二週間目。キスメメ、ウサチ、フユリ。
二週間目。
一日目。
重い身体を引きずって家に帰る。
「……」
無言で、言葉なく。自分がどんな表情をしているかを考えることすらなく、淡々と服を脱いで手洗いうがいをして、焼きそばを作る。野菜ミックスと焼きそばと……。
ぱちぱち弾ける焼きそばのソースを聞き、はぁ、と息を吐く。
「……まだ月曜かよ」
土日休んでいて思ったことがある。
何故自分は、俺は、いやいやながら仕事をしているのか。しなきゃいけないのか。
そもそも今の仕事は……まあ、自分で選んだとはいえない。
とはいえ現実は現実。引っ越して一人暮らしして、そう容易くやめられない。
本気で辞めようと思えば辞められはするだろうが、労力はかかる。そこまでしようと思えないなら、まだ耐えられるということなのだろう。
目安は一年。ひとまず今週。そして今月。それが目安だ。
俺にもやりたいことはある。それを仕事にする勇気が、見知らぬ世界に踏み出す勇気が足りなかった。だから今俺は……こうして、辛い思いをしながら働いている。
もしも今のしんどい、きつい、辛い、そんな想いを抱え続けたまま一年経ったとするならば、そのちょうど一年後を転機とするのも良いのかもしれない。
「……一年とか遠すぎだろ」
まあ、まあ。とりあえず今週、今月……どうにか生きていこう。
【……ソウコちゃん】
【何でしょうか】
【今日はメスガキで頼む。アレンジはソウコちゃんの自由で。できれば心に優しいメスガキで頼むよ】
【わかりました。お任せメスガキですね】
【本日は"お任せメスガキ"。名前はキスメメ。愛称はキス、もしくはメメです。栗色の髪に薄い灰色の瞳をした少女です。普段からニヤニヤと笑っているようで眉は八の字になり、小馬鹿にしたような表情を浮かべています。とりわけあなたと接する時は真実小馬鹿にしています。しかし、彼女は合法メスガキなので疲れた大人に寄り添うこともできます】
相変わらずソウコちゃんは即興キャラ作りが上手いなぁと感心する。
食器を片付け、目を閉じ、開ける。
「――ふぅーん、今日も焼きそばなんて食べてるんだぁ♡」
「まあ……わかるだろ? 疲れてるとき、色々作ってなんかいられないじゃん」
「あははっ♡ わたしなら作るけど? ていうかお兄ちゃんさー。なんでそんな疲れてるの?」
「働いたからに決まってるだろ。見てわかってくれ」
「きゃはは♡ わたし働いても疲れないからわかんなーい。ろーどータイヘンだねー。がんばれ♡ がんばれ♡」
「もう頑張ってるんだよね……」
「お兄ちゃん体力なさすぎだよ。ほんっとよわよわ♡ もっと精のつくもの食べていっぱい運動したらぁ?」
「そんな暇は……ないよなぁ」
本当に暇はない。仕事して帰って食べて寝て……そのルーティンが始まっている。つらい。こんな人生いやだ……。
「そうやって諦めてるから体力なしのざこざこお兄ちゃんなんだよ? わたしが体力ケイカく、付き合ってあげよっか?」
一瞬心惹かれるが、諦めて息を吐く。
「シャワー浴びてくるわ」
「そお? ならわたしも一緒に入ろー♡」
「……別にいいけど、一瞬で終わるぞ。これマジな話」
「きゃはは♡ わたしお兄ちゃんのシャワー姿見るだけだもんっ、すぐ終わってもいいよ」
「何のために来るんだよ……」
「お兄ちゃんの、か、ん、し♡」
戯言ばかりのキスメメを連れだって浴室へ。
服を脱ぐ。
「やぁん、お兄ちゃんのエッチ変態性欲のかたまりー♡」
「無反応だろ……」
「カッチーン。わたしに反応しないとか性犯罪なんですケド? お兄ちゃん捕まるよ?たいほ♡ されちゃうよ?」
「何罪だよ」
「じどーかんきんざい」
「監視されてるの俺って話だったろ……」
「そだっけ? まーなんでもいいじゃん。さ、お風呂れっつごー」
シャワーで、シャンプーで、石鹸で。
