第96話 ヒダリオを追え

 ヒダリオがチェスラ姫をさらった。

 彼女のブレスレットには俺の魔力が仕込まれている。 追跡飛行眼球トラッキングアイを使えば彼女の周囲を見ることができるんだがな。


「反応がない」


 おそらくブレスレットは破壊されたんだ。


 チェスラを助けに行きたいが、状況の整理が必要だな。


『ヒダリオの行動が妙に早いのじゃ』

 

 おそらくゴルドンの負けを悟っての行動。


『不思議じゃのぉ。こんなに離れた場所のことをヒダリオが知るとはの。あの兵団の中に 飛行フリーゲンの魔法を使える者がおったのじゃろうか?』


「いや、流石にS級魔法を使える人間がいたとは思えない」


『奴の唯一の協力者だったゴルドンは死んだ。だったら、どうやってそのことを知ったんじゃ?』


「何者かがヒダリオに状況を知らせたんだ」


『ほぉ……。心当たりがありそうな顔じゃな』


「こんなことができるのは弓使いしかいない。手紙をつけた矢を飛ばしてヒダリオに知らせたんだ」


『ここから王城までは100キロ以上も距離があるのじゃぞ。相当強力なスキルを使うのじゃな。そういえば、アレックス兵団を攻撃した射手がおったなぁ。無数の矢を放ってきおった。チームで行動しておるのか』


「いや、1人だ」


『単独じゃと? たった1人であんなにたくさんの矢を撃ったのかえ?』


「ああ、弓矢スキルの使い手さ。無数の矢を撃ったり、100キロ以上離れた場所に手紙のついた矢を飛ばすこともできる。こんなことができるのは1人しかいない。天高の牙、最後のメンバー」


『おお。そういえば、3年前。わらわを遠距離から矢を飛ばして攻撃してくる奴がおったのぉ』


 決して敵には近づかない。遠距離からの攻撃に徹底する。

 自分は攻撃を当て、敵からの攻撃をもらうことはない。

 

「弓使いのエンポ。またの名を『狩り蜂のエンポ・ヤード』」


 その鋭い矢の攻撃はさながら蜂の毒針を彷彿とさせることから、この別名がついた。


『そ奴はヒダリオが陰のリーダーであることは知っておったのかな?』


「いや、知らなかったと思う。おそらく遠巻きに俺とゴルドンの戦いを観察して、全てを知った。まぁ、知ったところで奴にすればどうってことはないけどな。エンポは慎重だから、どんな相手に対しても距離感を適切に保っているんだ。だから、リーダーがゴルドンだろうとヒダリオだろうと関係ないということさ。自分にメリットがあれば協力するし、なければ遠ざかる」


『では、ヒダリオの傘下というより協力関係か?』


「そうなるな」


『ふぅむ……。敵は2人か。1人は姫をさらい、もう1人は弓矢による遠距離攻撃』


「エンポの攻撃は大したことないさ。俺には聖剣 薔薇女神の剣ローズデア 魔神聖石槍グングニルがある。奴の攻撃は当たらない」


『うむ。では、姫をさらったヒダリオを追うことが先決じゃな』


「そうなるな」


飛行フリーゲンで飛んでいけば早く到着できよう』


「いや。もっと早く移動できる方法がある」


『なんじゃと!?』


 俺はアレックスたちの元へ行った。

 彼らは馬を用意し、王城へと向かう準備を整えていた。


「ひと足先にロントメルダに行かせてもらう」


「そうか! ライトなら空を飛べるんじゃったな! げにまっこと便利ぜよ!」


 ハーマンは目を細めた。


「ヒダリオは暴挙に出ている。どんな手を使ってくるかわからない。十分に気をつけてな」


「ありがとう。……もしかしたら、エンポからの攻撃があるかもしれない」


「エンポ? 誰だそれは?」


「ああ、そじゃったらわしに任せるがぜよ。奴の弓矢攻撃くらい、わしの魔獣スキルで粉砕してくるっちゃね」


 ふふ。頼りになる。


「トサホーク。みんなを任せた」


「おう!」


 よし。ここは問題ない。


飛行フリーゲン


ドシュッ!


