第3話
「ねえ師匠。まだ4階ダメなんすか?もう3階に行ってから一か月っすよ。石橋叩くにしても限度ありますよ!もう橋の原型無くなってるでしょ!どんだけ万全期してるんすか!!」
「なんかお前心配だなマジで、新人卒業したらほいほい階層上げてぽっくり逝っちまうだろうなきっと。」
ニーナの指導者となってはや4か月。そろそろこの娘の問題も浮き彫りになってくる。
戦闘に関しては才能はあると言っていい。配信しながらでも十分やっていけるだろうとは思う。だが致命的なのは自信家が過ぎることだ。
別に自信を持つなとは言わないが自分の能力とのギャップを理解しないままに改装を上げれば容易く死ぬことを理解していない。
まあこれは俺の指導方法に問題があるってのもある。常に万全万全を期しているが故にダンジョンというものをニーナがやや舐めてしまっているという事だ。
つまりは危なげのない勝利しかほとんど体験していないという事。自分の力を過大評価して魔物と戦う行為の危険性が分からなくなってしまったのだろう。
「そうだな、じゃあ俺にしちゃ珍しく真面目な話でもするか?」
「師匠に真面目って言葉が出てくるなんてびっくりですけど。」
「率直に言おう、お前はきっと同期のミーシャが卒業したってのが気になってんだろ?」
「うっ…。」
ニーナと一緒にギルドに入会したミーシャというソロの女冒険者が先日新人卒業を果たして冒険者の仲間入りをしたというニュースは記憶に新しい。
ソロ、パーティに関わらず5階攻略は新人のおよそ2割ぐらいの人間しか成し得られない偉業と言ってもいい。
それを同期の女の子が4か月で達成したというのだ。
焦る気持ちも理解できようというもの。
しかもなにやら昨日の昼ぐらいには配信者デビューもしたらしく、やたらとニーナが酒場で騒いでマスターに怒られたのだ。
冒険者という存在は良くも悪くも注目を集める、配信をしていなくても最前線を攻略するパーティなんかは人気、知名度共にうなぎ上りだ。
まして神童と謳われたアレンやミーシャは界隈では既に有名だといっていい。
「まー…ミーシャを教えてた指導者とは知り合いだけど、俺とはかなり方針が違うんだよ。アイツは死んでも栄誉を優先するタイプだ。対して俺は命を優先するタイプ。わかるか?指導方針の問題なんだよ。正直お前は7階に行っても9割ぐらいは戦闘に勝利できる実力が既にある。」
「
「馬鹿を言うな、逆に言えば1割で死ぬんだよ。博打にしても釣り合って無さ過ぎなんだ。戦えることと生きて帰れるってのは全く以て別なんだよ。」
「…言いたいことは分かるっすけど。」
ここ最近の流行を見せるダンジョン配信は視聴者を集めるために無謀な踏破を行うものが多いと聞く。
無論、ギリギリの勝負というのは見る者の心を奪うだろうが実際に戦う彼ら彼女らは魔物との心臓の奪い合いをしているのだ。直に規制されるんじゃないかとまで最近は思っている。
「お前が手に汗握るような死闘を演じたいという気持ちもわからんでもないがな。そういうのは最前線に行ってからだ。」
「うう…。」
いつもの溌溂とした表情はどこへやら、不服と反骨心を覆い隠したような顔色が彼女の心を代弁していた。このままでは卒業した後で悲惨な末路を辿るのは明白だ。
荒治療が必要か。
「はあ…わかったよ、今日は特別だ。7階に連れて行ってやる。安心しろよ。死なねえように俺が保障してやる。自分の全力を試したいんだろ?ミーシャだってまだ6階だ。今日で実力を示せればあの娘を越えられるかもな。俺の合格点叩き出したら新人卒業ってことにしてやるよ。」
ぱあっと花が咲くように表情が明るくなり、途端にやる気を隠さなくなるニーナ。
「やったー!今日で卒業してやるっすから!ニーナの本気ってやつを見せてやりますよ!!」
腕をぶんぶん振り回す彼女を横目に俺はテレポートストーンを使って登録していた7階への階段へと2人で移動した。
視界の揺らぐこの感覚はいつになっても慣れない。
