はエナドリを買うたびにすげえ文句言われるようになった。人様の生き方なんだから好きにさせてくれってんだよな。


「ほらよ、もってけ。明日は買うなよ。」


「なんだかんだ売ってくれはするんだよな。」


「商売だからね、こっちも。とはいえアンタの顔も見慣れてんだ。心情としては売りたくないのが本音だね。」


「人嫌いの癖によく言うよ。」


「ハッ、うっせ!行った行った!」


 追い出されるようにして鼻に突き刺さるような薬草の匂いの漂う店を出る。


「ししょーも大概顔が広いですよね。」


「顔が広いってわけでもねーが…無駄に年を食うとな、顔見知りは増えるんだよ。」


 マリンダも俺が昔に現役だったころは結構職務に忠実な堅物みたいなやつだったんだが…擦れたよな、お互い。時の流れは残酷だ。


 7月に入ってからというもの朝だというのに歩くだけで汗をかくほどの熱気を振り払うように俺とニーナはダンジョンに向けてその足を動かしてゆく。


「あー…眠。」


 カシュッという小気味良い音を立ててエナドリを開けて体に流し込む。


 アンブロシア入ってないとスッキリしねえんだよな、なんか。


「はあ、いつになったら飲むのやめてくれるんすかね。ソレ。」


「これが一番効くんだよ。お前も飲むか?」


 くいっと缶を差し出すとニーナはその飲み口を見ては少し逡巡して


「…やっぱりいいです。」


 と断わりを入れる。


「あっそ。」


 依存性が無いとは言っていたがこの清涼感は普通のエナドリじゃあ得られないからな。知らない方が良いのかもしれない。


 ダンジョンに行きつくころには俺の右手に握られた缶は既に重みを失っていた。


「今日も頑張るかねえ。」


 やや収まってきた頭痛とともに中に足を踏み入れる。


 平凡な今日の始まりだ。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る