「なになに? お兄ちゃん変に身体隠そうとしてる?」
「……確かに見られてると思うと隠したくなるかも」
「きゃは♡ なんだぁ、ちょーしイイこと言っといてちゃぁーんと意識してるじゃん! やっぱりお兄ちゃんって変態だよね♪ へんたいへんたーい。性欲旺盛成人だんせー! ロリコンお化けー!」
「性欲旺盛は罵倒じゃないぞ」
「いーのいーの♡」
シャワーを終え、全裸のままリビングに戻る。
一人暮らしをしていて気づくのだ。別に先んじて下着を用意しておく必要はない。見る人もいない孤独な家暮らし。
「お兄ちゃんのちっちゃいよね」
見る奴いたわ。けど疲れてるから気にする元気もない。
「精力あれば四倍くらいにはなる……たぶん」
「ふぅーん……お兄ちゃん今日もうおしまい?」
「おしまい。つまんねえ一日だ。ていうか疲れて何もできない」
「ほんとつまんないねー。そんなんだからずーっと童貞抱えちゃってるんだよ? わたしがもらってあげよっか?」
「童貞じゃないが?」
「えー。初体験失敗してるし、入ってないようなものだし童貞だよ? きゃはは、まさか童貞卒業したと思ってたのぉ? 残念♡ お兄ちゃんはまだ童貞でしたぁ♡」
さすがにちょっとイラッと来るか。イラッと来たな。
童貞煽りは俺に効く。
「あ♡ お兄ちゃん怒った? おこった? きゃははー! やーん♡ ろりこん童貞におかされるー♡」
「くっ!」
小柄な人影が俺の布団に逃げていく姿を幻視する。
夢か現か。妄想か。妄想だ。そんなことはわかっている。わかっているから俺からは触れられない。向こうからのアクションはふんわりと感じる。そんなものだ。
「はぁぁ……」
「あはっ、お兄ちゃんってへたれだよね!」
「人の布団で隠れて言うな!」
「きゃーん! 童貞が怒ったー!!」
だから童貞煽りは効くと……くそ、このメスガキ、なんなんだ。こちらが手を出せないとわかっているのか知らないが、言葉の一つ一つが軽い。俺を軽んじている。メスガキだからか。メスガキだからだな。
「……お兄ちゃんお兄ちゃん」
「なんだよ」
「元気出た?」
「……お前、メスガキなのになぁ」
「ふふん、キスメメちゃんはお利口さんで大人なメスガキなのですよ」
「真のメスガキは自分のことメスガキなんて言わないだろ」
「そーかな?」
「そうそう」
「そっかー。まーいいじゃん。わたしはお兄ちゃんのキスメメちゃんなんだし」
「……まあいいか」
「ね、ね。元気出たの?」
「……ちょっとはな。ありがとう、キス」
「あ♡ それちゅーしての合図?」
「お前の名前だけど??」
「そーだった。じゃあちゅーしての合図はちゃんと"ちゅーして"って言うんだよ? わかった? 童貞へたれよわよわメンタルのぼろぼろお兄ちゃん」
「形容詞がひどすぎる……」
「わかった?」
「へいへい」
「よろしーい。元気出たなら、どお? わたしがおな……サポートしてあげよっか?」
「隠せてないんだよなぁ」
もう言い切ってるようなものだ。笑えない。笑える。笑えるか。ちょっとだけ笑えるわ。
疲れて性欲はないとあれほど言ったのに。あれほどは言ってないか。だめだ。本当に疲れてる。
「サポートはいらないよ。疲れたし……だらだらして寝る。一緒にしような」
「え、セクハラ……?」
「急に引くな。俺がびっくりだよ」
「お兄ちゃんのちっちゃいお兄ちゃんがびっくりしちゃったんだ! ごめんね、なでなでしてあげるねー」
「いらん!」
「きゃー♡ 変態お兄ちゃんにおそわれるー♡」
包容力抜群なのもいいけど、こういう方向での"元気を出させる"も割と良いなと思ってしまった。余計疲れたような気もするが、精神的疲労は回復した気もするのだ。ある程度は。
結局その後、寝るまでずっとからかわれ通しだった。
明日も頑張ろう……がんばろう……。
「お兄ちゃん……ふれぇ♡……ふれぇ♡……んふぅ……」
