引退した冒険者が色々あって新人冒険者を指導する話。

狼と子羊

第1話

 晴れ渡る空の下、晴れやかさとは対極に位置する昏いナニカ、つまるところの俺が立っている。


「おはよう。」


「おはよーございまーす!」


 騒々しい声が街に響く。やる気のないダウナー系の俺とは違ってやる気マシマシ、元気いっぱい、見事に僕とは釣り合わない女の子が挨拶を返す。


「今日もダンジョンに潜っていくからそのつもりで。」


「はーい!」


 威勢の良い返事、将来の夢はダンジョン配信者で人気者になると語っていた彼女こそが僕がギルドから指名された生徒こそニーナである。


「因みに聞くけど、?」


「全く無いです!!」


 今日もいつもの質問を繰り返す、そして決まった返事。短く切りそろえた金髪に焼けた肌、爽やかな笑顔は見る者に良い印象を与えること請け合いだ。


 しかしこんな稼業、やるべきじゃないっていつになったら分かるのだろう。夢と希望にあふれた理想を追い求めるのがつらいことだと気づくのに俺は5年もかかったが。


 そう思いながら俺たちは支度を整えてダンジョンに向けてその足を運び始めた。


 ああ、辞めてしまいたい。


 鬱屈とした性格も治らないまま今も俺は人生を消費している。


 明日死ねれば楽だってのに。


 ◆◇◆


「今日は何階まで行くんすか?」


「2階までだよ、3階はニーナにはまだ早い。」


「何言ってんすか大丈夫ですよ!私と同期のミーシャなんかもう4階なんすよ!私もそろそろ3階行きたいっすよ!!」


「うーん…3階ねえ…。」


 面倒くさい、その一言に尽きる。なんで俺が初心者指導をしなくちゃいけないんだ。


 ギルドのからは社会復帰に丁度いいだろ、だなんて言われたがそもそも冒険者は社会の枠組みから外れているだろうに。


「そんなに生き急がなくてもいいだろ、3階に一人で潜れれば食ってけるんだし、あと一年かけて3階攻略ぐらいでちょうどいいだろ。」


「それ食っていけるってだけじゃないっすか!私は億万長者になりたいんすよ!」


 才ある新人冒険者に対してギルドがサポーターとして先輩冒険者を付ける制度が発足してからどれくらい経ったろう。


 俺はこんな面倒なことやりたくなかったが訳あってこのニーナという女の子を担当してそろそろ3か月。大体関係性も落ち着いてきた頃合いだ。


「冒険者なんて辞めた方がいいんだよ、こんな稼業。命がいくつあっても足んねえんだよ。」


「なんで師匠はそんなに強いのにやる気が地の底を突きぬけてるんすか。私だったら高層階に行きまくってがっぽりですよ!」


 金なんて別に冒険者やらなくたって稼げるんだし、夢や希望という言葉の魔力にとらわれているだけだとしか思えないがね。


 アンブロシアの入ったエナジードリンクを飲んで眠気を覚ましながらトウキョウダンジョン1階を歩く。


「つーかそんなにやる気あるなら指導役の変更を申請したらどうなのよ、言っちゃなんだが俺は指導者としては終わってるだろうに。」


「でもソロならトウキョウで一番強いじゃないっすか。」


「強い?正気か?毎日更新のトウキョウダンジョンソロ攻略者の序列観てるか?ギルドでもかなり下だろうが。」


「だーかーら!…ああもういいです!!行きますよ師匠!今日は何言われても3階行くっすから!!」


 突撃ウサギもかくやと言わんばかりの速度で俺の手を引いてずんずんと先を進んでいく彼女。


 いつにも増してやる気を出している彼女に付いて行くには俺の心は少々若さが足りないと感じていた。


 ◆◇◆


「おおー!!ここが3階。心なしか空気も違う気がするっすね。」


「気のせいだろスカポンタン。」


「次言ったらぶっ殺しますよ?」


「悪かったよ。」


 実際2階と3階に大した違いはない。室内でありながら森の中のような空間が広がっている。強いてあげるなら棲息する魔物がやや強力になる程度の物だ。たかだか階段一個上がったぐらいで景色が様変わりすることなんてない。まるで人生みたいだな。


「師匠、3階の魔物は何が出るんすか?」


「あー…何だっけ。あーそうそう!アメジストフライだ!こいつを日に3~4体倒しとけば食うに困らないから。」


 実際ソロ冒険者ならアメジストフライと呼ばれる魔物を倒せれば良いとまで言われる。ただそこに至るのも存外に難しいのがこの冒険者という稼業。


 言うは易し、行うは難し。ニーナは天才だからできてしまうんだろうが凡人には相当な努力がいる。


「いや師匠、どんな魔物なんすか。それ教えてくれないと対策も何もないっすよ。」


「んーとねえ、毒を吐く鳥って感じ。以上。」


「説明不足の擬人化みたいな人っすよね師匠。」


「なんかあったら助けてやっから。適当に行け、適当に。」


 これが俺のスタイル。ニーナが頑張って、それを俺は眺めるだけ。まあ流石に死にそうになったりアドバイスを求められれば答えるがそれだけだ。


 明らかに指導者として不適格だしニーナにも何度も指導者変更を進めたが頑として譲らない。最近は何か裏があるんじゃないかと逆にこっちが怖くなってきている始末だ。


「~♪~♪~♪~♪」


 鼻歌を歌いながらニーナが魔物を殺す。


「うーんやっぱり今の流行りは歌って殺せる冒険者なんすかねえ。」


「お前に歌の才能は無い、俺が保障してやるよ。」


「それは私も思ってました。」


 昨今ではダンジョン攻略の様子をネット上に配信する行為が流行りらしい。今どき新人冒険者は資金繰りとしてマストな行為になってるようで俺の駆け出しと比べると時代も変わったもんだ。


「でもソロ冒険者も飽和気味じゃないっすか。なんかこう目立つようなナニカが無いと大SNS時代は生きていけないんですよねえ…。」


「でもお前結構かわいいんだしアイドル売りすればいいじゃん。」


「それだけは絶対ナシです。冒険者として恥ずかしくないんすかねアイツら。冒険者っていったらカッコよく魔物殺してなんぼでしょうに。」


 ニーナのよくわからないポリシーに触れてしまったらしい。コイツの妙な冒険者信仰というかなんというか…こじらせていることは確かだ。


「お、もしかしてアレ、アメジストフライっすか?」


 彼女が指さす先には大樹に巣を作っているアメジストフライが約3匹ほど見えた。


「おーそうそう、じゃ頑張って倒して。」


「ホントに丸投げっすよね、師匠。まあいつもの事っすけど。」


 そういいながら彼女は外套から短剣を取り出す。定義的には軽戦士にあたる彼女の戦闘スタイルは独特…でもないか。


 毒を塗り込んだ短刀で相手を躱しながら殺すちょっと中学生とかに憧れを持たれそうな戦法だ。


「さーて頑張るっすよー!」


 命のやり取りの幕開けにしては明るすぎる台詞が開戦のゴングだった。


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