二週間目。金曜日の夜。アマエ。

五日目。



「……」


 ただいま。無言だ。

 何故なら疲れているから。


 金曜日、会社を出て帰り道。とても元気だった。気分爽快だった。解放感があった。

 そして買い物に行った。一週間分の食糧集めだ。ざっと5000円行かない程度。デザート用の冷凍パンとか油とか買ったしこんなものだ。


 そして帰宅。つかれた。


「……やっと金曜日か」


 長かった。疲れた。遠かった。頑張った。

 服を脱ぎ、焼きそばを作り、今日は贅沢に総菜を一つ。ちゃちゃっと食べて歯磨きをしてシャワーを浴びて……着座。


【ソウコちゃん】

【はい。本日は金曜日です。ただいまの時刻は19:55です】

【知ってる。今日は甘えん坊系妹で頼むよ】

【わかりました。甘えん坊系妹、アマエ。彼女はあなたの妹にしてはよく出来た妹です。家事も勉強もよく頑張り、交流関係も豊富です。亜麻色の髪に鳶色の瞳の、あなたとは血のつながりがない義妹です。背は低め、全体的に小柄ですが活動的で体力豊富です】


 目を閉じ、開ける。


「お兄ちゃーん!!」

「やあアマエ。今日もお疲れ」

「お兄ちゃんこそおっつかれーさまー!! えへへ、疲れた顔してるよ? あたしが肩もみもみしてあげよっか?」

「いいよ。アマエも色々疲れてるだろ? 今日金曜だし、友達と遊んだりとかなかったの?」

「ふふ、もう遊んで帰ってきたよ。二十時だよ? 夜更かしは、めっ、でしょ?」

「そうかもなぁ」

「お兄ちゃんお兄ちゃん」

「うん、うん」

「今週もお疲れ様! 頑張ってるお兄ちゃん、あたし大好きだよ!!」

「――……」


 あー、やばい。泣きそう。


「一週間、ずっと見てたもんっ。お兄ちゃんすごーく頑張ってた。すごいなぁ、かっこいいなぁってずっと思ってたんだ。つらいつらーいって言いながら、結局今日まで頑張ったんだもん。あたしだったらそんなに苦しいこと続けられないよ。だからね、お兄ちゃん。お兄ちゃんには、あたしから"一週間頑張ったで賞"をプレゼントです!!」


 危なかったぜ。ちょっと涙出そうになった。ほんと、どうしてこう俺の妹は出来た子ばかりなんだ……。


「なんだよ、その賞。もらうけどさ」

「えへへへー、だって一週間頑張ったのに、誰も褒めてくれないでしょ? なら代わりにあたしが褒めてあげる。えらいえらい! って。すごいすごい! って。頑張ったで賞があれば、来週また辛くても頑張れるかもだからね。お兄ちゃん、逃げ出すのはしないんでしょ?」

「……まあ、そうだね。逃げるのは選ばない。選べない。まだ、そこまでじゃない」

「ね! なら毎週毎週、あたしから賞をあげるっ。少しは元気出るかな?」

「……少しどころじゃないよ。すげえ嬉しい。ほんとに嬉しいよ。ありがとう、アマエ」

「えへへへへ。……嬉しいな。お兄ちゃん! お兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃーん!!」

「ど、どうしたよ」

「ううん! なんでもっ。ただお兄ちゃんに大好きな気持ち伝えたくなっただけ!」


 ポリポリと頬を掻く。やれやれと首を振ろうとして、変な風に照れてしまった。


「あー……えっと、俺さ。今日またいくつか話そうと思ってたことあるんだ。聞いてくれる?」

「うんっ! なんでも聞くよ?」


 ちらと横を見て、にぱっと笑っている妹に頷く。


「まあ、なんだ。選択肢だどうだこうだ色々考えてたんだけど、方針自体はやっぱり決まったんだ。ポートフォリオ作る。簡単な仕事は受けてみてもいい。で、本格的な転職活動は半年後。上手くいけば一年で転職、と。こんなところか」

「うーん? えと、お兄ちゃん。上手くいかなかったら?」

「そりゃ実家に帰るよ。どっちにしろ職場は変える……か? 正直まだわからないんだよね。先週より今週の方が楽だったし、その辺は半年後にでもわかるんじゃないかな」


 やはりというか、当然の話というか。

 二週間目の方が精神的には楽だった。身体は疲れたけど。転職活動が上手くいかなかった場合は考えない。その場合については半年後にでも答え出ているだろう、と先延ばしでいいだろう。


「で、だ。そんな方針で生きていくわけさ。今の仕事を始める前にもね、人に相談はしてて……一応それで、夢を追うためにいったん別の仕事でワンクッション置くのもアリ。そこで腰を据えて転職活動してもいいんじゃない? とは言われたんだよね。その時は考えてなかったけど、こんな状況だ。聞いてたのと違う仕事なんだし、そういう方向で動いてもいいんじゃないかと思ってね」

