第95話 ライトとトサホーク

 俺たちはテントの中で雨が止むのを待っていた。


 その間、俺はみんなにゴルドンと俺との会話を補足する。


 みんなからしたら、天光の牙を陰で操っているヒダリオのこととか初耳だろうしな。

 それに、翡翠の鷹が魔神討伐で 血の禁止魔技ブラッディアーツを使っていたことも知らないようだし。


 公爵の息子アレックスをはじめ、犬人戦士トサホーク、自警団第3支部長ハーマンが俺の話しに耳を傾ける。


「あの目立たないヒダリオがのぉ……。げにまっこと驚いたがぜよ。わしはヒダリオがゴルドンの命令に従っておるとばかり思っておったっちゃ」


「そういう計算だったのさ。あいつは目立つことを嫌う。だから、ゴルドンの陰に隠れて王都を支配しようとしていた。国王を毒殺したのはあいつだ」


「ううむ……」


 話題が翡翠の鷹の話になると、トサホークは黙り込んだ。

 なにか気に掛かることがある感じ。ずっと、俺から目を逸らしている。


 まぁ……。大方、想像はついているんだがな。


 俺は翡翠の鷹のこともみんなに話す。

 そのパーティーからヒダリオの計画が始まっていたこと。魔神を討伐してパーティーの出世を計画し、俺の両親を利用して殺害したこと。


 アレックスは目を細めた。


「魔封紅血を利用して 血の禁止魔技ブラッディアーツを使う計画に味をしめたのか。なんて酷い奴だ」


「ヒダリオからすれば、周囲は道具としか思っていないだろうな。王都を自分の物にする。それが最終目的なのさ」


 雨が止み、王都へ向かう旅支度が始まった。


 ツンツン髪の女が俺の前に立つ。

 目が鋭く、気の強そうな感じだ。

 彼女は俺の右手を警戒しながらも、頭を下げた。


「私は王立騎士団、副団長、シャイザ・クロニク。団長のゴルドンがあなたに迷惑をかけました。本当にすまなかった」


 彼女は騎士団長のナンバー2だ。ゴルドンが死んだ今、組織を束ねるのは彼女ということになる。彼女の謝罪が軽いのは社交辞令だな。彼女はヒダリオとは無関係だった。いわば、俺と同じ被害者だ。自分の上司が極悪人だったとは、彼女も面食らっているだろうよ。


 とはいえ、実は、彼女と会うのは初めてじゃないんだよな。

 城内でボビーに変装している時に何度か話したことがあるんだ。

  追跡飛行眼球トラッキングアイでも色々と調べさせもらったしな。

 大方、どんな人間かは察しがついているよ。


 頭がよくて剣の腕が立つ。

 顔が整っていて美人だ。女の格好をすればそれなりに男の目を引くだろう。

 性格はいたって真面目。小根が邪悪なゴルドンとは水と油だったな。

 だが、その美貌からゴルドンが狙っていた女だ。


「あんたのことはそれなりに知っている」


「…………私はあなたと会うのは初めてだが?」


「ゴルドンが夜会に誘っていたことがあったろ? ドレスが似合わないからって断った。だろ?」


「!?」


 彼女は俺から距離を取った。


「どうして、そんなことを!? 私とゴルドンしか知らない話だ」


「王城を調べている時に色々とな。他にも知っているぞ。炊事場の女から間食用の干し芋を貰っていることとかさ」


「うう……!」


 おいおい。

 化け物を見るような目だな。


 チラチラと右手ばかりに注目している。

 その視線に気がついたのは俺だけじゃなかった。

 デストラは美少女に変貌し、その美しい四肢を俺の体に絡める。


『女……。ジロジロとわらわを見るでない』


「ひぃいいいい!!」


 と、剣を握る。


『ふん。そう恐れるでない。殺すならとっくにそうしておる。なぁ、ライト?』


「そういうことだ。俺は敵じゃない」


 彼女は信用ができる。

 俺たちの敵は天光の牙だ。


 とはいえ、


「うううう……」


ガタガタガタ……!!