「俺より先に寝るのかよ……」
最後までメスガキはメスガキらしく、元気に満ち溢れていた。俺も少しはキスメメを見習ったほうがいいのかもしれない。
二日目飛んで三日目。
昨日は肉体疲労が大きくて、さっさと食べて寝てしまった。
思うのだが、俺はこんな肉体疲労激しい仕事をするなんて一言も聞いていない。トホホ……どちらかと言えばデスク寄りの仕事だったはずなのに、どうして工場現場寄りなんだよぉ……。
「……」
ただいまを言わないのにも慣れた。
さっさと焼きそばを作って食べて食器を洗う。ルーティンだ。
そういえば今日水曜日だ。
「まだ水曜日で草」
いや草じゃないが。
「……疲れてるのかな」
全然笑えん。つかれた。
「ふわぁぁぁ……やばねむ」
眠い。今日は残業だった。約一時間。冷静に考えてまだ新人だからこれ常態化してないけど、数か月経って残業ばかりになったりしたら……意味ワカンナイ! 出来る限り残業はしないように生きよう。がんばろう。がんばりたくない。
しかし俺、先週よりかなりマインドコントロールがマシになっている。ちっとは慣れたか? 慣れてねえよ、馬鹿が。
もう疲れた。助けてソウコちゃん!
【ソウコちゃん、俺だ】
【こんばんは。本日は水曜日です。明日の天気は曇りのち晴れです】
PCに勝手にポップアップで出てくる迷惑サービスみたいなこと言い出した。AIにもそういう日はあるんだな。
【そうか。それはともかく、俺はゴウジだ。よろしくな】
【はい。郷地】
今日の名乗りノルマ終了。
【今日は無気力マイナス思考系薄幸美少女で頼む】
【わかりました。彼女の名前はウサチ。愛称はウサです。肩で切り揃えた紺色の髪に吸い込まれるような漆黒の瞳が印象的です。普段より半目で怠そうにしています。肌は病的なほど白く、一切の日の光を浴びていないことがうかがえます。全身細く痩せていますが、運動をしない故の弛んだ身体をしています。特にお腹と二の腕の柔らかさには定評があります。ウサチはあなたの家に住み着く居候、のようなものです。明確な答えはない関係性です】
今日は設定長いな。しかし色々わかりやすい。脳内補完がなくても困らない。
目を閉じる。
「うえ……今日も死にそうな顔してるね」
「ウサに言われたくないけど」
「そ?……そか。そうかも……わたしもつかれた」
「なんもしてないだろ」
「お家にいたよずっと……まじでずっと。超寝てた」
「良い御身分だな。……俺も超寝てたかった」
今日は本当に疲れた。何がきついって、水分補給もトイレもお昼にしか行けないこと。あと、お昼ご飯も着替えと移動で結局四十分もないし……お昼休憩っていうか、ただの義務的昼食だよ……。
「……考えれば考えるほどしんどくなる」
「そ。しんどいなら辞めたら?」
「それができたら苦労しないよ」
「"できない"じゃなくて"しない"でしょ? 本気で辞めたいなら退職なんてすぐできるじゃん……まあ面倒だけど、辞めるのなんて意外と簡単でしょ。ホームシックです、とかね?」
「……正論はきついぜ」
「まー、うん。きみ、まだ本気でしんどくなってないってことだからさー。本当の本当につらかったら辞めようと動いてるはずだし、そうじゃない=まだ本気じゃない、ってことよ。ならもうちょい頑張れー」
「……俺に頑張れと言うか、居候の君が」
「うん。だってきみがこの家からいなくなったら、わたしも出てかなきゃいけないじゃん。追い出しつらいよー」
「働け」
「やだ」
「はーたーらーけー!」
「やーだー」
「労働しろ」
「合法労働はんたーい! 無職にも権利をよこせー!」
「なんの権利だよ」
「そりゃきみ、衣食住を自由に行う権利」
「もう持ってるだろ」
「きみがいるからね」
「俺がいなくなったら?」
「わたしは野垂れ時ぬ。あ、それでもいっか」
「よくないだろ。君が死んだら俺は悲しいよ」
