第5話

「こうして会うのは何か月ぶりだ?」


「半年ぶりだよ先生。」


 街灯で照らされた街の一角を歩きながら俺たちはたわいもない話をしていた。


 ララ・シュミット、昨年の俺の生徒であり、見事新人卒業を果たした後はメキメキとその実力を発揮しながら到達階層を上げ、今では金級に手を伸ばそうとしている巷じゃ話題の冒険者だ。


「出世したよな、お前も。」


「先生のおかげでね。」


「ハッ、よく言うよ。教えてた頃は散々突っかかってきたくせにな。」


「その時のことは許してよ、あの時は…はあ、なんでもない。」


 俺が指導していた奴はどいつもコイツも癖の強い奴らばかりだったがこのララもまあ問題児だった。


 ニーナをより喧嘩っ早くしたような、狂犬とでも言えば良いか。


 というおよそソロ冒険者に向いていない魔法の才能を持ちながら近接戦闘術を努力と根性だけで伸ばしきったイカレのそれ。


 結果的には自前の回復魔法でほとんど不死身になりながら殴りかかるバーサーカースタイルをとっている彼女の戦い方は独自的だ。


 因みに配信はしていないがギルドが毎日更新している冒険者ランクでは上位勢、綺麗な見た目も相まって界隈での人気も根強い。


「今は13階行ってるんだっけか?あそこダルイだろ、現役の頃は相当うんざりしたけど。」


「もう14階だよ先生。」


「まじか、すぐに金級になっちまうなこりゃ。」


「先生が教えてくれなかったら今頃もっと下の階でヒイヒイ言ってただろうね。いや、もしかしたら冒険者をやってなかったかも。」


 一応指導者という立場をとってはいたがもうわかる通り俺は放置主義だ。


 時々俺を優秀な指導者だと勘違いしているアホもいるが生徒が皆優秀だっただけ。


 ララが頭角を現しているのも彼女の努力が実を結んだだけだろう。


「ねえ、先生。今はどうなの?」


「あん?どうってなんだ。」


「冒険者戻ったりとかしないの?」


「あーそれねえ…色んなやつに言われるんだけどよ。もう金に困っちゃいないしやる気はねえよ。」


「…そっか。」


 本当にな、昔のような熱意も何もかも失っちまったらおしまいだ。挫折や乗り越えられない壁なら人は努力ができる。乗り越えたり、或いは他の道を探すことだってな。


 でもが無ければどうしようもない。唯人生を消費するだけの今の俺は昔の自分に誇れやしない。


「あーあ先生がやる気だったらデュオで冒険者やろうって誘うつもりだったのに。」


「人とあんまり関わりたくないからソロでやってんじゃなかったか?」


「先生は別だよ。」


 ソロで冒険者をやる奴にもいろいろな理由がある。ララのように他者との関わりを避けるためであったり、名誉を求める者であったり。


 俺は単純に金だったがな。パーティの人数が少ないほどに取り分が多いのは当然だ、攻略難易度は跳ねあがるが。


「明日も潜るのか?ダンジョン。死なねえように程々にな。活躍すんのもいいが訃報なんざ聞き飽きたんだ。」


「私がそんなヘマすると思う?」


「しねえと思っても言いたいんだよ。なんつーか親心だ、一年も目を掛ければ情だって湧くんだよ。まだお前は冒険者になっての歴は浅いからよくわかんねえかもしれねえけどな。結構堪えるんだよ、見知った顔が見れなくなるのは。」


「大丈夫だよ先生。夢叶えるまでは死なないから。」


 こんな稼業、いよいよ抜け出してしまおうか。指導者としても今年で終わりにするか?最後の卒業生がニーナになるかもな。


 長く身を置けば置くほどに知人が。悪い意味で入れ替わりが激しすぎるんだよ。


「今先生が教えてるのは誰だっけ、女の子だったよね。確か。」


「ニーナっつー娘だ。短剣主体の…まあ軽戦士みたいな感じだ。俺の戦い方に似てるわな。」


「ふーん…。」


「アイツもなあ、なかなか良いとこあるぜ?おめーみたいにポテンシャルの塊みたいなやつだ。若干自信過剰なキライがあったが…まあそれも改善傾向か?逆に変な癖が付いちまった気もするんだがな。」


「へえ…楽しそうだね。先生。」


 自分から聞いてきた割にはどこか余所余所しいというか反応の薄いララ。


「ま、例のごとく冒険者なんざ辞めろって言ってたんだが…お前と同じくダンジョンに脳焼かれてんだよな。ったく…どいつもこいつも。あーわりい、ちょっと飲み物買うわ。」


「いいよー、ああ私はいらないから。」


「あいあい。」


 視界に入った自販機で喉の渇きを思い出し、水を買う。品ぞろえに目をやってみると昔とは違ってダンジョン由来の植物を用いた物も流通しているようだ。


 ふーん、グリムアロエフレーバーの炭酸も売られるようになったのか。アレ結構手に入れるのメンドクセエんだけど冒険者の数も増えて供給しやすくなったのか?


 ニーナに付き合って酔いの回った体に水を流し込みながらララの下に戻る。


「ああ、眠てぇ。」


「結構飲んだみたいだね。」


「ああ、最近はニーナがなんかべったりでな。なんだかなあ…別に嫌ってわけじゃねえけど何とかしねえといけねえよな。」


「…私が言ってあげようか。」


 隣を歩く彼女の表情は伺い知れない。夜の闇と静けさを街灯が照らそうが、先を行く彼女を真正面から捉えられない。物理的にも、心理的にも。


「ああ?別にお前にどうこうしてもらおうってわけじゃねえよ。特に困ってるわけじゃねえしな。」


「そう。」


 歩調は速くなる。先を、未来を行く若者についていけない俺を置いて、彼女は遠くに向かおうとしてしまう。


「まあ、大丈夫でしょ。先生。」


 クルリと振り返って笑う彼女は何の変哲もない、半年前と同じ笑顔。


 いつまで立ち止まって俺を待ってくれるだろうか。


 街の輝きで星明りの見えない空の暗さは俺の心を映すようだった。


 ◆◇◆


「頭痛ぇな…」


 あれから彼女と別れて家路につき、当分洗っていないくたびれたシーツの上で目を覚ます。


 昨日は派手に飲んだが此処まで引きずったのは久しぶりだ。


「チッ、どうすっかな。今日は辞めとくか?」


 ダンジョン攻略も別に毎日いかねばならないというわけじゃない。金があるなら週に1回赴くぐらいだってやっていける。成果報酬でしかないしな。魔物を殺して素材を持ち帰る。


 とはいえ金級とか位が付けばギルドから手当貰えたりするが。


 充電をしそびれて残10%を切っているスマホから電話がかかる。


「あーもしもし。」


「おはよーししょー。」


 もう聞き飽きたニーナの甲高かんだかい声が頭痛のする脳みそに響いてくる。頭蓋骨の中を跳ねまわってるみてえだ。


「悪いんだけどよ、今日はダンジョン休んでいいか?あったま痛くてな。」


「えー!…私今日は半日行く気だったのに!」


「わかったわかった。行くから。」


 まあ、別に今日も半日潜るって言ったって3階で雑魚狩りするだけだろう。正直俺が付いて行く理由もないが付いて行かないと監督責任とか色々うるせえんだよな。


「朝ごはんは何処で食べる?ししょー。」


「あー…汁物飲みてえな…。そうだなあ…。」


 気だるげな俺の声と熱量がそのまま変換されたかのような温度の高い声色を纏わせたニーナの声が対照的な朝だった。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る