第4話

「ししょー!ししょー!」


「なんだようっせえなあ朝の何時だと思ってんだよ。」


 例の卒業試験からおおよそ一か月が経過し、俺と彼女の関係性は大きく変化していた。


 俺の見立てでは彼女にこっぴどく嫌われたうえでニーナは冒険者を引退、それに伴って指導者としても失格という事で職を失い、行き場を失って俺は街を出る…。


 というシナリオを予想していたが現実とは小説よりも奇成り、思ったような物とは大きく異なっていた。


「今日も頑張るっすよ!師匠!」


「…はいはい。」


 ◆◇◆


 彼女をダンジョンから連れ出して街の診療所に急行、魔術と医療科学の融合を果たした現代医学においても3日もの治療を要した怪我ではあったが命に別状はなかった。


 病室で意識を取り戻すと俺への恨み言と罵倒が半日は続いた。


「師匠が走ってくの見たときマジで絶望したんすから!」


 当然だ。嫌われ、恨まれ、殺されたって仕方ないほどの仕打ち。


 このトラウマは当分、いや一生消えないかもしれないが死ぬよりはマシだろう。


 俺の見立てではまず間違いなくニーナは卒業後にが待っているだろうと考えていた。


 行き過ぎた自信と自己承認欲求、配信者としての見栄えを気にするであろうその性格からくる訪れるであろう未来だ。


「どうだ、ニーナ。もう冒険者は辞めた方がいいんじゃないか。」


 どの口が言っているのかと言われそうだがきっとこれが彼女にとっての最善だろうと、そう思ったのだが返事は意外なものだった。


「…辞めねえっす。」


「何故だ。」


「そりゃあ死ぬと思った時は師匠を文字通り死ぬほど恨みましたし冒険者になったことを後悔もしました。」


「…。」


 口を挟まず、ただ彼女の答えをゆっくりと待つ。時間は腐るほどあった。


「でも思ったんです。死ぬ直前になって。」




 




 絶句した。かける言葉が見つからなかった。俺の理解できる範疇を越えていた。彼女の冒険者としての適性は俺の思っていたものではないところに宿っていた。


 他者よりも光る身のこなしや戦闘センスでもない、同業のライバルに対する嫉妬という形での向上心でもない。


 。話題となり、人々の記憶に残るためならば命を惜しまないその思想にあった。


 金を稼ぎ、生きていく手段として冒険者を選んだ俺とは違う、全く別の思想。


 金を稼ぐことよりもより多くの人に見てもらうためにこの稼業を選んだ者の生き様。


 最早俺には彼女に冒険者を辞めさせるという考えはどうやっても不可能な事に思えた。


「…そうか。わかった。とはいえ指導者は変更したいだろ。なんせやったんだ。傷を治してる間に次の指導者を選んで…」


「それも変えねえっす。」


「お前なあ…。」


「大丈夫っす、師匠が私のためを思ってこうしたってちゃんと理解わかってるっすから。」


 そう告げる彼女は妖しく笑っていたのを覚えている。


 ◆◇◆


 そして一か月、彼女は…なんというか鬱陶しくなっていた。


 朝のモーニングコールとでも言わんばかりの早朝の電話から始まり、ダンジョン攻略後に飯を食って別れた後も寝る前に通話を掛けてくる。


 あんまりにも鬱陶しいのであるとき一日だけ夜の通話を無視して寝たら朝にはトーク履歴に100以上の赤いアイコンが付いているのを見たとき余計にめんどくさいことになると理解した。


 彼女の口ぶりや様子を見るにどうやら俺が主犯のマッチポンプだというのにどこか俺の事を命の恩人だと誤解させてしまったらしい。


 こんなバカな話があるか?どういう思考回路を経たら自分を殺しかけてダンジョンで見捨てかけた指導者を命の恩人だと思うのか。


 なんにせよ、俺は自業自得の罰を朝と夜の拘束という形で身をもって清算していた。


「おはよーっす!ししょー!」


「あい、おはよう。」


 そして今日も今日とて待ち合わせをしてはダンジョン攻略へと赴くわけである。


「今日はどうする、俺が言うのもなんだがもう4階に行っても死ぬ確率は0%のレベルになったと思うが。」


「いや、今日も3階でいいっす。」


 アレ以来、彼女は3階で体を、能力を高めることに執着しているように感じた。


 いや、正確には先に進む行為に魅力をあまり見出さなくなっていた。


 これもきっと俺のせいだ。何もかも、俺は彼女の在り方を歪めてしまった。


 溌溂な、年相応の少女らしい彼女の笑顔が俺を責めているように感じ出したのはいつからだろうか。


 いっそ俺を激しく糾弾して恨み倒して嫌ってくれればよかったのに。


 己の罪を、愚かさを見せつけられているみたいで嫌だった。


 こちらとの談笑に重きを置いて、余所見をしながらスッと最小限の動きで短刀を投げてアメジストフライを一撃で仕留める彼女を眺めながらそう思った。


 ◆◇◆


「おおー!見てくださいよししょー。ミーシャの6階攻略配信。視聴者数3万人だったみたいっすよ!」


 馴染みの酒場、クジラの夢にてニーナとともに酒を飲んでいると彼女は見ていたスマホをこちらに向けてミーシャの配信のアーカイブを見せてくる。


 基本的にダンジョン配信は多くが昼間に行われるため同業である俺たちはリアルタイムで見ることはまずない。


 ダンジョン帰りの酒場、或いは家に帰ってアーカイブという配信を記録として残したものを追いかけるように見るのが普通らしい。俺は噂のミーシャ以外見ていないから知らなかったが。


 因みにミーシャという娘に実際にあったのは数回しかない。ニーナが仲が良いので彼女とセットで見かけたことがある程度でそこまで親交があるわけではないのだが教え子の同期という事で気になって配信を見始めたのだ。


「ほらししょーここ、ミーシャが毒トビトカゲを倒すところなんて切り抜かれてすぎて凄いんですから!」


 ダンジョン攻略は数時間と長丁場であるため、見どころを抑えたと呼ばれる動画を投稿する者もいる。


 大抵は配信を見ている視聴者が再生数を稼ぐために人気配信者のそれを転載?する形でやってるらしい。まあ詳しいことはよくわからん。


「むふふ、私もそのうち人気者になるんですから、ししょーも卒業したら見てくださいよ?」


「わかってるって。」


 流石に教え子の配信ぐらいは追ってやるだろう、どうせ暇なのだし。


 アルコールも入ってめんどくささに拍車がかかった彼女を介抱しながら家まで送っていった。こういう日は深夜の通話が無いので内心喜んでいるのは悟られてはいけない。


 彼女を送った帰り道。月光に照らされた鋪装された道路を歩く。


 8月とはいえ夜は薄着だと少し冷えるな等と思っていると俺を呼び留める声が聞こえてくる。


「久しぶり、先生。」


 昨年の教え子であるララ・シュミットが笑顔でこちらに手を振っていた。


 夜の静けさは此処でお仕舞い。

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