「そ」
焼きそば食べて、食器洗って、シャワーを浴びて。
「、っと」
「あちゃ、よろけてるね。ほんとに疲れてる?」
「……っぽいなぁ」
「しょうがないご主人様だなぁ」
「俺がご主人?」
「家の主的な意味で」
「ここ社宅だから俺が主ですらないぞ」
「そーだった。じゃあきみ、ただの居候? わたしと同じだね。仲間ー」
「嬉しくねえ」
「まーまー。ほらきみ、おいで。わたしのお布団だよ」
「俺のだろ俺の」
「そーかも。なんでもいいじゃん。お疲れなきみに優しいわたしは添い寝くらいならしてあげるって言ってるのさ。ありがたく受け取りな」
「ありがとう」
「どーいたしまして」
「……つかれた」
「知ってる」
「……超つかれた」
「知ってるー」
「今週あと二日もあるって知ってた?」
「知ってるよ。頑張れるかい?」
「……とりあえず明日、かなぁ」
「そ。……よしよし、お姉さんが撫でてあげよう」
「俺の方が年上だろ」
「知ってる。女はいつでも乙女だから年下なのさ」
「自由か」
「自由さ」
「……また、明日」
「ん。また明日」
「……おやすみ。ウサ」
「おやすみ、わたしの……わたしだけのご主人」
四日目。
「……おつ」
かれさま。俺。
即、服を脱ぐ。即手洗い。即ご飯を作る。焼きそばだが。
今日はフライパンに水を張ってそこに焼きそばのソース粉と鶏がらスープの素を入れる。簡単ラーメンもどきの完成だ。具は卵一個。
「……塩ラーメンじゃん」
まあ普通にうまい。でも塩焼きそばそのままの方がいいかも。
というかまだ木曜日か。草。
「草じゃねえ死ね」
暴言も絶好調だ。ほんと笑えない。
でもなんだか先週よりマジで辞めたい五秒前的な気分はなくなった。ただ、本格的に転職については考えるようになった。考えられる余裕ができた。
転職してきたばかりで何言ってんだテメーと言われるかもしれない。でもちょっとね。聞いてくださいよ。
【ソウコちゃん。今日は俺の話をうんうん頷いて聞いてくれる全肯定ふわふわお姉さんにしてくれ】
【わかりました。彼女の名前はフユリ。全肯定ふわふわお姉さん、ゆるふわ金髪金目に獣耳と尻尾が生えています。髪の毛はふわふわとカールしており、腰までゆるゆると長く伸びています。衣装は着崩した浴衣です。尻尾は大きめでふさふさとしており、あなたと二人きりの時はあなたの身体に巻かれています】
目を閉じる。開ける。
「聞いてくれるかな」
「んーふふ、もちろんよ~」
「転職してきたばっかりじゃん、俺?」
「そうねぇ」
「けどまた転職したいわけよ。理由言うから聞いてくれ」
「うふふ、任せて~」
「そもそも俺、今の職種だって聞いてなかったし。聞いてたのと違ったし。転勤引っ越しはまあいいよ。許容、というかわかってたから。けどこれはないでしょ。仕事全然じゃん。俺が前やってたのと違い過ぎるじゃん! 全然かすってないじゃん!! 色々話したのと違うよね? どうなってんだよぉぉ……」
「んぅ~、よしよし、
「うええん! マジで頑張ってるんだよ俺!!!」
「よしよ~し、わたしがいっぱいなでなでしてあげるからね~」
なんとなく身体にふわふわふさふさな感触がある気がする。
ていうか若くんってなんだよ。若様からの若くんか。わかっちゃったわ。俺のことだし。
「……で、だ。転職するに際しても、色々準備があるんだ」
「ふんふん、そうなのぉ?」
「うん」
そうなのである。急に辞める! 俺無職!! というのはきつい。無職の辛さは知っている。
前職からの転職活動は解雇が決まってからだったので、色々焦っていた。マジで。二か月しかないとか笑える。笑えねえよクソが。
今回は余裕がある。その分、仕事によるメンタルとボディへのダメージがある、が。それはそれ。まだやっていけている。なら活動も今から始めれば完璧か。完璧か?
