第2話
「何が3階はまだ早いっすか。余裕じゃないっすか。」
「お前それギルドであんまり言うなよ。かなーり恨まれるから。」
グサッとアメジストフライに刺さった短刀を勢いよく抜き取りながら多くの冒険者を敵に回しそうな発言をするニーナ。
実際問題彼女はかなりの天才だ。ポテンシャルが服を着て歩いているような化け物と言って差し支えないほどに。
アメジストフライは確かに単体ではそこまで強い魔物でもないが特徴的なのは大抵群れていること。
最低でも3羽以上で群れるコイツラはソロで倒すには骨が折れるが彼女には大したことないらしい。
よく考えてもみろ、3方向から3次元で毒吐きながら攻撃してくる鳥を倒すって普通に考えたら一人じゃまず無理だろ?
それができるってことはもう一人前の冒険者という事でもある。逆に言えばこれもできないようではソロで冒険者はやっていけないという残酷な現実でもあるが。
「どうっすかね師匠、これぐらいできたら配信映えすると思います?」
「うーんするする、するんじゃない。視聴者もいっぱいくるんじゃねえ?」
「てきとーに返事してんじゃねーよハゲが。」
「ざんねーん俺がハゲるのは当分先ですー。」
俺に配信行為の事を聞かれてもよくわからんのだ。流行の配信者とやらも友人に見せてもらったが正直よくわからんかった。
俺が見たのはパーティで10階を攻略しているものだったが特徴的な戦法をやっているわけでもない。とはいえ配信者の中ではかなり攻略が進んでいるパーティらしく珍しさや同業が予習するという面でかなり人気があるらしい。
「でもなー…配信は5階からやりたいっすよねー。」
「なに、配信するのに階数制限みたいなのがあるのか。」
「いやそんなのはないっすけどー…やっぱ人気ソロ配信者って大体5階以上にいるんで。」
「ふーん。」
ソロ配信者は5階が目安らしい。ちなみにパーティだと8階以上で見てもらえる確率が高まるとか何とか、友人の受け売りでしかないが。
「よいしょっと、これですよね?師匠。」
「おーそれそれ、結構デカいな高値で売れるよこりゃ。」
さっきからザクザクとアメジストフライの体を切り裂いていたニーナが魔物の体内から紫に輝く結晶を取り出す。
これぞアメジストフライの特徴でもある毒水晶。体内で蓄積した毒が結晶化したものであり市場では加工することで装飾品としての価値が認められている。
まあ、需要が多いから値が付きやすいってことだ。
コイツを3~4体倒せばまあ一日不自由なく暮らせるぐらいの金は手に入る。
「まあ上々だな。さすがに3階は余裕だったか。」
「あったりまえですよ!!明日は4階行きましょう、4階。」
「馬鹿が調子に乗ってんじゃねえよ、さすがにまだ4階は早い。当分は3階で修行だ。」
「えー!?」
明らかに落胆した顔で抗議を続けるニーナだったが俺が方針を変えないとわかると渋々従う。
「師匠は心配性なんすよね~、私がほぼ死なないレベルにまで強くならないと次の階に行かせてくれないんすもん。」
「当り前だろうがよ、冒険者の基本だ。最近じゃ配信映えを狙って強行軍をする奴も多いらしいがマジでお勧めしないね。石橋を叩いて叩いて叩き割ってまだ足りないってぐらいに準備するのが普通なの。」
「ほんとっすかねえ?じつは私とのダンジョン探索が終わっちゃうのが嫌なんじゃないすか?」
「お前との関係が終わるんなら今すぐにでも5階に送り込んでやりたい所だけどな。さすがにそれですぐに死なれたら俺の世間体がとんでもねえことになるだろうが。」
新人冒険者指導制度ではまあいろいろと規約があるが1年、或いは5階の攻略を完了した段階で新人卒業が認められる。
つまり俺とコイツとの関係は最長でもあと9か月という事だ。まあさっさと5階レベルの強さになるだろうからそんな長くはないだろうがね。
ソロ冒険者として引退して隠居生活を送ろうと思っていたのだがギルドのアイツから半ば騙される形でこの制度に指導者側として採用されてからというもの世間体を多少気にせざるを得なくなった。
「まあでも師匠の生徒ってほとんどが金級の冒険者になってるじゃないっすか。アレンさんなんて最前線組っすよ、ソロなのに。」
「わかるだろ?俺の教え方が終わってるってことは生徒の才能が全員神がかってたってことだ。アレンはすげーよな。もう俺より強いんじゃないのアイツ。」
2年前に教えていたアレンという少年は神童と呼んで差し支えなかった。正直ニーナもかなりの天才だが比べられないレベルにあったねアイツは。
「まあいいっす、私も金級になってブイブイ言わせてやりますから。」
金級、つまりは15階以上の迷宮攻略者に与えられる冒険者への階級だ。
5階までが新人、5から10が銅級、10から15が銀級ってな具合にな。ま、階級とかそんなのは所詮肩書でしかない。
「銀と金には配信者ほとんどいないっすからねらい目なんすよね。」
「ほーん、まあ5階から10階でも人気出るぐらいなら需要はあるだろうな。」
「師匠は配信とかやらないんすか?」
「何度言えばわかるんだよ、俺は冒険者辞めてんの!つーかこんな20後半のおっさんなりかけの男の配信なんて誰が見たいんだよ。」
もうダンジョンも潜りたくないんだよなホントのこというと。最近体の節々が痛いし。もう年だな、こりゃ。
「別にオッサンでも何でもいいじゃないっすか、ダンジョン配信に必要なのは階層の高さと配信者の強さが基本ですからね、私なら今すぐにでも配信するのに。」
「知らねえよ、つーか自分の顔をネットに晒してまで金に困ってるわけじゃねえしな。」
「分かってないっすねえ、承認欲求が満たされるんすよ配信者で成功するのは。」
本当によくわからねえ。金に困ってこんな稼業に行きついた俺だが今時の奴はそんな理由で命を張って冒険者やってんのか。
ある意味凄いな、人気者になるために命を懸けられるのはある種の狂気でさえあると思うね。
スマホを取り出して時間を確認すると午後の5時ごろ、さすがに夜のダンジョンは危険が増すのでそろそろ帰るとするか。
「うし、丁度いいだろ。帰るぞ。」
「はーい。」
こうして俺とニーナのいつもの迷宮探索風景は幕を閉じる。今日は3階に赴くなんて目新しさがあったが基本的には適当に魔物刈りをしながらダンジョンに慣れることを優先している。
ヤマもオチもない平凡な日常。これが今の俺グレイ・ベルスターの人生だ。
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