今日で彼女が新人を卒業することになるのか、或いは冒険者を卒業することになるのか。今はまだわからないが。
◆◇◆
「はあっ…はあっ…。」
「どうしたー?今日は帰るか?」
「いや!まだまだこれからっす!!」
息を切らしながらも無理をして気丈に振舞うニーナは誰がどう見ても限界ギリギリだった。
ブラックファングとの戦闘を終えて一息入れる彼女に近づく。
「しかしまさかブラックファングまで倒せるとはな、正直驚いたよ。」
「…へへ、ミーシャに負けてられないっすから。」
傷だらけの体を無理やりイエローポーションで引きずり動かしながら魔物の解体作業を進めるニーナの様子を見れば誰もが街への帰還をするべきだというだろう。
とはいえ今日は彼女に全ての方針をゆだねている。ニーナが帰らないのなら、それが今日の正解だ。
「んで?この後はどうすんだ?」
「ちょっと休息をとったら…また探索再開っす。」
「フーン、了解。」
彼女からすれば新人卒業を人質に取られている状況、多少の無理はして当然という事だろう。
魔物に注意しながら物陰に隠れて息を整える。
「よし、大分体力も戻ったんでそろそろ行きます。」
「あいよ。」
彼女に言われるがままに探索を再開する。7階は今まで戦っていた3階と違って気温が高い。いわゆる密林のような構造をとっており、ただ移動するだけで大なり小なり体力を消耗する。
そんな中を必死に進む彼女はもし配信をしていたのなら大層視聴者を集めたことだろう。
「…嘘。」
そして今までの活躍が塵芥に思えるほどの今日一番の見所が現れる。
俺たち二人の前で唸る黒の牙が合計3つ、格好のエサを前にしてよだれを垂らす。
たった一体のブラックファングでギリギリだったというのに。
なんて映える悲劇だろうか。
「逃げます!」
彼女の宣言と同時に俺とニーナは一目散に駆け出す。
当然ながら黒い毛皮を纏った追跡者は目の前の肉に向かって足を動かし始める。
走る、走る、死なないために、喰われないために。
どれだけ肉体が悲鳴を上げようが関係ない。そこで投げ出せば文字通りに命の炎が消えるだ。
ジメジメとした熱気漂う密林の草木をかき分け、隙を見つけてはニーナが短剣を威嚇用に投げるも牙の速度が衰えることはない。
5分ほどの逃走劇の後、とうとう鬼ごっこにも決着がつく。
ニーナが一体にタックルされるという形で。
「ぐうぅ…!」
くぐもったうめき声を上げながらジャングルの大樹に体を打ち付けられる彼女の姿は痛々しさで溢れていた。
「し、ししょう。けて…。」
振り絞る彼女の声は途切れてよく聞き取れない。
ああ、よかった。これで俺が逃げる時間が稼げる。
「そん、な…。なんで…。」
脇目も振らず、4か月寄り添った教え子に見向きもせずに遠く離れてゆく師匠を目にしてニーナは何を思っているのだろうか。
ジリジリと身動きのできなくなったエサに向かってにじり寄る魔物たち。
「嫌…。たずけて、ししょう。まま、パパ。あたじ…いや。しに…ない。」
ダンジョン配信というのはあまり詳しくは知らないがこういった悲劇ですらも娯楽として昇華されるのだろう。
他者の命が終わる瞬間は、刺激的であることに間違いはない。良くも悪くも。
残念なのはニーナ・ストライプは配信をするという事も出来ず、誰に知られるでもなくただ一人迷宮に散るという事だが。
「ああ…。」
特徴的な黒々とした巨大な牙が近づいてくる。アレに肉体を貪られるのは…きっときっととても痛い。
そしてゆっくりとアギトが開き…鮮血が迷宮を彩る。
びちゃびちゃと、汚らしい色をした血が飛び散ってその地面を赤く染め上げる。
「ニーナ・ストライプ、卒業試験は不合格だ。帰るぞ、ニーナ。」
3つの牙を一撃でへし折って彼女を抱えて街に戻る。
…冒険者は引退かな、彼女も。俺も。
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