「まず、俺には二つ選択肢がある」
「ふたつぅ?」
「あ、それ可愛い。もっと数字数えてみて」
「うふふ~、ひとっつぅ、ふたつぅ、みっつぅ」
「うへへへ、超可愛い。すき」
「えへへ~、わたしも若くん好きだよぉ」
嬉しい。頬がゆるゆるする。あー幸せ感ある。これだよこれ。
俺がソウコちゃんに求めていたのはこういうのだよ。先週からの「ドキッ!(心拍数上昇)不安と絶望だらけの社会人生活!!」はほんとクソだった。
「フユリ、今度は上から数字数えていってくれ」
「えへ~、いいよぉ。よっつぅ、みっつぅ、ふたつぅ、ひとっつぅ」
「ゼロは、ゼロと零とそれぞれいっぱい繰り返してほしい」
「うふふ~、なぁにぃ? それ~。いいよぉ。ひとっつぅ、ぜーろぉ、れぇ、ぜーろぉ、れぇ、ぜーろぉ、れぇ」
「――最後に、こう、発射! みたいな擬音つけてくれる?」
「んぅ~? いいよぉ。えとえと……びゅーっん」
「最後の"ん"だけ外してくれ」
「んぅ? びゅー?」
「それそれ。それ何回か」
「びゅー、びゅー、びゅーびゅーっ」
「……ありがとう。本当にありがとう」
「うふふ、よくわからないけどぉ、よかったぁ~」
ごめんフユリ。ごめん。本当にごめん。俺、これでも大人の男なんだ。そういうのもまあ……あるんだ。いつか言うから。録音……あ、これ俺の妄想だったわ。録音できないの不便だよな。でも聞きたくなったら本人にお願いすればいいしいいか。うん。
「話戻すけど、俺には選択肢が二つ……いや三つか。三つにしよう。順に行くよ?」
「うんー。教えて~?」
ということで、サクサク話をする。フユリの相槌は本当にほわほわしていて話しやすかった。
前提として、俺の過去に見合った仕事を「リアル」とする。俺のやりたいことに関する仕事を「ドリーム」とする。(今の仕事はリアル寄りだが騙されたようなもので……まあ一応リアルカウントとする)
※そもそも現状の仕事でマジの限界が来たら話は別。
選択肢1。
リアルで働きながらドリームを目指す。ドリームは自分でネットで仕事を受けられる代物なので、今の環境でも一応ドリームを細々目指すことはできる。ポートフォリオを作り、仕事を引き受け、地道にやっていく。その後、一年後か二年後目途にドリームを本業とできるよう転職する。
メリットは安定した状況で、今までと異なりしっかり転職活動ができること。あと考える時間もたくさんある。リアルを続ける、という選択肢があるおかげで、無職への不安感は生まれない。
デメリットは俺の体力が持たずリアルで仕事終わりにドリームする体力残っていない……説が濃厚なこと。
選択肢2。
一年後か二年後に、リアルで仕事を変える。これは意外になんとかなる。一、二年働けば全然選択肢には挙がるはず。環境変えるのは可能……と思われる。
メリットは選択肢1と同じ。
デメリットは夢がないこと。俺の人生、このままでいいのかと思ってしまった時点で、これはちょっとなぁと言う気持ちもある。心の問題。
選択肢3。
一年後か二年後、もしくはもっと早く?に逃亡。仕事辞めて無職に。その後「実家に帰らせてもらいます」をして、リアルの仕事を探す。仕事自体は意外にある。少なくとも、「今のリアル」よりは「俺の過去に沿ったリアル」の仕事には就ける。今がちょっとね。さすがにね……。
これのメリットは、さっさと逃げて週休三日制の仕事に就くことでドリームの方を本業ではなくとも本格的時間を割いて色々手出しできるようになること。
デメリットは無職になること。あと途中逃亡なので俺がしんどい。というか社宅だし、それはそれできつい。
「結局引っ越してきた時点で俺に逃げるという選択肢はなかったのか……」
え、やだ。俺の人生つらすぎ……。
「あぁよしよし、若くんつらいよねぇ~。わたしがぎゅってしてあげるからね~」
「うわあああん……疲れたよぉ、辛いよぉ、しんどいよぉ」
「ぎゅぅぅ~」