 俺は空を飛んだ。


『なんじゃ。やっぱり飛んで行くんじゃないか?』


「どうだろうな?  薔薇女神の剣ローズデア!」


 漆黒の聖剣は円を描いて飛行する。

 剣の飛んでいる後には黒い花びらを舞った。それは魔神文字を形成し、魔法陣を作り上げた。


『こ、これは!?』


「デストラが頑張って作ってくれたろ? 箪笥の中にさ」


『転移魔法陣かえ!?』


「そういうこと」


 俺とデストラは魂在融合を果たしている。だから、技の使い方を一度でも見ることができれば、俺が自由に使うことができるんだ。


『もう応用しよるとは流石はライトなのじゃ。それに、黒い花びらで転移魔法陣を作るとは、随分と洒落ておる』


 感心している場合じゃない。


「行こう」


 俺は魔法陣の中心に飛び込んだ。


ブォン!


 それは一瞬の移動。


 出てきた先は箪笥の中である。


 よし、成功だ。

 ライトのままで城内をうろつくのは危険だからな。

 以前に変装したボビーの姿になっておこうか。


物真似擬似映像魔法イミテーションヴィジョン ボビー」


 俺はボビーの姿で城内を回る。

 兵士たちはバタバタと行き交い、女中たちも動き回っていた。


 随分と慌ただしい。

 まぁ、姫がさらわれたんだ。当然か。


 王の間に行くと、オセロン女王がオンオンと泣いていた。


 あの様子じゃ、ヒダリオに逃げられて情報が掴めていない感じだな。

 王城の兵士では奴の行動を捉えるのは不可能だ。


 よし、エルフシステム始動。


『みんな聞いてくれ。緊急事態だ。ヒダリオがチェスラ姫をさらって逃げた』


 するとどうだろう、俺の脳内にはエルフの声で溢れかえる。


『え!? ライト様!?』

『よかった! 帰ってこられたのですね!』

『ライト様だ!』

『ああ、ライト様よかったです!』

『聞いてください!』

『そのことで報告したいことがあります!』

『エルフシステムの範囲が王都の中だけですので、王都外に出られていたライト様には連絡ができないでいたのです!』


 どうやら、王城の騒ぎを嗅ぎつけて、エルフたちが動いてくれていたらしい。

 しかも、すでに居場所まで突き止めてくれていたのだ。


『ヒダリオは空を飛んで王都を移動していました』


『ほぉ……。 飛行フリーゲンが使えるのか』


『左手に女神を宿しておるからの。あ奴の影響じゃろう』


 なるほど。女神の左手か。S級魔法を使いこなすとは相当に強化されているんだな。


『ヒダリオはアイテムショップに姫様と一緒に潜伏しております!』


『どこの国の店なんだ?』


『王都ロントメルダですよ』


『なにぃ!?』


 まさか、まだ国内にいたとはな。

 てっきり国外に逃げているものだと思ってたよ。


『今、アイテムショップの場所をイメージにして心の中に送信しますね』


 このシステムはイメージの共有ができるんだよな。


 王城からショップまでの道のりがイメージで伝わる。


 よし、行こう。 


 そうだ、一応、これも聞いておこうか。


『弓使いのエンポという男を探している。顔のイメージをみんなに送信するから共有してくれ』


『王都では見たことありませんね』

『私も知りません』

『私も』

『同じく』

『ホワイティアです。ギルドでも登録はありませんね』


 みんな知らないようだな。

 おそらくフードで顔を隠しているからだろう。


『こいつは、最後の牙メンバーだ。情報が入れば知らせてくれ』


『『『 はい! 』』』


 そうこうしている内に、俺は王都の中にあるアイテムショップに到着した。


 そこは人通りの少ない路地にポツンとある小さな店だった。


 ここの店内にヒダリオがいるのだろうか?


 店の周辺にはエルフが3人いて、人目につかないように力強く親指を立てていた。


『ライト様。このショップの煙突よりヒダリオが入ったのを確認しております』


 うん。ここで間違いないらしい。

 

『どうするのじゃ? 罠かもしれぬぞ?』


「行くしかないさ」


『店内が見えぬ。危険じゃ』


「わかってる。でも、チェスラの身が心配だ。急いだ方がいいだろう」


 周囲を確認すると出入り口は2箇所だけだった。

 煙突と正面入り口扉。窓のない店だから、中が確認できない。

 煙突から入るのは危険だ。なら、正面しかないか。


 店の扉は閉まっている。


 鍵がかけてあると厄介だな。


 店の看板は閉店中の表記。


 ドアノブをひねるとすんなりと開いた。


「開くのか……」


 鍵をしていないのは不気味だな。

 さぁ、鬼が出るか蛇が出るか?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る