 あんなに震えて……。

 そこまで怖がらなくてもいいのに。


「そうだ。ヒダリオの処分はどうなってる?」


 彼女はビクッ! と肩を上げてから、


「つ、使いの者に馬を走らせている。王城の兵士に連絡がつけば指名手配にするつもりだ。罪状は国王の殺害容疑。および、禁止魔技の使用疑いだ」


 よし。

 王都の騎士団がこちらにつけばヒダリオは終わりだな。


 残る牙のメンバーは1人……。


 俺はトサホークの元へ行った。


「おい。アレックス兵団が王都の兵団と衝突している時に、無数の矢が飛んで来たろ? あれってやっぱりかな?」


「……射手を探したがな。見つかりはせんかった。おそらく、おんしの実力を知って逃げたんじゃろう」


「逃走か……。遠間からの攻撃。絶対に敵の攻撃は受けない……。らしいな」


「………まぁ、しかおらんっちゃね」


 トサホークは俺から目を逸らしていた。

 汗を飛散させて、随分と気まずそうである。


「なんだよ? 妙によそよそしいな」


「翡翠の鷹のことじゃぁ……」


「ああ」


 やれやれ。

 3年前のあのことだな。

 魔神討伐を控えた1ヶ月前。こいつは俺から距離を取った。

 その理由が、俺の命を使って魔神を討伐する計画なんだがな。

 まぁ、察するに、その時に知ったんだろう。

 翡翠の鷹が俺の両親を利用したこと。ゴルドンとヒダリオが両親を殺害したことを。

 だから、話せなかった。

 こいつが俺から離れた理由は2つあったんだ。

 1つ目は天光の牙が俺を殺害しようとしていること、2つ目は俺の両親の死。

 真実を知ってしまったから、何も言えなくなってしまった。


「すまん! ライトォ! わしは知っとったぁあ──」


 俺はトサホークの背中を叩く。


「おい。もういいって」


「わ、わしは……言えんかったんじゃ……。おんしの両親のこと……」


「もう聞こえないぞ」


「す、すまん……」


「ったく。また拗らせるつもりかよ」


「うう……」


「トサコちゃんが病気だったんだからさ。その手術費用はどうしても必要だった。おまえは正しい選択をしたんだよ。そうしないと彼女の命はなかった」


「や、やけんど……。これは……裏切りじゃあ。 友達だちに黙っとるなんて最低な行為ぜよぉ。わ、わしは……。ライトの命が奪われること、ライトの両親が殺されたことも全部知っとったんじゃぁあ」


「あああああ!」


 と、両耳を叩く。


「聞こえない聞こえないぞ」


「ラ、ライト……。すまん……」


 まぁた、泣きそうな顔しやがって。


「だから、今こうやって動いているんだろ? アレックス兵団が結成されたのはおまえのおかげさ」


「うう…………」


「罪を償おうとしているじゃないか」


「すまんライト。わしは悪事に加担をした。その罪は償うつもりじゃ」


「……………」


 こいつは死ぬつもりだ。

 極刑でもあまんじて受け入れるだろう。


 そんなことはさせない。

 こいつも被害者なんだ。ヒダリオの計画に巻き込まれた犠牲者にすぎない。


 必ず守ってやるからな。

 トサコちゃんと一緒に幸せに暮らせるようにしてやるよ。


「うう……ううううう……。トサコが元気になったんじゃぁあ……。うううううう」


 おいおい。こんな所で泣くなってぇ。

 なんか俺が泣かしたみたいじゃないか。


「ライトっちゃね? トサコの病気を治してくれたんは魔神の力なんじゃろぉお?」


「さ、さぁな。知らねぇよ」


「うううう。ライトォオオオオ〜〜」


 この状況を遠巻きに見ていたのがシャイザだった。

 彼女は「ひぃい!」と言ってその場を去って行った。


 いや、俺が圧力をかけてトサホークを泣かしたと思ってる?

 違うよ。こいつが勝手に泣いてんだからな。


 などと思っていたら、今度は血相を変えてこちらに戻ってきた。 


 今度はなんだ?


「ライト。大変だ! 今、王城の使いが来たんだ!」


「へぇ……早いな。馬を走らせても3時間はかかる距離なのに」

 

 往復なら半日。帰って来るのは夜になるはず。


「王城からこちら側に使いが出ていたんだ」


「なにがあった?」


「チェスラ姫がヒダリオにさらわれた!」


 ……やってくれるじゃないか。

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