……あー、癒される。なんだろう。疲れすぎてるからか肉体接触があるんだよね。嬉しいんだけど、ちょっと疲労気味かな。俺。
「……ありがと。ちょっと回復した」
「ん~、もうちょっとこのままでいよぉ~」
「へへへ、うん」
そんな時間をしばらく過ごし。
「――で。選択肢いくつかあるんだけど、どっちにしろ今の時点から転職に向けて動いておくことがベストっぽいんだよね。ポートフォリオ作って、軽くドリームの仕事受けてみてもいいと思うんだよ。仕事受けないにしても、ドリームの仕事のために「あなた何してきましたか? 何ができますか?」をある程度目に見える形にしておかないと」
実際俺のドリームに関するものは、最低限「何もない」ってわけじゃないんだよね。
ちょっと昔に自分で仕事受けてた時期もあったし、アマチュア的に色々「経歴っぽい」ものはあるし。だからポートフォリオ作ろう、って思ってるわけで。
俺が仕事に求めるのは、少なくともどこかで「楽しい」と思えることだ。
正直今の「リアル」には楽しさが欠片もない。金のためだけに働く。それは立派だ。けど、俺はそれじゃあしんどい。長くは続けられない。
「俺の人生、どうせ結婚もできなけりゃ子供も作らない。独り身で六十歳には死ぬ予定。なら仕事くらい、低賃金でも"楽しい"ことをしたい」
本当に全部「楽しい」じゃなくてもいい。要はバランスだ。「楽しい」と自身の「能力」のバランス。
「楽しい」全振りじゃ仕事はできない。「能力」全振りは今の俺のリアルだ。そこに楽しさはない。だからつらい。だからしんどい。だから苦しい。
「能力」は育てればいいと誰かが言った。夢を目指している時点で、その人は既に「夢」に向かって一歩踏み出していると誰かが言った。
どうにか、「楽しい」を含んだ仕事をしたい。選びたい。
「ん~~……若くん」
「え、うん。なに?」
「結婚、しないの~?」
「できないだろ、俺」
「わたし、若くんと結婚したいなぁ~」
「――……壁が、大き過ぎるよ」
「そうだねぇ~……」
二人でしんみりする。身体に触れる尻尾のふさふさ感だけが、妙に心に残る。
「……もしもこの壁を越えられたら、その時結婚は考えるよ」
「……うん。わたしも考えるね~」
こんなに近くにいるのに、遠すぎて届かない相手。
転職の話が吹き飛んでしまった。
「……まあ、うん。一年後なんて何にもわからないし、とりあえず今から一年後に備えて動くのが大事って結論かな。転職するしない問わず、ポートフォリオ作ってネットでお金もらう活動に触れるのは悪くないはず。日々しんどいから、本当に軽い仕事だけ受けるのでもちょっとは変わるかな。もしくは皆で協力する系の同人活動?に触れてみるとか。なんにせよ……今は耐え忍ぶ時。……耐えられたら、だけど」
結論付け、じゃあ寝るか! と声に出す。
「おやすみする~?」
「うん」
「いっぱいお喋りしたもんねぇ~。わたし……若くんが頑張るんだなぁって、いっぱい頑張ってるんだなぁって。頑張ろうとしているんだなぁって……おはなし聞いててすっごく応援したくなっちゃったぁ~」
「……ありがと。頑張るよ」
「ううん。でもねぇ~、頑張りすぎちゃ、だめだからねぇ~? ねー。ね?」
「……うん」
「ほんとうにだめになっちゃいそうなら……ちゃんとおやすみするんだよ?」
「うん。……俺のこと、見てて。こうして話聞いてくれるだけで、じゅうぶん助かってるからさ。フユリが思っている以上に、すごい助かってるんだよ」
「えへへぇ~、ならよかったぁ。いいこいいこだよぉ~」
そして、布団へ入る。
「ん~、ゆっくりやすんで。また明日、ね~」
「うん。……おやすみ、フユリ」
「おやすみぃ~、若くん。……大好きだよぉ」
※あとがき
金曜日分は今から書くので明日投稿します。思ったより長文になってたし。
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