「ふんふん。なーるほどねー! お兄ちゃんもいろいろ考えてるんだね! さっすがお兄ちゃん! いっつもいっつも悩んでるだけあるよ!」

「それ褒めてる?」

「ほ、褒めてるよ! もうっ! あたしがお兄ちゃんのこと褒めないときないんだよ?」

「そうかもな。それはそれで……不健全か?」

「ちょー健全! だよぉー!!」

「あはは、怒んないでよ」

「もうっ!」


 妹が可愛い牛になってしまったので、どうどうと諫める。


「実際色々考えたんだよなー。この動き方は逃げじゃないのか、とか。経歴がー、とか。職歴がー、とかさ」


 俺ももういい歳だ。同年代には身を固める者も多いし、ある程度上の立場に立つ者もいる。

 それがなんだ。俺はただの一般人。それも新人。給料も新人並み。結婚なんてありえない。そこに来てさらに、夢を追って仕事を選ぼうとすらしている。


 でも。


「でも……キャリアとか、将来とか。そういうのさ。俺はもう"今"なんだよな。今がその時間、俺の人生のターニングポイントなんだよ。どうせ結婚もせず子供も作れない人生なら、お金はそれなりでいい。幸い実家がある。挑戦する機会はある。ずっと昔から、やりたいことなんて見つからなくて、挑戦することから逃げて、なぁなぁで流されて生きてきた」


 真面目に生きてきた。ああ真面目に生きてきたさ。本当に。自分のための人生ではなく、人並みのための人生を生きてきた。その結果が今の俺というのは笑わせるが……まあそれはいい。転げ落ちた俺が悪い。


「一回今まで生きてきた現実を放り捨てて、やってみたい、やりたいと思ったことを目指してもいいと思うんだよ。そのための期間がこれからの一年。仕事に耐え忍び、本格的に次に備える時間」


 最初はただの我慢の時だと思った。それを変えよう。俺の人生を進めるための時間にしよう。


「お兄ちゃん……」

「夢を追って上手くいかないかもしれない。そもそも仕事に就けるかわからないし、就けたとしてどんなものか一切わからないしな。……まあさすがに今よりは楽しめると思うが……。それすらもわからないのが未来の怖いところだよ。それでも、人生はまだ長い。一回くらいやりたいこと挑戦してもいいだろ? 俺の人生だ」

「お兄ちゃん!」

「お、おう」


 気づいたら目の前に妹の顔があった。大きな鳶色の瞳が近い。可愛い。なんだかいい匂いがする。


「お兄ちゃん、あたし、応援してるからね!!!」

「アマエ……」

「お兄ちゃんの人生だもん! やりたいこと、目指してみよ? 自由に、お兄ちゃんのしたいことしてみようよ!!」

「お、う!」

「えへへ、やっぱりあたし、元気なくて沈んでいるお兄ちゃんより、楽しいこと考えて笑ってるときの方が好きだな。今のお兄ちゃん、すごく素敵……」

「な、なんだよ照れるじゃん……」

「え、えへへー!」


 笑って誤魔化すところは妙に俺に似ていた。俺より百倍は可愛いが。

 頬を染めた妹の可愛さはまたなんとも……面映ゆい。


「あ! でもねでもね、お兄ちゃん!」

「なんだい」

「結婚できないっていうのは嘘だね!」

「なんでさ」

「えへへー、だってだーれも結婚しなかったらあたしがお兄ちゃんと結婚するもん! お兄ちゃんはあたしがもらっちゃうし、あたしはお兄ちゃんのお嫁さんになっちゃいまーすっ!!」

「アマエは妹だから無理だろ」

「ノンノン、血の繋がりはないからだいじょーぶ! よかったねお兄ちゃん! お兄ちゃんを応援してくれる妹お嫁さんがいるよ!!」

「妹嫁ってなんだよ……」


 呆れてしまうが、ころころ笑っている妹と話していると自然に頬が緩んでくる。


「まあ、そうだな。……いつかな。いつか」

「うんっ! いつかだね!!」


 それがいつかなんてわからない。

 今の解放感がなんとなく金曜日の夜だからっていうのも悟っている。こんな余裕あるように言葉吐けているのも、今だけなのかも、とすら思っている。


「でもま……あと五十週間だからな」


 俺は気づいたのだ。


 一年と捉えると辛い。一か月と捉えると辛い。

 でも五十週間なら。50なら。


 一年は五十二週間。ならあと50週で俺の仕事は終わる。

 今のしんどい一週間を50回続ければ終わるのだ。


 一週間なら、俺はなんとか頑張れる。そう思った。なら50カウントで行こう。毎週減っていく数字を見れば、なんとかなるんじゃないかと思う。これが俺にとっての最適解。


「? 五十週?」

「ああ。あと五十回"一週間頑張ったで賞"をもらえるって話さ」

「あ、そっか! えへへ、じゃあ五十回はお兄ちゃんのこといっぱい褒めていっぱい応援できるね!! たくっさんなでなでしてあげる!」

「それは……頼むときは頼むよ」

「はーいっ!! あたしにお任せだよ!!」


 笑顔の妹と、しばらく話をする。

 金曜日の夜だけは、すぐ寝ない。今日は、なんだか不思議なくらい心が軽かった。




※さっと書けたので投稿しました。

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